第11話 猫だまし

 その夜、カナレに鈴木が店長を恐喝して、金を持って行った事を話した。

「これで味を占めたから、また来るだろうな。そうすると金額も段々上がって行くだろうし、本当に困った事だ」

「なら、お灸を据えてやりましょうか?」

「お灸を据えるって、どうやるんだ」

「どこかに誘い出して、騙しの念を掛けます。例えば裸で街を歩き回るとかです。

 そうすると、警察に捕まるし、街の人たちからも顔を覚えられるので、恥ずかしくて街を歩けなくなります」

「なるほど。でも、どうやって、誘い出すんだ?」

「私がその鈴木の前に立って、目を合わせると相手を意のままに操る事が出来ます。これは『猫だまし』という念術です」

「猫だまし」って、たしか、相撲の技じゃなかったっけ?

 そんな事も出来るんだ。


「その『猫だまし』って、俺にも使ってないだろうな?」

「ご主人さまには、使ってません。使ってもいいなら使いますが…」

「いや、それは止めてくれ。俺も裸で街を歩きたくない」

「そんな事はしません。もっと、私と遊んでくれるようにします」

 そっか、こいつは元々猫だから、猫じゃらしとかで遊んでほしいのかもしれない。

 今度、百均で猫じゃらしでも買ってこよう。


 それから、2週間ほどが過ぎた時だ。また、弟分と一緒に鈴木が店にやってきた。

 俺は店の裏から携帯で美佐江さんの店に連絡をし、カナレを呼んで貰った。

 カナレは直ぐにこちらへ来ると言う。

 俺はカナレと話している電話を美佐江さんに替わって貰い、カナレが1時間程店を開ける事を了解して貰う。


「おう、何度も、何度も遺物を混入しやがって。今度、入っていたら、これまでの10倍は貰うからな」

「けっ、兄貴、こんな店、さっさと保健所に通報してしまいましょうよ」

 弟分が尻馬に乗って、鈴木を煽る。

 だが、二人とも、店長が差し出した金の入った封筒を受け取ると、店を出て行った。

 俺は店長に断って、二人の跡を付けてみる。


 二人は店を出ると路地裏の方へ向かう。どうやら、封筒の中身を確認するようだ。

 だが、路地裏への道の真ん中に一人の美少女が立っている。

「あのー、ちょっとお伺いしても良いでしょうか?」

 こちらから、鈴木たちの顔は見えないが、きっと鼻の下を伸ばしている事だろう。

 なにせ、カナレは美人と可愛いを兼ね備えたような女の子だ。


 カナレは鈴木たちを見上げている。

 そうしていると、鈴木たちの動きが変になってきた。

 カナレが先導して、こっちに歩いて来る。

「ご主人さま、今から公園に連れて行きます」

「俺も後ろから付いて行くよ」


 カナレが先頭を歩き、その後ろに鈴木と子分が歩き、それから20mぐらい後ろを俺が歩いて、公園に向かうが、いきなりカナレの姿が消えた。

 一瞬びっくりしたが、カナレの服は特殊な服だと言っていたので、もしかしたら、そんな機能があるのかもしれない。

 鈴木たちは相変わらず、操られるようにして歩いている。

 そして、公園に入ると、人の目の届かない所に誘導していく。


 その場所に来ると、カナレが姿を表した。

 カナレが二人に向かい合うと、二人とも服を脱ぎだし、全て脱いだら、街の方へ歩いて行く。

 夢遊病者のように裸で歩く二人は、見ていてゾンビのように見える。

 俺とカナレはその姿を見送って、バイトへと戻って行った。

 バイトに戻ってしばらくすると、外の方が騒がしい。

 何人かの警察官の姿も見たし、パトカーのサイレンもする。

「マスター、何があったんでしょうか?」

「さあ、何だろう。一くん見て来てもいいぞ」

「ちょっと、確認してきます」


 俺が店から出ると、裸の男二人が警察官に拘束されていた。これはあの鈴木とその弟分だ。

 鈴木と弟分は正気を取り戻したようだが、それでも何故ここに居るのかが分からないようにボーっとしている。

 二人はパトカーに載せられて、連れて行かれた。


 店に帰った俺は、店長に鈴木とその弟分が裸で歩いていて、警察に連行された事を話した。

「そうか、それは良かった。もうこれでやつらも来ないだろう」

「そうなればいいですが…」

「ヤクザって、対面を非常に気にするんだ。裸で警察に連れて行かれた事が分かったら、恥ずかしくて、この街を歩けないだろう」


 そんな事があってからしばらく時間が経ったが、あの二人はこの街で見かける事はなくなった。

 噂では、組の看板に泥を塗ったという事で、暴力団の組からも破門になったと聞いた。

 そうすると、あの二人は指を詰めたんだろうか?


 カナレにその事を言ったら、

「では、確認してきます」

 と、言って、猫の姿になって部屋を出て行った。

 1時間程で帰ってきて、元の人間の姿になる。

「どこへ行ってきた?」

「鈴木のアパートに行ってみましたが、部屋には誰も住んでいませんでした。

 既に出て行ったみたいです」

「相手の女性も居なかったのか?」

「そうです。二人とも居ませんでした。二人でどこかへ行ったのでしょう」


 そして、暴力団の方も大人しくなった。舎弟が裸で街を歩いたというのは、その組の名前も落とした事になり、組員も肩身の狭い思いをしており、大手を振って街を歩けないからだ。

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