第9話 化け狐

「昨夜、河川敷で男性の遺体が発見されました。

 遺体は、喉元を獣に襲われた跡があり、警察は大型の野犬によるものとして調査しています」

 TVから昨日の事が流れている。

 あの河川敷は手入れもされておらず、近くに民家もないので、そう簡単に人に見られているとは思えないが、人を殺したのは事実であり、俺は心を痛める。


 カナレにその事を言うと、

「あの人はもう人間ではありませんでした。

 化け狐だったのです。あのままだったら、他の人に犠牲が出ていたでしょう」

「人に犠牲が出るのか?」

「化け狐の好物は人の欲望です。その為には他の人を殺す事なんて歯牙にもかけないでしょう」

 あの黒い煙が欲望を持つ人に憑いて、それで犠牲者が出ると大変だ。

 化け狐だけ対処する方法はないものだろうか?


「カナレ、その化け狐だけ対処する方法はないのか?」

「人に憑いてない今なら、どうにかなると思いますが、人に憑いたら、その人から追い出すしかないです」

「追い出す事が出来るのか?」

「死んだら、出て行きます」

「つまり、殺すしかないという事だな」

「そういう事になります」


「だけど、欲望のある人に取り憑くなんてどうやって分かるんだ?」

「都会は欲望が渦巻いています。子供から大人まで、欲望の無い人を探す方が大変です」

「だけど、金が欲しいという欲望を持った人に憑いたら、どうするんだ。強盗でもするのか?」

「それもありますけど、それだと、掴まって、刑務所に入る事になります。

 そうなると、化け狐も外に出れません。宿主が死なないと次の人に憑けないのですから、化け狐も簡単に刑務所に入るのはメリットがありません。

 なので、お金が目的の人に憑くのは化け狐としてもメリットはありません」

「もし、刑務所に入ったら、どうするんだ?」

「刑務所で自殺します。そうすると化け狐は自由になって他の人に取り憑く事ができます」

「カナレの嗅覚や聴覚を持ってしても、化け狐の居所は分からないのか?」

「肉体を持たない今の状態では、臭いもしないし、音もしません。なので、どこに居るかは分かりません」

「肉体を持っていない状態だと、どうやって倒すんだ?」

「私も肉体を捨て、魂の状態となって戦います」

「勝てるのか?」

「それはやってみないと分かりません。化け狐は人間の肉体に憑き、そのうち狐に化けれるようになります。

 そうなると、かなり戦闘力が増えます。その時は、かなり強いと思います」

 カナレからその話を聞いた俺は、戦慄した。

 この世の中には、狐に取り憑かれた人が居て、その人は欲望を叶えようとしているが、それは化け狐にただ踊らされているだけになる。


 カナレからそんな話を聞いて数日、経った。

 カナレはケーキ屋のパイトに戻り、俺は大学に行き、レストランのバイトをやるという生活に戻った。

「カナレ、来年の春だが、専門学校に行くか?今のままだと、美佐江さんも不審に思うだろう」

「実は、ママさんからは、ここで働かないかと言われています。学校に行くつもりはなかったので、このままママさんのお店で働いてもいいかなと思っています。

 それに大ママさんも病気をしてから、お店に出るのが大変そうで、出来ればこのまま働いてほしいって言ってくれてますし」

 大ママさんとは、美佐江さんの義理のお母さんになる。今は、美佐江さんとその旦那さんが店を切り盛りしている。

「それは、カナレの好きなようにすれば良いと思う」

「このまま働いてくれれば、お給料もアップしてくれるそうです」

 そんな話をした数日後、カナレはケーキ屋の社員として働く事になった。

 社員になったら、販売だけでなく、ケーキも作るようになったらしい。

 しかし、今までと異なり、出勤も早くなったし、帰りも遅くなった。

 だが、カナレはそれでも楽しそうに出勤している。


 街の中を歩いていると、ストーカー男だった佐藤の情報を求める張り紙があるが、それでも情報は少ないようで、野犬に襲われた事になっている。

 カナレは人の姿をしている時は、かなり可愛い。

 だが、休みの日には猫の姿になって、窓から差し込む、お陽さまのところで寝ている時がある。

 俺は猫の姿になったり、人の姿になったりするのを他の人に見られないかとヒヤヒヤだが、本人はそれを気にしている様子はない。

 そして、猫の姿になった時は俺の膝の上に乗って来て甘える。

 それは猫そのものだ。

 たまに人の姿のまま猫耳と尻尾を出してくるが、その姿が一番可愛い。

「カナレは、その姿が一番可愛いな」

 猫耳と尻尾を出している時にそう言った事があるが、それから二人でいると。その姿になっている。

「あまり、猫の姿を出すと他の人に見つかるぞ」

「ちゃんと、臭いと音で周りに人がいない事を確認してますから大丈夫です」

 そんなもんか?もしかしたら、望遠レンズで覗いているスナイパーみたいのも居るかもしれないと思う。


 カナレはケーキ屋で働くようになってから、料理が出来るようになってきた。

 なんでも、美佐江さんが料理も教えてくれるんだそうな。

 美佐江さんはカナレの事を妹みたいに接してくれていて、単なる従業員以上に面倒を見てくれている。

 そんな日々を過ごしていた俺とカナレに問題が舞い込んできた。


「おい、責任者を呼べ」

 俺がバイトしているレストランに来た、いかにも悪そうな男たちが、俺に言って来た。

「申し訳ありません。直ちにマスターを呼んで参ります」

 俺はマスターを呼んだ。

「この店の店長でございます。何か、問題がありましたでしょうか?」

「何か問題があったかだと。ここに髪の毛が入っているじゃないか。おう、どうしてくれるんだよ。

 これで食中毒になったら、営業停止だな」

 いくら何でも、髪の毛で食中毒にはならないだろう。

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