第5話

 世界に穴が開く。

 別に特別なことではない。

 世界は脆い。

 いつもどこかに穴が開いて、いつの間にか閉じている。

 何かが入ってきては、何かがなくなっている。


「おや、珍しい。穴に何か引っかかってるわ」

「ははは、なんだいそれは。穴の途中にいるとでも?」

「そうね。穴の途中、なにか生き物が引っかかってるわ」

「生き物、生き物か、少し面白そうだ」

「ええ、面白そうね」

「まだ穴は持ちそうかな」

「まだ穴は持ちそうね」

「じゃあちょっと向こうの世界でも」

「ええ、まずはお話を聞いてみましょう」

「また魅了かい?」

「そうよ。だって、野蛮かもしれないもの」



「魔法は使えるみたいね」

「でも随分と原始的だ」

「それを言ったら武器もそうよ」

「確かに。剣なんて骨董品をよく使う気になるものだ」

「その分、安全の確保は難しくなさそうね」

「だが人間と言ったか。あれに擬態するのは面倒だろう」

「腕が二本しかないなんて不便な生き物よね」

「ああ、あの腕では魔法一つ使うにも手間だろう」

「そのあたりが文明が発達していない原因なのかもしれないわね」

「高度な術を使うときには擬態を解く必要はあるが」

「帰り道のこと?」

「そうだ。術用のマーカーだけこの地に残せばいい」

「じゃあ向こうの世界に?」

「ああ、こいつの生まれ育った村があるという」

「制圧するの?」

「まずは服従だ。魔法で縛ればよい」

「魔王ごっこでもする?」

「文明レベルによるな。低すぎてもつまらん」

「そうね」



「あなたがラジャンで、私がルーヲね。ちゃんと覚えてよ」

「ああ、武器屋と、道具屋、だったか」

「そうそう、村を拠点に確保するなら外向けの設定もいるのよ」

「わかっているさ」

「あとその男、魅了が利き難かったから、村で束縛を使うときも少し注意して」

「そうなのか、そっちの女は? 女のほうが魔法能力は高いだろう?」

「そっちは問題なし。抵抗というか意志がほぼなかったわ。人形みたい」

「魔法使役用の人形か? なら意外と文明レベルも高いのかもな」

「ええ、そうかも。男の方も何か道具で保護してるかもね」

「そうか。大丈夫だと思うが、解除されないようにな」

「そう思って、一番強いのを掛けてあるわ。私が死なない限り解けることはないわ」

「ならいい、村が見えて来たな。先行する」

「はーい、よろしく」



 ラジャンが一人で村に向かって走っていく。

 一緒に歩いて行ってもいいように思うが、さっきの会話といい、随分アグレッシブなNPCだな。

 ラジャンもルーヲも、俺とフィーナより少しだけ年上の幼馴染で、今は村で武器屋と道具屋をしている。


 いつもは店のカウンターの中に立ったままなのに、村の外にいるのは、初めて見たな。

 走って帰るのは、俺が村についた時にはまたお店のカウンターに居るためだろうか。あの店は幼馴染価格で少しだけ安く売ってくれるから、序盤のお金がない間はとても助かる。レベルも十分に上がったし、そろそろ城に成人の報告イベントに行ってもいいだろうか。

 そうなると回復アイテムを買い込むか。あれ? メニューから見る道具欄は十分な数があるな。そうか、もう買い終わってたか。なら、いつ城に向かってもいいな。


 フィーナはいつも通り、俺の後ろをついて歩いている。

 ルーヲはなぜか俺の前だ。やっぱりアグレッシブなNPCなんだな。お姉さん風を吹かせたい年頃だろうか。

 ほどなく村の入口に入る。


「なんか空間が変な感じがするのよね。隙間があるというか。魔物除けの結界とも思えないけど」


 ルーヲが何かぶつぶつ言っている。

 フィールドマップと村マップでは別マップ扱いとか、そういう話しじゃないんだよな。メタだし。柵で囲まれた村には結界が張ってあって魔物が入れないとか、そういう設定があるんだろうか。気にしてなかったけど、ありそうだ。


「ねえ、武器屋はこっちでいいの?」


 ルーヲの質問にその通りだと答える。

 村の広場に面した所に、大体のものは揃ってる。武器屋も道具屋も、村長の家もそこだ。武器屋に行くってことは道具屋にはまだ帰らなくていいのかな。道具屋は武器屋のすぐ隣だし、道は一緒だからいいか。


「まだ城に報告に行ってなかったのか、早くしないと村祭りが始まってしまうぞ」


 通りすがりに村人のおっさんが声を掛けてくる。このおっさんは近くを通るだけで決まったセリフを話すから、ちょっと邪魔だ。


「早く城に行ってきなよ」


 今度はおばちゃんだ。村長の話を聞いて、城への出発フラグが立つと、会う村人のほとんどがこんなセリフを言って来て邪魔くさい。あまりに邪魔だから、街まで出て、そこの宿を拠点にレベル上げするのが良い。


「ラジャン。どうだった?」


 村人を無視して歩いているうちに武器屋の前まで来ていたようだ。


「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」


 いつものセリフ。もう装備は街で売ってるここよりも上の装備をしているから、買う必要はないんだよな。


「何言ってるの? ラジャンではない? いえ、魔力パターンは。何があったの?」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「どういうことよ」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「操られている? でも魔力パターンに乱れはない」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」


 いくら話し掛けても同じ言葉しか返さないと思うんだが。あ、武器を買えば別のセリフが聞けるぞ。


「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」


 声に振り替えると村長が立っていた。

 いつも村長は家の中から動かないのに。アグレッシブなNPCが増えたな。知らないうちにアップデートでもあったんだろうか。いやそんなはずはないな。バグ調査でネットはチェックしていたが、どこにもそんな情報はなかった。


「じゃあ別人格の中に封印? でもそんな高度なことが出来るわけが」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」


 なんかカオスになってきたな。


「なんなのよこいつ」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」

「そのじいさんは村長だよ」

「こうなれば皆殺しにしてからラジャンを直す方法を」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」

「早く城に行ってきなよ」

「魔法が発動しない? どうして? 結界?」

「まだ城に報告に行ってなかったのか、早くしないと村祭りが始まってしまうぞ」

「イベント戦闘でもないんだし、村の中で攻撃魔法は使えないよ」

「こうなったら擬態を解いて力づくで」

「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」

「早く城に行ってきなよ」

「擬態が解けない!? どうしてよ!」

「なんじゃ、まだ城に向かってなかったのか。急がんと村祭りまでに帰ってこれんぞ」

「よう、武器を買いに来たのかい? 幼馴染のよしみで少しだけ安くしてやろう」

「なんなのよ!」


 カオスだな。誰が話してるのか分からん。


「こっちへ来なさい!」


 突然、ルーヲに腕を掴まれて村の外まで引きずり出される。


「魔法が使えないのはなんでなのよ」

「イベント戦闘でもないんだし、村の中で攻撃魔法は使えないよ」

「イベント? 何のイベントよ、村祭りってやつ? もういいわ、ここなら使えるのね?」


 何も答える前に、手からレーザーみたいに光を発射するルーヲ。

 魔物も居ないところでなんで魔法打ってるんだろう。


「擬態は、ダメか。一度出直したほうがいいわね。出来れば何人か連れて」


 何かぶつぶつ言いながら歩いていく。

 幼馴染を放って置くのもな、と思って後ろをついていく。フィーナはフィーナで、俺の後ろをついてくるから、3人で縦並びだ。

 どこに行くんだろう。

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