第20話 避難先

 長い夜が明けようとしているが、電気は復旧していない。

 水道も断水の状態だ。もちろん、都市ガスも使えない。

「困ったな。水道もだめ、電気もだめだ。これじゃあ、トイレにも行けない。

 俺たちも避難所に行くか」

 避難所に行けば、自衛隊とかが水を配給してくれるだろうから、水分補給の問題は解消する。

「ご主人さま、まだ夜は明けきっていません。今のうちにどこか、移動する方が良いのではないでしょうか?」

「どこかって、どこへ?」

「例えば、ご主人さまの大学とか」

 俺の大学は、ここからかなり離れている。そこなら、電気や水道も使えるかもしれない。

「でも、どうやって移動する?」

「私が行きます」

 前のように俺を乗せていくという事だろう。

「それでは、カナレに頼むかな」

 カナレは大猫になると、俺がその背に乗る。

 外に誰も居ない事を確認し、部屋に鍵を掛けると、カナレが駆け出した。

 家の屋根をポンポンと飛び越えて行く。

 これはアニメで見た「ネコバス」みたいだ。

 そして、それほど時間も掛からずに俺の大学に着いた。

 俺は研究室に入り、電気を点けると問題なく灯りが点いた。どうやら、ここは停電になっていないようだ。

 スマホを取り出し、充電しながら、ニュースを見る。

 動画を見ると、街外れにある化学工場が凄い勢いで燃えている画像が映し出された。

 黒い煙がもうもうと上がっている。周りには化学消防車を始めとする消防車が来ているが、下手に水をかけると、どうなるか分からないので、化学消防車以外は放水していない。

 なので、鎮火にはほど遠い状況だ。


 俺は研究室にあったTVを点けた。

 TVは、化学工場の火事の中継をしている。

「今、入った情報によりますと、誰かが変電所に入り、変圧器に触れた模様で、これにより大規模な範囲で停電が起こっています。

 停電により、水道の供給が止まっています。また電車も運行されていません。

 都は避難所にバスを向かわせ、更に他の場所への避難も行うとの計画です」

 人が簡単に変電所に入れるとは思えないし、変圧器に上って感電死するなんて事も考えられない。

「カナレ、狐の目的ってこれだったのかも」

「私も今、そう思いました。狐は街をパニックに陥れているようです」

 もう、これはテロだ。狐は人間に復讐と言っていたが、これで何人かは命の危険に晒されるだろう。


 だが、問題はこれだけで済まなかった。

 陽が上がると、避難しようとするする住民が、車で避難し出したために道路が渋滞になり、救急車やパトカーといった緊急車両、それに都が手配した避難バスもまったく動けなくなった。

 信号が機能していないため、車は動けない状態になって、あちこちで喧嘩も始まっている。

 その映像がTVのヘリコプター画面から伝えられてくる。

 更に避難しようとする人々が車を放棄したため、もう道路はどうにもならない状態だ。

 都は避難する場合は、車を使わないこと、車を放置する場合は、鍵を付けて避難するよう呼び掛けているが、それも守られていないようだ。


「カナレ、大変な事になってきた」

「狐の狙いはこれだったんでしょうか?」

「こうなると、既に人が死んでいる可能性もあるだろうから、そうかもしれないな」

「ママさんたち大丈夫かな?」

「無事で居てくれればいいが…」

「私たちはどうしますか?」

「そうだな、このままでは家にも帰れないし、バイトも出来ないから、お金も困る」


 カナレとTVを見ながらそんな話をしていると杉本教授が研究室に入ってきた。

「おっ、石田くんじゃないか、TVでやっているのは石田くんの住んでいる所だろう、君は大丈夫だったのか?」

「ええ、工場火災に気が付いたのが早くて、まだ大事になっていない時に大学に避難してきたので、どうにか難は免れました」

「おお、それは良かったが、どうも直ぐには戻れないだろう」

「ええ、それが心配で…」

「ところで、隣の人は…?」

「はい、妹です。田舎から出て来て、自分のアパートで一緒に住む事になったんのですが、それがこんな事になってしまって…」

「そうか、それは妹さんも大変だな。それから、落ち着くまではここな居てもいいが、どうする?」

「落ち着くまで、ここに居させて貰っていいでしょうか?なるべく、早くアパートには戻りたいと思いますが」

「それは問題ない」


 教授と話をしていると他の学生たちも顔を出した。

「おおっ、石田、大丈夫だったか?」

「ああ、どうにか、早いうちに避難できたので、取り敢えずここに避難させて貰っている」

「それは良かった、ところで…」

「ああ、こっちは、田舎から出て来て、一緒に住んでいる妹の『カナレ』だ」

「カナレさん、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「石田に似ず、妹さんは綺麗だな」

「おい、その石田に似ずってどういうことだよ」

「いや、そのままの意味だけど」

「まったく、失礼なやつだな」

 俺がちょっと、不機嫌そうに言うと、その場に居た連中が笑い出した。

 だが、一つ街がパニックになった事件は、大学の授業にも影響が出ており、俺の街を経由して来る電車も止まってしまったので、学生の3割程が出て来れないらしい。

 このため、大学もほとんどの授業が中止になっている。

 化学工場の火災は俺とカナレの街の問題だけではなくなった。

 政府は非常事態宣言を出して、対策室が立ち上がったとTVで報道されていた。

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