第10話 チンピラ

「お客さま、申し訳ございません。直ちに新しい物をご用意致します」

 マスターが客に謝っている。

「また、何か入れられたら、たまったもんじゃない。こんな店で食えるか。

 えっ、この責任はどうしてくれるんだよ」

「では。どうすれば?」

「どうすればだと?こんな時は、店としての誠意を見せろよ」

 見るからにチンピラ風の男が難癖を付けている。

 客商売だと、こういう時の対応はなかなか難しい。

 下手をすると、ビラなどを撒かれて嫌がらせを受ける事になる。

 マスターは奥から、1万円を出して、封筒に入れて渡した。

 チンピラはそれを受け取ると中身を確認して、

「しょうがねぇな。今度からちゃんとやれよ」

 と、言って店を出て行った。


「マスター、大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫だが、ああいうやつらは味をシメてまた来るだろうな」

「その時は、警察に通報しますか?」

「警察に通報すると今度は、嫌がらせするだろう。何とも頭の痛い問題だ」

「警察もだめならどうしましょうか?このままお金を払い続けますか?」

「だから、頭の痛い問題なんだ。一君はどうしたら良いと思う」

「やっぱり、警察に連絡する事でしょうか?」

「それが一番正しいのは分かっているんだ。

 だが、そうなると、この店も嫌がらせや美佐ちゃんの所みたいに放火されたりする。

 やっと、この店を軌道に乗せて来た俺としては、店を畳むような事はしたくない」


 マスターの言っている事は分かる。

 長い間、料理人として修業して、やっと自分の店を持った苦労人だ。

 この店を潰すような事だけはしたくないだろう。

 相手もそれが分かっているから、マスターの弱みを突いた恐喝を行っているのだ。


 俺はバイトが終わって、部屋に戻ると今日あった事をカナレに話した。

「そんな、人の弱みに付け込むなんて、許せないです」

 カナレも怒っている。

「だが、対抗する手段がない」

「どこの誰かは調べますか?」

「今からでも分かるのか?」

「分かりますよ。人の臭いってそう簡単に無くなりませんし、その人は煙草を吸っていたんじゃないですか?」

「たしかに、煙草を吸っていたな」

「煙草の臭いは服に染み込みますから、もっと簡単に調べられると思います」


 カナレは例の白い服に着替えると、俺とカナレは俺のバイト先のレストランに向かった。

 既に午前零時近いので、バイト先も閉店しているが、都会の夜はまだ賑やかで、大通り沿いはコンビニの電気は明るく、客も多い。

 バイト先の店の電気は消えており、店の中には人はいない。

 カナレは入り口のところに立っていたが、

「こっちです」

 と、言って歩き出した。

「煙草とは別に香水のようなものをつけているようです」

 オーデコロンか何かだろう。そう言えば、そんな香りもしていたっけ。


 カナレはどんどん歩いて行き、1件のアパートの前に来た。

「あのアパートの1階の右から2番目に入ったみたいです。ちょっと、見てきます」

 建物の陰の目に付かないところで、猫の姿になったカナレは、アパートの前の方に回った。

 窓があるので、そこから調べるつもりだ。

 10分ぐらいすると、カナレが戻って来た。

 再び人の姿になると、

「姓の方まで分かりませんでしたが、名は『コウジ』と言う事は分かりました」

「何で名の方だけ分かったんだ?」

「部屋の中で、交尾をしていて、雌の方が『コウジ』って呼んでいましたから」

 たしかに、それは間違ってはいない表現だろうけど、それじゃまったくの動物みたいになってしまうじゃないか。


「そうか、取り敢えず住居が分かっただけで良しとするか。明日もう一度来て、名前とか調べよう」

「私は明日休みなので、後をつけてみます」

「それは危険じゃないか?」

「もちろん、猫の姿でです」

「えっ、ああ、そうか。では、お願いするかな。でも、あまり危険な事はするなよ」


 翌朝、俺は大学に向かい、カナレは猫の姿になって、部屋を出て行った。

 夜、バイトが終わって帰ってきてもカナレは家にいなかった。

 一人で、カナレの帰りを待っていると、1時間ほどした頃だろうか、ドアを擦る音がする。

 俺がドアを開けてやると白い猫が入ってきた。カナレだ。

 部屋に入るとカナレは人の姿になった。

「ご苦労さま。大変だったろう」

「分かりましたよ。あのチンピラは『鈴木 浩二』と言う男です。暴力団みたいで、組事務所に入っていくのを確認しました」

「やっぱり、そっち系のやつか。そうるすと味を占めてまた同じ事をするだろうな。

 だけど、どうしようかな」

「マスターに話をしてみたらどうでしょうか?」

「だけど、どうやって名前を調べたかと聞かれたら、何と答える?下手な事は言えないぞ」

「そうですね」


 カナレとそんな話をした翌日にそいつは来た。

 今度は弟分というのか、若い男と二人連れだ。

「おい、店長を呼べ!」

 マスターが行ってみると、同じ事を言う。

「おい、また髪の毛が入っているじゃないか。まったくここの店の衛生管理はどうなっているんだ。

 えっ、責任取れよ」

「申し訳ありません。お詫びに、これでいかがでしょうか」

「ふん、まあ責任を感じているようだから、これで手を打ってやる」

 鈴木とその弟分は、金を手にして店を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る