忘花の魔女「とある男の日記」

@bouka

第1話

 恋をすると世界が鮮やかになる......

 そんなのを鼻で笑っていた時期が私にもあった。きっと何かの間違い、そんなことを打ち消すように彼女は美しかった。

 私は彼女に話しかけようと、口をぱくぱくと動かすが、彼女はこちらには振り向いてくれない。気付けば私は足で、地面に音を立てていた。流石に音には気づいたのか彼女は綺麗な髪を揺らしこちらに振り向いた、驚いた顔まで美しいのはやはり彼女が幻影生物だっただろうが、そんなこと関係なかった。透き通るような白い肌、まるで陶器でできた人形のようだった。

 彼女は長い睫毛をパタパタと数回動かし、呼吸を感じられる沈黙が長く感じられた。しかし彼女は急いで泉の闇に消えていった。ただただ私は見つめることしか出来なかった。それはそうだろう、いきなり背後で地面を脚で叩き、じっと見つめる男なんか怖いだろう。私はゆっくりと泉に近づき、魔法花を置いてその日は家路へ向かった。

 それからの私の毎日は湖へ花を届る日々。最初は昨日の少し朽ちた花の上に新しい花を置いていたのだが、ある日を境に花は次の日には消えて、私が泉に来ると、枯れずに美しいままの花が湖に浮かんでいた。まるで私を歓迎してくれているように感じられ、泉のそばに腰を下ろし、私は無防備に寝てしまった。

 目を覚ませば、私の視界いっぱいに彼女の顔が近くにあった。私は驚いた。だが彼女も同じように驚くが、鈴を転がしたような声で私に話しかけた。私は夢中で彼女に話しかけていたことは覚えている、やっと私の目の前に現れ、話しかけてくれた、ただそれがとても嬉しかったのだ。


 月日は経ち、彼女は私に恋をした。私の一方的な恋が終わりを告げたのだった。恋をした彼女の肌はほのかに赤く染まり、温もりを感じるようになった。そう、彼女の身体に血がめぐり始め、彼女はより素敵な女性になったのだった。

 そして、彼女は悩むようにもなった。自分は魂を持たないモノであり、泉から出れない身体なのである。今までは冷たい暗い泉から誰にも触れられず、ただ見つめているだけだった彼女が、初めて恋を知った。だが、彼女は私に恋をして、魂を手に入れた。つまり私が彼女の人生を手に入れ、手放すことは許されず、彼女の居場所を縛ったのだった。私はその重さに耐えきれるのかとても悩んだ。今までは、恋をして、別れてもそれだけで終わる、しかし彼女との恋は私が彼女にひどいことをすれば、彼女は魂を失い死んでしまうのだ。

 だが、そんなのはいつの間にか終わっていて、気付けば彼女の手をとり、抱き寄せていた。この儚く美しいモノを守らなくてはいけない、そんな重い覚悟はとうの昔にしていた私はぎゅっと彼女を離さないように抱きしめ、暫く時を過ごした。こうして彼女は初めて泉の外に出た。



























 そして彼女は泉へ戻れなくなった。




































「ねぇ、この子は貴方に似て強い力を宿してるわ、、、きっと私たちの希望になってくれる」


 彼女は私と彼女の間にいる小さな命の手を握ってそういった。小さな命は彼女が母親だとわかっているのか、小さいながらも握ろうと動かしていた。私は2人の手の上から握り返すと二人とも笑ってくれた、そのことはとても忘れられないでいる。


「嗚呼、君と似て美しい子だよ。きっと皆から愛されるだろうね」


 私はそっと頬を撫でた。赤ん坊は私の手による刺激にさえも喜びを表した。私は頬を緩ませ、赤ん坊を眺めた。暖かな温もり、命が宿るこの子を守ってやらねば.......こうして私には守るものが増えた。あぁ、今の自分はなんて幸せなのだろう。守るものが多いのは辛いものだと言うが、私には幸せの証だった。

 私たちの子供は愛をきちんと受け取って、優しい子に育っていった。そして、魔法もまだ幼いのに使いこなせているのは私よりきっと魔法の才能があるようだ。私はこの子が魔法を使い間違えないように教える時間を大切にした。きっと手放しにしていれば、きっとこの子が不幸になってしまう。大きい力を持つのは色々と不可がかかるものだ。親としてきちんと支えていかなければいけない。この子が傷つけば、私も彼女も悲しむことになるからだ。私は3人で過ごす1日1日を幸せと呼んだ。



 だが、そんな幸せは消えようとした。あの子が少し成長した頃に、私たちの間にはまた小さな命が産まれた。しかし赤ん坊は産声をあげることなく、目を閉じ、呼吸すらしていなくて、最初の頃の彼女のように人形のようだった。彼女の腕にだかれた人形、そう例えるしかなかった。私は小さな命を失ってしまったのかと悲しんだが、彼女だけは違う反応をした。

 彼女はすぐさま、まだ疲労が溜まった体で赤子を抱え、外へと走っていった。私も考えるのを放棄し、彼女の後を追った。でもすぐ私はすぐにわかってしまった。彼女はもといた泉へと向かっていたのだった。彼女を泉から奪ってから、数年。私たちは1度も泉へと近づかないようにしていた。泉が彼女を奪ってしまわないようにと。私は赤ん坊のことを心配しながらも、彼女が消えてしまわないかとても不安だった。息を切らして、私が彼女に追いついた時、産声が私の耳に響いた。

 私は恐る恐る泉の前に佇む彼女の隣に立ち、水音と産声がする泉へと視線を移した。そこには水に浮かび、産まれたばかりのように泣く私の子供がいた。

 私は安心して、ほっと息を吐いたが、彼女は私に抱きつき、静かに泣いた。その時私はわかってしまった。

この子は泉から出ることができないのだと。

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