十二話   祈之十五歳の頃 Ⅳ

十二月にもなると陽の入りが早く、切ない程の早さで陽が暮れた。

 夕陽に染まった山肌も暗闇の中へと姿を消し、正夫も足元の暗さで仕事を終えた。

 先程まで雲提が土手の様に連なり、暗くなるに連れ季節風が吹き出していた。

 木枯らしのカサカサと枯れ葉を追い回す音を聞きながらギターの練習に夜長を費やした。

 ベットに寄り掛って‘禁じられた遊び‘を久し振りに弾いて見た。

 流れるその音色はあどけなく正夫を見つめる祈之の視線を思い起こさせた。

 小屋に移り住んだ頃、追いかけるように祈之が小屋に入り浸り、よくベットに寄り掛りながら祈之にねだられて‘禁じられた遊び‘を弾いた。

 まだポロンポロンと拙く、つっかえつっかえ何度も弾き直し、つっかえる事無く弾き終えると祈之は顔を輝かせて喜んだ。 

 初めて祈之が外泊したあの日、翌日の夕方位に帰ってきて死んだように祈之は眠っていた。

 祈之はそれ以来頻繁に外泊を繰り返す様になった。あの体裁やの亜子が、祈之の朝帰りには妙に寛容で「あの子もやるわね…勉強に支障が無ければOKよ。一彦さんが見てるから大丈夫よ」と友人に語っているのを聞いた。 

 祈之はもう自分の及ばない所に行った。

 これで良かった、こうなる事を望んでいたんだ。と想いつ、その微妙な喪失感に痛みを感じた。


「まさちゃん、奥様がお呼びだよ」

 戸口で婆やの声がした。

 正夫は暫くぽろぽろとギターを弾いていたが、横に立て掛けると立ち上がった。

 最近何度かマッサージを言い付けられ部屋に呼ばれた。

 あの噎せ返る様な香水と、得も言われぬ女々した感じが苦手で、呼ばれると気が重かった。

 背の高さは父親譲りで、百八十センチ近い長身を屈める様に外に出ると、ヒューと音を立てて寒風に見舞われ暗然とした木立の中へと吹き抜けていく…裏の戸口まで風に巻き上げられながら、祈之の部屋を見上げたが、主の居ない真っ暗な窓硝子から見慣れたカーテンが、ひっそりと閉じられたままだった。


 亜子は俯伏せてベットに横たわっていた。

「少し背中…揉んで…」

 正夫は無言で近付くと薄いネグリジェの背中を、脊髄に沿って押す様に揉んだ…少し酒の匂いがした。

 亜子は少し緩慢に舌をもつれさせ「少し…上…」とか「もっと下…」とか正夫の指の動きに合わせ微妙に身体を動かせた。

「…もっと強く…」亜子は焦れる様に肩を揺すった。

 正夫はより近付くと身体を乗せる様に脊髄に沿って強く押した…暫くすると亜子はおもむろに仰向けた…合わせの部分がはだけ、形の良いすんなり伸びた足が太腿まで露出した。

 胸の大きく開いたレースの部分は薄く透けて、正夫は一歩退いた。

 亜子は扇情的な熱っぽい眼差しで構うように正夫を見つめると

「正夫は私が嫌い?私どう?肌綺麗?綺麗でしょ?触ってごらん…こっちに来て触ってごらん」

 猫が鼠を誑かす様に執拗に誘いを掛ける、目は潤み、半開きの唇から酒臭い息が漏れ、乳房に誘い込む様に取られた手を正夫は逃れて、又一歩退いた。

「ふふ…うふふ…」女優は含む様に笑い出し、可笑しそうにいたぶる様な眼差しで

「もう一度背中を押して…それでもういいわよ…」と言った。

 

 正夫はもったりと盛りを過ぎた女の、手入れでは補えない弛みを感じさせる背中を冷ややかに見つめた。

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