第3話

 部屋の外から聞こえる怒号、そして剣戟けんげきの音。

 この襲撃イベントのクリア条件は、魔物の撃退にある。

 控室から出ると、玄関ホールには魔物がうろついており、それを倒す。その後は数回に分けて魔物の増援が玄関から入ってくるので、それも倒す。最後に玄関から出て、城門に陣取っているボスを倒せばおしまいだ。

 それにボス戦ではフィーナが光り出して強力な魔法を打って倒すので、ちょっとだけ時間を稼ぐだけで済む。ただしボスはデカいし、フィーナの魔法はエフェクトが強烈なので、初見ではかなりビビる。


 一応、フィーナの魔法については、倒された騎士たちがゴロゴロ転がってるし、目の前で血を出して倒れる騎士もいるしで、人の死に慣れてないフィーナの感情が爆発した系の解釈がされている。

 えっ、村からこの街までさんざん魔物ぶっころでしたよね、とか言っては行けない。レベル上げモードとストーリーモードは別の人なのだ、多分ね。


 そんなイベントだから、バグを探すと言っても、探せる場所はそれほどない。

 まずは控室からだ。

 備え付けのキャビネットの扉を開ける。からっぽ。

 テーブルの下を這って進み、椅子をどかしてみる。何もない。

 フィーナのスカートを捲ってみる。白い。


 定期的に「魔物だって、早く逃げよう」と言ってくるフィーナを無視して、部屋の中を探し回る。どちらかと言うと部屋の中に立て籠もったほうが安全に思えるんだが。フィーナはどこに逃げようとしているのだろうか、謎である。


 部屋の中を一通り調べるが、何もない。真っ黒なマップの入口がどこにあるか分からないため、何もないように見える場所も一通り歩きまわった。が、何もない。

 諦めて控室を出る。


 出た先は、文官が座っていた部屋だ。この部屋も出ると玄関ホールになって魔物との戦闘になってしまう。

 文官が居なくなった部屋で、また調査を開始する。

 机の下、椅子、書類が並べられた棚に、書籍が詰め込まれた棚。棚の中の物は全部取り出して床に置く。古い物語だと、本を押し込むと動く本棚とかあったらしいが、それは本が棚の一部なんだろうか、それとも、本の後ろにスイッチがあるだけで、本でなくても押せば動くんだろうか。全部、棚から取り出してみたものの、固定されて取り出せない本も、棚の奥にスイッチらしきものも見当たらない。


 キャビネットの引き出しを開ける。からっぽ。

 観葉植物の植木鉢を移動してみる。何もない。

 フィーナのスカートを捲ってみる。白い。

 「早く逃げようよ」と繰り返し急かすフィーナを無視して、部屋の中を探してみるものの、真っ暗なマップには入れそうもない。バグ、バグというなら隠し扉とかのギミックではなく、オブジェクトを透過してしまうとか……。


 部屋の中は一通り歩き回ってはいたが、再度、今度は部屋の壁をコツコツと叩きながら一周する。それでも何もない。


 玄関ホールに続く扉は開いたままだが、その向こうにはまだ魔物の姿は見えない。

 プレイヤーが玄関ホールへ移動することがトリガになって、魔物が玄関から突入してくるようになっているからだ。


「仕方ないか」


 出来れば戦闘なしで終わりにしたかったが、真っ黒なマップに入れないならしょうがない。レベルは出来るだけ上げたつもりだが、消耗品が減らないようにうまく戦おう。でないとラストダンジョンに入れても先に進めなくなってしまう。

