第19話 火事
アパートに帰って、カナレと狐について話をする。
「狐は欲望のある人に憑くのだろう。あの宮司さんは欲望があるようには思えないが?」
「それはその人の問題ですから。以外とお金に困っていたかもしれませんし」
「なるほどな。だが、このまま手を拱いていてもいいものだろうか?俺とカナレには手を出さないって言っていたけど、本当だろうか。
それに俺とカナレ以外にはどうなんだろう。例えば、店長や美佐江さん、それに香苗さんとか」
「それは何とも言えません。ですが、ママさんたちに手を出したら、許せません」
俺もそれは許せないが、どうしろと言うのか。あの狐と戦うのか。人間で狐に敵わないのは目に見えている。
カナレに命を懸けて狐と戦えとも言えない。
「だけど、カナレに危ないまねはさせたくない」
「その時は、私に戦えと言って下さい」
「いや、そんな事は言えない。俺には誰よりカナレの命の方が大事だ」
「でも、ご主人さまが言ってくれれば、私はやります」
「いや、だめだ。そんな事は言えない」
「私は、ご主人さまに一生分可愛がって貰いました。ここで、ご主人さまの役に立てれば、もう充分です」
「何を言うんだ。カナレにはもっと一緒に居て貰いたいんだ」
「ご主人さま、有難うございます。でも、私はもう化け猫です。人間界でも生きて行くのは難しいのです。
だから、もしもの時はご主人さまの手で送って下さい」
「な、何を言う、そんな事出来る訳ないだろう」
「女神さまもこうなる事は分かって人間界に送り出してくれたのです。私も覚悟は出来ています」
「カナレ…」
俺は、カナレを抱き締めた。カナレは泣いている。きっとこのまま一緒に居れないという事が分かっているのだろう。
カナレと半年以上暮らしていると、だんだんカナレも人間のようになってきた。
今ではほとんど猫の姿になる事はない。
昼間は俺は大学へ行き、カナレはケーキ屋で仕事をする。
バイト学生とケーキ屋の店員だから、そんなに金がある訳ではないが、こんな平和な日が続いてくれればいいと思っている。
そんな中、年が明けて、寒風が吹くころになると、街に火事が多くなった。
冬は火を使うので、火事が増えると思っているが、それでも今年は火事が多い。
そう思っていたが、ニュースではどうやら放火らしく、また警察のパトロールが厳しくなっている。
「カナレ、これもあの狐の仕業だろうか?」
「そうかもしれません。だけど今度は何の目的があって放火なんてしたのでしょうか?」
「さあな、あの狐の目的は、今一分からないな」
火事と言ってもほんどがボヤのようなもので、大火になっていないのが幸いだ。
カナレの勤め先のケーキ屋に放火された事があるから分かるが、火が出るとその後始末も大変だ。
だが、ある日の夜中だった。
息苦しさから目が覚めた。
起きると、咳をする。
「ごほ、ごほ」
カナレも起きたようだ。
「ごほ、ごほ。ご主人さま、大丈夫ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だが、放火されたのだろうか?」
「いえ、何か変な臭いがします。今まで嗅いだことがないような…」
取り敢えず、服を着替えて外に出てみると、何か黒い霧のようなものが街を覆っている。
俺がTVを点けてみると、臨時ニュースが放送されていた。
「街外れの化学工場で火事があり、有害物質が風に乗って街の方に流れています。
住民は直ちに近くの避難所に避難して下さい。
繰り返します。住民は直ちに避難所に避難して下さい」
その後、TVにはヘリコプターからの映像と見られる画像と、レポーターからの中継画像に変わったが、TVには激しく燃える化学工場が映し出されていた。
「カナレ、どうしようか?」
「言われたとおり、避難所に避難しましょうか?」
「だけど、避難所だって換気設備はないだろう。行ってもここに居るのとそう変わらないぞ」
「それもそうですね」
カナレとそんな話をしていた時だ。部屋の灯りが突然落ちた。もちろん、TVも消えた。
「停電だ」
まだ、外は暗い。部屋の中が真っ暗になった。
「カナレ、大丈夫か?」
「はい、私は夜目が利くので問題ありません」
そう言えば、こいつは猫だから暗闇でも大丈夫なのか。
スマホのライト機能を使おうと思って、スマホを探しているが、こんな時に限ってスマホの在処が分からない。
そうこうしていると、誰かに抱き着かれた。抱き着いて来るのはカナレぐらいしか居ない。
「カナレ、遊んでいる場合じゃない。灯りがなと困る」
「たまには、ご主人さまとこうしていたいです」
「おい、有害物質も来ているのに、そんなに呑気に遊んでいられないぞ」
「はーい」
カナレは不服そうに答えた。
カナレがスマホを取って俺に渡してくれると、俺はライト機能で、部屋の中を照らす。
部屋の中も異臭がしている。
「カナレ、臭いは大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです。この臭いで、私の嗅覚は使い物になりません」
遠くにヘリコプターの「パラパラ」という音と、助けを求める人が居るのだろうか、救急車と消防車のサイレンの音が遠くで聞こえる。
アパートの外に出てみると、子供を連れた人が避難所の方に行くのが見えた。
スマホのニュースサイトをクリックしてみるが、ネットにもつながらないのか、エラー表示になっている。
情報が何も入って来ないのは不安だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます