4 花火

 海岸通りはたくさんの人々で込み合っていた。芋を洗うような人込みの中で、慶花が黒い夜空を指で指す。

「ほらっ、今上がった!」

 途端、弾ける音と共に空が明るくなった。夜空に赤や黄や青と色とりどりに大輪が花開くたびに周囲から歓声が上がる。

「きれいだね」

 両手を息で暖めながら、慶花は嬉しそうに微笑んだ。しかしその指先が微かに震えている。

「ほら、これ使えよ」

 蒼鷹は両手にはめていた手袋を外すと彼女に差し出した。

「ううん、大丈夫。蒼鷹だって寒いでしょう?」

 海辺の寒さを侮った自分が悪いのだからと慶花は笑う。だけど、まるで幼子に諭すような口調が面白くなかった。

「いいから使え」

 慶花の手に強引に手袋を押し付ける。困ったように慶花は手袋を眺めていたが、何を思ったのか右手だけ手袋をはめると、左の片方だけを差し出した。

「じゃあ半分こ」

「半分こって……」

「だって寒いでしょ。半分こしよう」

「……わかった」

 仕方なく手袋を受け取ると、左手だけに手袋をはめる。しかしむき出しの右手はあっと言う間に冷たくなってしまう。

 蒼鷹はしばらく自分の両手を交互に眺めていたが、表情を堅くすると従姉の名を呼んだ。

 これは寒さをしのぐためだ。自分に言い聞かせながら、蒼鷹が素手の右手を差し出しすと。

「? やっぱりもう片方使う?」

「…………違うって」

 やや強引に彼女の白い左手を取ると、上着のポケットに突っ込んだ。

「こうした方が温かいだろ」

 慶花の冷たい手を、包み込むように、ゆっくりと握り締めた。

 驚くほど小さな手だった。いつも蒼鷹を導くように繋いでいた手は、もっと大きくて頼もしいものだった。だが今握り締めている手は、細くてこんなにも華奢で……簡単に壊れてしまいそうだ。

 怖気づいて思わず手を緩めると、今度は小さな手が蒼鷹の手をそっと握り返す。

「うん、あったかいね」

 心臓の鼓動がひどく早くなる。隣にある温かな気配は安堵すら感じるというのに、胸の奥を鷲づかみにさえたような苦しさすら覚えるのは何故だろう。

 周囲の音をすべて奪うほどの、人々の喧騒と花火の音。なのに一番やかましく感じるのは自分の心臓の音だ。

 目の前に広がる美しい花火さえどうでもいいくらいに、動揺にも似たこの気持を、彼女に悟られないようにするのが精いっぱいだった。

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