 開いたままの扉を抜けて玄関ホールを足を踏み入れる。

 直後、玄関の扉が弾けるように開き、そこから羽の生えた魔物が2体飛び込んでくる。


「しゃーおらー!」


 飛び込んでくる魔物に対抗して、こちらも魔物に向かって走り寄る。

 一閃。

 一匹の魔物の翼を切り裂く。

 翼を切り裂かれた魔物は、飛び込んだ勢いのまま、床を転がる。


「フィーナ! 攻撃魔法! 飛んでる奴!」


 後ろのフィーナに指示だけを言い置いて、翼を切り裂いた魔物と対峙する。

 玄関ホールは天井が高い。飛ばれると少し厄介だ。逆に言うと、落としてさえしまえば問題ないと言う事。

 立ち上がろうとしているガーゴイルにも似た魔物に近づき、首元を一閃する。それだけで魔物の首は切断され、重い音と共に頭が転がる。

 序盤だけあって装甲が紙だ。後半になれば似た魔物でも鎧を着ていたり、体自体が金属っぽいのが出て来るが、こいつは飛ぶのがやっかいなだけな雑魚だ。


「ライトアロー」


 フィーナの声が聞こえ、少し遅れて爆発音。

 見ると魔法が当たった魔物が体勢を崩して降下してくる。


「うっ、ほっ」


 降りて来る魔物にタイミングを合わせてジャンプし、横合いから首に一閃。

 ゴンッ、と音がして自分も吹き飛ばされる。

 避けそこなった。

 首を刎ねたのはいいが、真横から切ったせいで残った魔物の体にぶつかってしまった。

 しかし、すぐに体を光が包み、痛みが消える。


「ライトヒール」


 遅れて聞こえるのはフィーナの魔法宣言。

 流石ヒロインは回復の格が違った。後で拝んでおこう。

 戦闘パターンだけはAI化されており、直接指示も出せる。だから、何も言わずに回復してくれるのは経験が生きたなという他ない。レベル上げでさんざん戦った甲斐があるというものだ。


 何度か、玄関を抜けて飛び込んでくる魔物の相手をする。

 初回の襲撃だけは玄関との距離があったため、一匹しか翼を落とせなかったが、二回目以降は玄関のすぐ近くに陣取れる。飛び込んでくる魔物を順番に落としていくだけで終わる。

 イベントの隠し要素として、魔物を倒せずに戦闘が長引くと通路の奥から騎士たちが援護に来てくれる、というのもあるんだが、騎士たちは魔物の攻撃を防ぐだけで攻撃してくれない。

 結局倒すのはプレイヤー自身がなんとかする必要がある。しかも騎士の体が邪魔で攻撃しにくいという特典付きだ。戦闘が長引くだけの救援は人気がなかった。


 増援を含めて全ての魔物を倒したら小休止の時間だ。

 いやバグ探しの再開か。


 次のイベントトリガは玄関から外に出ることなので、城の中を調べる分には敵襲はない。城の外からは周期的に怒号やら剣戟の音が聞こえてくるので、ゆっくり探す気分にはなれないのが困りものだ。


 探せる場所は、通路と、もう一つの部屋。もう一つの部屋は武器や防具が並べられている部屋だ。玄関ホールから見える限りでは、騎士達が持ち出したのか、随分と減ってるように思うが、物が多い場所は調査にも時間が掛かる。


 とりあえず、通路の奥へ向かう。

 すぐに扉に行きついてしまうが、扉が開かないことを押したり、引いたりして確認する。魔物との戦闘で援軍が来るときには開くはずだが、生憎、開いたのを見たことがない。扉は動かないオブジェクトで、援軍の兵士は何もないところから沸いている可能性もある。

 なにせゲーム内のイベントだ。NPCの出現ポイントまで合理的に見えるように設定しているかは分からない。もし扉が開くなら、開いた扉の向こうが真っ暗なマップ、ということもありえるが。


 ……もしそうだとしたら、玄関からの魔物襲撃中に扉の前に陣取っていないといけない。魔物は倒してしまったし、バグが見つからなかったら、次にやり直したときに確認だな。


 その後、武器や防具が並んでいる部屋についても調べたが、何も見つからなかった。

 一々、鎧を退けて壁をチェックするのはとても面倒だった。金属鎧のせいか、やたらと重い。そして外からはまだまだ剣戟の音が続いている。

 ここで待ってたら戦い終わってくんないかね。終わらないだろうな、ストーリー的には外せないイベントだし。


 少しだけ重い足取りで、玄関ホールに戻る。

 玄関から出たらボス戦だ。その前に。

 フィーナのスカートを捲る。

 パンパン。拍手をし、手を合わせてご神体に祈る。


「バグが見つかりますように」


 白の女神のご加護が有らんことを。

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