第8話 犯人

「まさか、昨日の事を根に持っているのでは?」

「うん、考えられない事ではないな。で、どうしようか?警察に行って『佐藤』が犯人ですと言ったところで、証拠が無いから信じて貰えないだろうし」

「取り敢えず、様子を見ましょう」

「だけど、俺とカナレのアパートにも放火されないだろうな」

「その時は、私が見つけます」

「出来るのか?」

「臭いと、音で分かります。寝ていても分かるので大丈夫です」

「では、カナレにお願いするかな」

 俺とカナレは様子を見る事になった。


 だが、美佐江さんの店が開店するまでの1週間は特に動きはなかった。

 1週間後にはカナレは、美佐江さんが営むケーキ屋さんにバイトに行く。


 カナレがバイトに戻って2日後だった。また、消防車のサイレンの音で目が覚めた。

 カナレも既に起きている。

「カナレ、まさか…」

「私が行ってみます」

「俺も行くよ」

 カナレは例の不思議な服を着ると猫の姿になった。

 俺も着替えて、いっしょに部屋を出る。

 カナレは猫の姿なので、さっさと走って行ってしまった。

 俺は公園をショートカットしてケーキ屋さんの所に来たが、店の前には消防車が止まって、店の裏に放水している。

 前回と同様、店の裏に火を点けられたようだ。


「ニャー、ニャー」

 足元を見ると白い猫が居る。

 これは猫の姿になったカナレだ。

 カナレはついて来いと言っているようだ。

 俺はカナレの後をついて行く。

 カナレは河川敷の方に行くようだ。

 河川敷に着くと、佐藤らしき男が居る。

 フードを被り、マスクをしているので、顔は良く分からない。


「佐藤だな」

 フードの男が振り向く。

「お前が火を点けたんだろう。分かっているぞ」

「証拠はあるのか?」

「あのケーキ屋さんはこの前放火があったから、監視カメラを付けてある。

 そこには、フードを被ったお前が映っている事だろう」

 俺がそう言うと、佐藤はナイフを取り出した。


「そうか、知られたからにはしょうがない」

「何故、ケーキ屋に火を点けた」

「それは、カナレちゃんが悪いんだ。俺と付き合えば何も問題なかったのに、断ったから、仕事に行けないようにしてやったのさ。

 そしたら、俺に縋るしかないだろうからな」

「お前、バカじゃないか。そんな事で付き合える訳ないだろう。

 そんな事をすれば逆に敬遠されるという事が分からないのか?」

「う、うるさい、お前も居なくなれば、カナレちゃんは俺を頼るしかないんだ」

 佐藤はそう言うと、ナイフで斬りかかって来た。


 その時だ、白い虎のような動物が佐藤の右手首に噛み付いた。

「ぎゃー」

 佐藤が堪らず声を上げる。

 俺を守るように立ちふさがったのは白虎ではなく、白い猫だ。

 だが、大きさが虎ぐらいある。

 これもカナレなのか。


「く、来るな」

 佐藤は再びナイフを握ってこっちに向けている。

 そこにカナレが飛び掛かる。

 すると、佐藤が被っているフードとマスクが取れたが、その顔には醜い痣があった。

 前に見た時は、そんな痣はなかったはずだ。


「フフフ、これを見られたからには、生きて帰す訳には行かなくなった」

「グルル…」

 カナレが唸り声を上げるが、その声は猫の声ではない。どちらかというと獣の唸り声だ。


 佐藤はナイフを落とすと、四つん這いになった。

 何をするのかと思っていると、佐藤は狐のようになっている。

 しかし、可愛らしい狐とは異なり、獰猛な感じだ。

 その化け狐にカナレが飛び掛かった。

 狐と猫の戦いになって、上と下が交互に変わる。まさに獣同士の戦いだ。

 狐の首にカナレが噛み付き、喉を引き千切った。鮮血が周りに飛び散る。

 どうやら、勝ったのはカナレのようだ。

 佐藤は狐の姿から、人の姿になっていく。

 顔から醜い痣が消えていくと同時に、身体から漆黒の煙が昇っていく。


 佐藤の顔を覗いて見るが、既に息はしていない。

「カナレ、佐藤は死んだのか?」

 カナレは無言で首を上下に動かした。

 俺は誰にも見られていない事を確認すると、河川敷を後にした。


 部屋に戻った俺は、カナレに聞いた。

「カナレ、どういう事なんだ」

「あの人は狐に取り憑かれていたんです」

「何だって!そんな事があるのか」

「昔から『狐に憑かれる』ってあったじゃないですか、それです」

「だけど、どうやったら憑かれるんだ」

「欲望です。欲望を叶える代わりに身体が支配されます。支配された身体は、もう死ぬまで元には戻りません」

「では、あの黒い煙が狐の怨霊だと言うのか?」

「そうです。また別の欲望を持つ人に取り憑くでしょう」

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