第52話 狐の怨念

 再び狐と戦うカナレは今までと違う動きを見せた。動きが俊敏になり、爪の引っ掻き攻撃も手数が多い。

 まるで別人のようだが、これが女神さまの力なのか。

 だが、それでも狐に致命傷を与えるまでには、いっていない。

 俺も手助けしたいが、既に右腕は動かない。

 俺はブラブラする右手を左手で押えて、攻撃の能力で動きを俊敏にし、狐が後ろを向けた瞬間、狐に体当たりするが、狐は俺の体当たりを躱してしまう。

 しかし、狐が俺に気を取られた時間はカナレにとっては十分だった。

 狐が俺に対処しようとしたところにカナレが突っ込み、狐の喉に噛み付いた。

 こうなると狐といえどもなかなか離れる事はできない。

 狐はなんとか振り解こうと、地面を転がるが、カナレもここぞとばかりに噛み付いている。

 それは狐が暴れれば、暴れる程、狐の首にカナレの歯が食い込む結果となった。

 狐は首から大量の血を流し、次第に動かなくなった。

 見ると身体から、黒い霧のような物が離れて行く。

 恐らく、別の宿主に取り憑くのだろう。

「カナレ、狐が宿主から出るぞ」

 俺が叫ぶと、カナレは「ハッ」としたように黒い霧に向かうが、実体がないので、その霧を捉える事が出来ない。

「私に任せて」

 女神さまが言うと、カナレの中から白い霧が姿を表し、直ぐに女性の形になった。

「もう、いい加減に成仏しなさい」

 女神さまと思われる人は、右手を出すと、白い霧が出て黒い霧を包んだ。

 黒い霧と白い霧は交わり合うと、だんだん透明になり、そのうちどちらも無くなった。

「ふう、終わったわ」

 カナレから出てきた女性を改めてみると、前に部屋に来た女神さまだ。

「女神さま、狐は?」

「成仏したわ。狐の魂を成仏させるには宿主から出る時しかタイミングがなかったから、千載一遇のチャンスだった。

 ご主人さまもカナレもありがとう」

「あっ、いえ…、あ、痛っ」

「「ご主人さま」」

「ちょっと、待って。治癒」

 女神さまがそう言うと、右肩の傷が癒されていき、最後には元通りに動くようになった。

「カナレにも、治癒」

 カナレの身体も綺麗に元通りになっていき、人の姿になった。


「さて、帰りましょうか」

 女神さまが言う。

 再びカナレは猫の姿になり、俺を背に乗せて、民家の屋根を飛び越えて行く。

 女神さまは、空を飛べるようで、俺とカナレの横を飛んでくる。

 いつの間にか夜から朝に移ろうとしており、遠くの空が明るくなっている。

 そして、俺とカナレは、懐かしいアパートのドアを潜り部屋の中に入った。

 この部屋は、まだ空間の狭間にある。


 風呂と簡単な朝食を済ませた俺とカナレ、それに女神さまは、狭い居間に3人座っている。

「これで狐の脅威は、なくなったと考えて良いのでしょうか?」

 俺が訊ねる。

「そうです。取り敢えず、平和は戻りました」

「ですが、何故、狐は人間に恨みを抱いたのです?」

「その責任は私にあります。今から400年ぐらい前の話です。あの狐は東北地方の山の中で生まれました。一緒に生まれた兄弟は8匹ぐらいでした。

 ですが、自然は驚異です。子狐とその母親は狼に襲われ、母狐は死んでしまいました。

 他の兄弟たちも襲われ、奇跡的に助かったのは、あの子狐だけだったのです。

 ですが、所詮まだ子狐。一人で生きて行くのは難しかったのです。

 お腹を空かせたまま、山の中を彷徨い、気が付くと人里の近くまで降りて来ていました」

 女神さまはここで一旦話を切り、俺とカナレを見る。

「道の近くに居ると、畑仕事に行く一人の男が、子狐を見つけましたが、既に子狐には逃げる体力はなく、その男を見つめるだけでした。

 その男は自分が持っていた握り飯を一つ出すと、その子狐に与えました。

 子狐は、夢中でそれを食べ、どうにか生き永らえました。

 それからも男は、朝と夕方には子狐に餌を与え続けました。

 ですが、人から餌を貰う事を覚えた狐は、他の生き物を狩って生きていく事は出来ません。

 子狐はある日、人里近くに現れた狼の群れに襲われ、命を落としてしまいます。

 その姿を見た私は子狐に『何か希望はありますか?』と聞くと、『あの人と一緒に住みたい』と答えました。

 私は気の毒に思い、その狐を人間にしてあげると、狐は男の所に向かいました。

 ですが、男は既に隣村からお嫁さんが来る事になっていて、狐の思いは叶いません。

 狐は希望をなくして彷徨いましたが、その当時に一人で村を彷徨う女性を村人が優しく扱うなどという事はありません。

 狐は人に嫌われ、思っていた男からも袖にされました。

 そして、とうとう男に子供が出来、男は幸せな家庭を持ち、やがて寿命を終え、死んでしまいます。

 反対に一度死んだ狐は歳を取る事もなく、生き続けます。その姿を見た村人は何と思うでしょう。

 村人からすれば既に化け物です。狐は村を追われました。

 村を追われた狐は100年ほど山の中を彷徨いましたが、最後には山の中にある滝つぼに身を投げました。そうすれば、水の中に生きる魚が身体を食べてくれますので、死ぬ事が出来ると思ったのです。

 ですが、身体は無くなっても魂は残り、それは怨念となってこの世に漂う事になってしまったのです」

 聞くと狐も可哀そうだ。

「狐は、これまでいろいろな紛争を陰で仕掛けてきました。太平洋戦争なんかもそうです。

 私は、それを心苦しく思い、狐の魂を成仏させてやる事にしたのです」

「女神さま、分かりました。狐も小さな幸せが欲しかっただけなのに、それがこんな事になってしまって…、狐の魂が成仏出来たのは良い事だと思います」

「そう言って貰えると助かります。

 この件で、ご主人さまとカナレには色々と迷惑をかけました。

 本当にご免なさい。それと、ありがとう」

「テラちゃん、もう済んだ事です。それに私はご主人さまと一緒に暮らせて、狐より幸せです」

 カナレの正直な気持ちだろう。

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