猫の怨返し

東風 吹葉

第1話 捨て猫と訪問者

「お先に上がります」

「ああ、お疲れさん。気を付けて帰れよ」

「はい、マスターもお疲れさまです」

 今日のバイトが終わった。

 学生の俺は、近所のレストランでウェイターのバイトをしている。


 今から一人暮らしのアパートへ帰る訳だが、この時間になると大通りを少し入った小道には、ほとんど人は歩いていない。

 その通りからアパートへの近道となる公園を横切っている時だ。猫の鳴き声が耳に入って来た。

「ニャー、ニャー」


 声からするとまだ子猫だろうか?

 俺は、周りを探すと、木と公園の柵との間に段ボールが置いてあり、その中に白い子猫が入っている。


「ニャー、ニャー」

 子猫は真っ直ぐ、俺を見て来る。

「そんな目で見ないでくれないか。俺のアパートはペット飼育禁止なんだ」

 俺は、レストランの賄いで貰った、タッパーに入れておいた夕食を子猫のダンボールに出して分け与えた。

「連れて帰れないから、これで勘弁してくれな」

「ニャー、ニャー」

 子猫はお礼を言っているのだろうか、それとも連れて行けと言っているのだろうか、それは分からないが、俺の与えた夕食を食べ出したのを見て、俺はアパートへと向かった。

 翌朝、まだ子猫が居るかもしれないので、子猫の分の朝食も用意して公園に向かう。

「ニャー、ニャー」

 居た。まだ段ボールに入っている。

 俺は、作った朝食を段ボールの中に入れてやると、子猫はそれを食べ出した。

 俺はそれを見て、駅へと向かう。

 そんな生活が1週間ほど続いたある日、いつものように公園を通っても子猫の声がしない。

 いつもの場所に段ボールはあったが、子猫は中に居なかった。

「そうか、きっと誰かに拾われたんだな」

 俺は一抹の寂しさがあったが、それでも子猫が誰かに拾われ、可愛がって貰えればいいと思っていた。


 そんな事があって、数日が過ぎた日、俺はいつものバイトが終わって、一人暮らしのアパートに帰って来た。

「ピンポーン」

 こんな夜更けに誰か訪ねて来た。誰だろう?

「はーい、どちらさまですか?」

 俺はドアの方に向かった。

 ドアのノブを回して、開けると、そこには一人の美少女が立っている。

「あ、あの、どちらさまでしょうか?」

「私は、数日前、公園に捨てられていた猫でございます。今日はお礼に伺いました」

「は?君、何を言ってるの?」

「いえ、今言ったように、私は公園に捨てられていた猫でございます…」

「たしかに、公園に子猫が捨てられていて、その子猫に餌を与えたのは間違いじゃないけど、その子猫は誰かに拾われて行ったんじゃないの?

 もしかして、君がその子猫を拾ってくれたのかい?」

「あっ、いえ、私がその子猫でございます」


 なんだ、この子。今流行りの天然とか言う子か?

「あー、分かったよ、でも今日は遅いから家に帰った方がいいよ」

「いえ、もう私には帰る家はありません。ここに置いて下さい」

「へっ、い、いや、それはだめだ。女の子を泊める訳にはいかない」

 このアパートは同棲禁止とかではなく、彼女を連れ込んでいる男も居るが、いきなり会ったばかりの女の子を泊めるほど、俺も心臓に毛は生えていない。

「では、猫の姿をしますから」

「いやいや、そういう問題でもないし。えっ、ちょっと待って、猫の姿をするってどういう事?」

 まったく、意味が分からない。猫耳を頭に付けて、「ニャン」とか言うつもりだろうか。

「では、ちょっと失礼しますね」

 そう言って、女の子は部屋の中に入って来た。

 女の子を見ていると、身体がどんどん小さくなって行き、子猫の姿になった。

「え、ええっー!!」

「ニャー、ニャー」

 そうだ、あの白い子猫だ。この前まで公園に居た子猫だ。

 俺がびっくりしていると子猫の身体が大きくなり、元の女の子の姿になった。


「どうですか?信じて貰えましたか?」

 俺はびっくりして腰が抜けしまい、ただ首を上下に揺らしただけだ。

「それで、ここに置いて貰えますか?」

「い、いや、だめだ。ここはペット飼育禁止なんだ」

「ですから、いつもは人の姿をしているから大丈夫です」

「いや、そっちの方が問題だろう。俺の部屋に女の子が同居していると分かったら、それこそ問題になる」

「えー、じゃあ、私はどうすればいいんですか?」

「取り敢えず、今日は帰ってくれ」

「私には、もう帰る場所はありません。ここに置いて下さい」


 俺は困った。

「……」

 俺が黙っていると、

「お願いします。ここに置いて下さい。ご主人さま」

「えっ、、ご主人さま?」

「はい、飼って頂くので、ご主人さまです」

「あ、いや、まだ飼うと決めた訳じゃないし」

「えー、夜の街に、か弱い女性を放り出すんですか?」

「あ、いや、そういうつもりじゃないんだけど…」

「えっ、では置いてくれるんですよね、やったー」

 俺は、押し問答に愛想をつかした。

「分かった。取り敢えず俺の言う事は、聴いてくれるんだろうな」

「はい、もちろんです」

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