第2話 カナレ

 居間のちゃぶ台を挟んで二人向かい合っている。

「取り敢えず、名前とか教えてくれないか」

「名前は、まだありません。ご主人さま、私に名前を付けて下さい」

「えっ、いや、急にそう言われても…」

「お願いします」

「うーん、タマとか…」

「私は女の子です。タマなんて嫌です」

「じゃ、ポチ」

「犬じゃ、ありません」

「ハナコとか」

「もう、やっつけ仕事になってますね」

「そう、言われても…」

 ふと、TVを見ると旅番組で小樽運河の映像が出ている。

 運河、キャナルか。だけどキャナルじゃ呼びにくいから、カナル、いや、カナレとかならどうだろう。

「うんと、『カナレ』って、どうだろう」

「『カナレ』ですか?ええ、いいです。私の名前は『カナレ』でお願いします」


「それで、カナレちゃんは、どうやって人の姿になれるんだ?」

「あっ、カナレでいいです。ご主人さまですから」

「分かった。で、どうして人の姿になれるんだ?」

「ご主人さまから食事を貰っていたんですが、ある日女神さまが現れて、願い事はないかと聞いてきたんです。

 私はご主人さまと一緒に居たいと思ったので、人間になりたいと言いました。

 そうしたら、女神さまが『分かりました、幸せにおなりなさい』って言って、人間にしてくれました」

 その話を聞いて、女神さまが居る事にもびっくりしたが、猫を人にした事にもびっくりした。

「でも、その女神さま、私を完全な人間に出来なくて、見てのとおり、猫と人間の中間なんです。

 あの女神さま、もしかして、駄女神だったかも」

 それを聞いて、俺は何と言っていいか分からない。


「猫と人間になれるのか?」

「その中間にもなれますよ」

「中間って?」

 そう聞くと、カナレは頭に猫耳と、スカートの中から尻尾を出した。

「え、ええ!」

 なんだか、猫の格好をしたメイド喫茶の女性店員さんみたいだ。

 これは、萌える。

「おっ、可愛い」

「えー、ほんとですか?嬉しい。では、このままの姿で居ますね」

 何だか、見ていてモフモフしてみたくなってくる。


「あのー、ところで、ご主人さまって、何んて言う名前なんですか?」

「へっ、俺の名前?」

 そう言えば、まだ名乗ってなかったっけ。

「俺は、『石田 一(いしだ はじめ)』って言うんだ」

 父親が、「石田 三成」にしようかと母親に言ったら、さすがに母親が怒ったので、「一」になったということだ。

 まったく、なんといういい加減な名付けだ。


「では、私は、『石田 カナレ』ですね」

「ペットに姓はないだろう」

「普段、人の姿をしているので、ここは姓があった方がいいと思います」

「『石田』だと、俺の妹か、奥さんって事になるが…」

「では、奥さんってことで…」

「俺はまだ、学生だぞ。奥さんなんて無理だ」

「では、妹って事で」

「しょうがない。それしかないか。では、専門学校に行くために上京してきた妹って事にしよう」

「はい、ご主人さま、よろしくお願いします。

 あのー、ところで、食事は、まだでしょうか?

 私、今日はまだ何も食べてないんです」


「何がいい?お茶漬けでもいいか?」

「えっと、猫舌なので、熱い物はちょっと…」

「我儘な居候だな」

「すいません…」

 俺は冷蔵庫の中にあったソーセージを取り出し、封を開けてからカナレに手渡した。

 カナレは、ソーセージを5本全て食べたら、落ち着いたみたいだ。

「食事は冷たければいいのか?」

「えっと、あまり野菜は好きじゃないんですが…」

「そうか、魚の方がいいんだな」

「あと、肉も大丈夫です」

 肉だとー、貧乏学生の俺だって、肉は月に1度食べれるかどうかだ。

「肉なんて、そうそう買う金はないよ。貧乏学生だからな」

「なら、私が頑張ります」

「働くとでも言うのか?」

「いえ、手を挙げて、ほら、まねき猫。って、だめですか?」

 たしかに、猫耳出して、まねき猫の格好をすれば萌えるけど、それでお金が入ってくる訳じゃない。

「はあー」

 俺は肩を落とした。

「ご主人さま、気をしっかりと」

 お前に言われたくないわ。


「それで、明日はカナレはどうするんだ?

 俺が帰って来るまで、家で待っているつもりかい?」

「えっと、ご主人さまの、ご指示のとおりにします」

「掃除や洗濯って、出来るのかい?」

「はい、女神さまに人間界での生活に必要な知識は貰いましたので、人並みの仕事はできます」

 おおっ、それは有難い。洗濯、掃除、できれば食事も作って貰えたら、ここに居て貰う価値はある。

「では、俺が大学に行っている間に、洗濯と掃除をやって貰えたら有難いな。

 あっ、食事はどうする。お金の使い方とか分かるか?」

「私、お金って使った事がありません」

「なら、明日の朝、3食分作っておくから、それを食べてくれ。

 さて、風呂にでも入って寝るか」

「えっ、お風呂ですか?私はちょっと…」

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