3 不安

 突然辺りが騒がしくなった。

 思わず腰を浮かすと、波間に見えたのは小さな船だった。大海原に浮かんだ木の葉のような小船は、荒れ狂う波に翻弄され、すぐにでも波に呑まれてしまいそうだ。凍えるような潮風に煽られながら、小船は少しずつ港へと近付いている。


「人が……?」


 信じられないことに、人が乗っていた。一人や二人ではない。まるで詰め込まれたかのようにたくさんの人々が乗っているようだ。それが遭難した船から避難してきた小船だと、周囲の人々の会話の中で知った。


 蒼鷹が呆然としている間に、港の男たちは小船を救い出そうと動き出していた。視界の端で光が走った。それは救助へ向かう船が灯す光だった。荒波に揉まれながら沖へと向かっていく姿を、蒼鷹はただ見守ることしかできなかった。


 何が起きているのだろう。蒼鷹にはわからなかった。説明を乞おうと周囲の大人たちを見渡すと、大柄な若い男が目に入った。厳しい視線を沖に向けたままじっと動かない。


「あの船は、なんですか?」


 恐る恐る声を掛けると、男は驚いたように目を瞬いた。大柄な体躯に似合わず穏やかな黒い瞳を向ける。


「坊主、こんなところにいたら風邪を引くぞ。待合所で待っていろ」


 子供は引っ込んでいろという意味か。苛立ちが胸の内で膨らむのを感じながら、蒼鷹は再び男に問う。


「あの船は……あの船に乗っているのは……」


 不安が胸を埋め尽くす。どう男に訊ねればいいのかわからなくて、蒼鷹は唇を咬んだ。

 今日到着する船は離島からの定期便だけのはず。いや、もしかするとこの辺りを通りかかる他の船という可能性もある。しかし一番可能性が考えられるのは、慶花が乗った定期船だ。


 あの小船が救命用のものだとすると……想像するだけでも身震いがしてくる。

 男は困ったように蒼鷹を見下ろしていたが、ややあってぼそりと呟いた。


「坊主は知り合いを迎えにきたのか?」


 いたわるような男の声に、胸が詰まりそうになる。蒼鷹は小さく頷いた。


「……従姉が」

「大丈夫だ。心配するな」


 乱暴とも言える手付きで、蒼鷹の黒髪をわしゃわしゃと掻き回す。幼い子供を相手にするような態度に抵抗しかけるが、男の手があまりにも温かくて不意に涙腺が緩みそうになる。

 根拠のない慰めの言葉などいらない。しかし今の蒼鷹には跳ねつけることなどできなかった。

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