第4話

 玄関ホールで、玄関に向かい合う。

 正直に言うとあまりこのイベントは好きじゃない。

 戦闘としては、フィーナが強力な魔法を撃ってボスを倒すだけの話ではあるんだが。


 強力な魔法については、フィーナの感情が爆発した系の解釈をされている。

 それはつまり感情が爆発するような出来事が起こったわけで、まあ、それは戦闘で騎士たちが倒れていく様なんだが、これが中々にリアルでちょとした鬱展開なのだ。ここくらいは作り込みに手を抜いて欲しかったなと思う。


 そしてもう一つの問題。

 ボス戦闘が終わると自動的に場面の切り替えが行われてしまう。つまり、探すことが出来るのは戦闘中だけ。しかも自分がボスに攻撃しなくてもフィーナの魔法で決着がついてしまうため、延々と戦闘を長引かせることがほぼ出来ない。

 フィーナの魔法発動タイミングは、戦闘開始からの時間経過、正確には、戦闘に出てるNPCの全滅で発動する。当然、その前にプレイヤーが倒れてしまったらゲームオーバーだ。


 このゲームを始めたばかりの頃ならともかく、今更ここのボスに倒されるわけもないし、実際に問題となるのは時間経過のほうだ。時間を計ったことはなく、体感でしかないが、一分もないはずだ。


「よしっ」


 気合を入れ直して玄関を出る。

 数人の騎士たちが相対しているのは、身長二メートルを超えるオーガ。浅黒い肌に、額に二本の角を持つその姿は、このゲームが和風であったなら鬼と呼ばれていただろう。

 身に着けている皮鎧は所々に亀裂が入っているものの、ではオーガ自身に傷はついているのかと言われるとはなはだ疑問だ。少なくとも、剥き出しになった腕にも、皮鎧の亀裂からのぞく脇腹にも、傷があるようには見えない。


 武器に持った大きな金属棒で、こん棒にイメージされる握り手が細いものとは違い、杖のイメージが近い。端から端まで同じ太さの棒は、もし短く細ければ杖そのままの見た目になる。しかし、オーガの身長に匹敵する長さと、それに見合った太さの杖は、オーガの振り回す様からこん棒と呼ぶ方が正しく思える。


 ドカンッ!

 バキッ!


 こん棒に吹き飛ばされた騎士が玄関のすぐ隣の壁に激突する。

 ゆっくりと地面に広がっていく液体から目を背け、周囲を確認する。


 瓦礫の山。

 そう言っていいほどの瓦礫が道を塞いでいる。例外は玄関と門をつなぐ広場だけ。つまり今、オーガと残った騎士が戦っている場所を除いては、行き場がない。

 瓦礫の向こうには、門に繋がる城壁が何カ所も崩れている。その城壁だった瓦礫だとは思うが、崩れた城壁以上に瓦礫が積み重なっているようにも思える。


 メタ視点で言えば、イベント戦闘から逃げられないように、瓦礫を積み上げているのだろう。

 戦闘中でさえなければ、両手両足でゆっくりと瓦礫を登れなくもないのだろうが、ボス戦の最中にそれを行えるとは思えない。


「キャーーー」


 後ろから甲高い悲鳴が聞こえる。

 フィーナの視線の先には、俺が目を逸らした騎士の死体があるのだろう。


「に、逃げよう、逃げようよ!」


 後ろの叫びを無視して周囲のチェックを続ける。


 ドカンッ。


 また騎士が吹き飛んで、左側の瓦礫の中に突っ込んだ。

 残っている騎士は2人。それが倒れるとタイムリミットだ。


 ほんの十歩程しかない瓦礫までの距離を走り抜け、近くで瓦礫を確認する。

 やはり手を付かないと登れないか、瓦礫に沿って城壁のほうへ、移動出来る距離なんて少ししかない。行けるところまで行ったら、一旦、玄関前に戻って反対の瓦礫へ、城門近くまで一通り見て回っても状況は変わらず、オーガは城門のすぐ近くに立っているから、城門を抜けて出ることも出来ないようになっている。


 ドカンッ。


 騎士の残りは一人。

 倒せるなら倒してしまって騎士を助けたいが、残念ながら攻撃力が足りない。イベントで補正が掛かっているのかと疑うほど、このオーガには攻撃が通らない。

 以前に一度、無理をして目を突いて見たことがあった。目は大抵の魔物でクリティカル扱いだからだ。思った通りダメージは通ったが、その後はオーガがめちゃくちゃに暴れ出して、次の攻撃が出来なかった。

 そんなこともあって、このイベントでは騎士が全滅するまで待つしかない。


 ガンッ。

 最後の騎士にオーガの攻撃が当たる。

 吹き飛んだ兜。そしてそこにあるはずが、何もない頭部。首から血が噴水のように噴き出し、血の反動でもあるかのようにゆっくりと体が倒れる。

 ころん。

 倒れる体に少し遅れて、フィーナの悲鳴が聞こえる。


「いや、いや、いやぁーーー!!!」


 フィーナの体がうっすらと光出し、ボス戦闘最後の魔法の準備が整う中、俺の頭にあるのは真っ暗なマップのことだけだった。

 イベント中に行ける範囲は一通り調べたつもりではいたが、あと調べるとしたら、通路の奥の扉が救援で開くのか、そしてそこに入れるのか、外に積み重なる瓦礫を無理やり上ったらどうなるのか、あとは、ボスの後ろにまわりこんで門の外に出れないのか。


 それは一種の逃避だったのかもしれない。オーガのすぐ近くに転がる首なしの死体が目に入らないように、光の柱を見上げる。

 空から落ちて来る光の柱は、雷に似た轟音をまき散らしながらオーガの体を抉る。フィーナの放つ強力な魔法は、終盤に至ってさえ、大半の魔物を一撃で沈める光の単体魔法。

 あと数秒も待てばオーガは消滅し、イベント終了のマップ切り替えが起こるだろう。


「あ?」


 思いつきで慌てて走り出す。

 今ならボスの脇をすり抜けて門を通れるじゃないか!

 既に、僅かなシルエットにしか見えないオーガのすぐ脇を走り抜け、門へと駆ける。

 光が弱まり、消えていく柱の影で、俺は門へ頭から飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る