第5話 バイト先

「それで、いいバイト先は見つかったか?」

「うーん、どこも一長一短で、なかなか難しいです」

「俺のバイトの近くにあるケーキ屋さんが人手が欲しいような事を聞いたけど、訪ねてみたらどうだ。

 明日、一緒に行ってみるか?」


 俺はカナレを連れて、バイト先の店長の所にやって来た。

「店長、紹介します。妹のカナレです。で、こっが店長さん」

「よろしくお願いします」

 カナレが挨拶をすると店長も、

「石田君の妹にしては、かなり可愛いじゃないか」

 なんて、言っている。

 それを聞いた、カナレも、嬉しそうに笑っている。

「店長、あまり、煽てないで下さい。『豚も煽てりゃ木に登る』って言うじゃないですか」

 まあ、猫だから木には登るだろうけど。

「いやいや、俺は本当の事を言ったまでだ。ところで、そろそろ来る頃だが…」

 そんな話をしていると、扉が開いて、30代半ばの女性が姿を現した。


「ごめん下さい」

「おや、美佐ちゃん、いいタイミングで来た。紹介しよう。こっちが『石田 一』くんの妹の『カナレ』ちゃんだ」

「あら、可愛い子じゃない。私は、『木村 美佐江』って言うの。それで、カナレちゃんはお店のバイト経験は?」

「まだ、高校を卒業したばかりで、バイトの経験はないんですけど、大丈夫でしょうか?」

「取り敢えず、販売の方をお願いできればいいわ。試しに2,3日働いてみる」

「分かりました。よろしくお願いします」

「僕からもよろしくお願いします」


「では、早速、来て貰っていいかしら。仕事のやり方を教えるわ。それと今から、夕方の忙しい時間になるので、手伝ってくれると有難いし」

 そう言う美佐江さんに連れられて、カナレはバイト先の方に向かった。


 夜、俺がアパートに帰って来ると既にカナレは部屋に居た。

「おかえりなさい、ご主人さま」

 なんだか、メイド喫茶みたいだな。

「ただいま、バイトどうだった?」

 そう言うと、カナレは黙って、冷蔵庫からケーキを二つ取り出した。

「これ、貰ってきました。余ったから持って行っていいって」

「へー、良かったじゃないか」

 それから夕食にして、デザートに貰ったケーキを食べてから、また風呂に入る。

「なあ、カナレ、風呂も一人で入れるだろう。明日から一人で入ってくれないか」

「えー、ご主人さまに洗って欲しいです」

 カナレはそうは言うが、乳房が8つある胸を見ると、やっぱり猫に見えて来て、気持ちが萎えて来る。

「男と女の子が一緒に風呂に入るのは、人間世界では良くない事なんだ」

「でも、混浴とかありますよね。そういう所では男性の方が喜んで入るって女神さまから教わっています」

 駄女神め、肝心な知識は与えないで、そんな知識ばかり与えやがって。

「それは、特別なお風呂なんだ。普通の家では別々に入るんだ」

「そこって、ソープランドっていう所ですか?」

 駄女神め、そんな事ばっかり教えてやがるのか。

「ま、まあ、そうだ」

「分かりました。明日からは一人で入ります。なんだか、人間の姿だとあまりお風呂も苦手でない事が分かりましたし」


 風呂から出た俺とカナレは、部屋を片付けて布団を敷いて眠ったが、今夜はカナレは起きて来なかった。

 やっぱり、昼のバイトで疲れたのだろう。


 朝、俺は大学へ、カナレはバイト先に行くという生活が1週間ほど続いた。

「カナレ、明日、大学が早く終わるので、カナレのバイトを見に行ってもいいか?」

「はい、いいですよ。美佐江さんとかにも、良くして貰っていますから」


 大学の帰りのまま、カナレのバイト先のケーキ屋さんに向かう。

 表から中を覗いてみると、カナレがショーケースの向こう側で、笑顔を振りまいていた。

 お客さんはやはり、女性客が多いみたいで、見ている限りは何ら問題はなさそうだ。

 お客さんが落ち着いたところで、店に入ってみる。

「こんにちわ」

「あっ、お兄ちゃん」

「あら、一君、どうしたの?」

 気づいた美佐江さんが、声を掛けてきた。

「カナレが、ちゃんとバイトしているかなと思って覗きに来ました」

「フフフ、それなら大丈夫よ。カナレちゃんが来てくれて、助かってるわ。

 それにカナレちゃんが来てから、お客さんが増えたみたいで、まるでまねき猫みたいで千客万来って感じだわ」

 たしかに猫だから、まねき猫かもしれないが、そんなご利益があるのか?

「カナレ、良かったな。褒めて貰えて」

「はい、有難うございます」

 たしかに、カナレが笑うと可愛い。それは認める。だが、カナレは猫だ。

 いつ尻尾を出すかと思うと、不安になってくる。

 俺は正体を知っているから問題ないが、他人から見れば、カナレはただの化け猫だろう。

 そうなった時は、俺もこの街に住めないのではないか。


「それじゃあ、俺は一旦家に帰ってから、バイトに行くから、カナレは終わったらいつもの通り、先に家に帰っておいてくれ」

 俺が店の自動ドアを出ると同時に、お客さんが入ってきたが、この客は若い男性客だ。

 後ろを振り返ると、カナレが接客している姿が目に入ってきた。

 カナレは営業スマイルで接客しているが、その姿を見た俺は、心の奥になんとも言えない引っかかりを覚えた。

 だが、それを理性で消す。あれはただの接客で営業スマイルだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 俺がどうのこうの言う話では無い。それにカナレは人間じゃないんだ。

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