1 従姉


「蒼鷹。誕生日の贈り物は何がいい?」


 このひとつ年上の従姉がこの質問するようになって、すでにひと月以上の時が流れていた。


「ねえ、蒼鷹」

 とうとう痺れを切らせて慶花が訊ねる。しかし。

「だからさ。欲しいものなんてないって」


 蒼鷹は筆を動かしながら、素っ気無い返事を返す。 


 息を凝らすようにして蒼鷹が描いているのは、母に頼まれた占術に使う絵札だった。

 陰鬱とした隠者や、雲に半身を隠した白竜の姿……と、古来から決まった意匠の絵柄がある。母の絵札を真似して描いているうちに、いつの間にか絵札を用意するのは蒼鷹の仕事になっていた。


 別に絵を描くことには興味がなかった。ただ母のように占術に関わる何かをしたかった。ただそれだけであったが、蒼鷹は独学で腕を磨いていった。今では他の占術師からも注文がくるようになっていた。


「相変わらず上手だね」

 机上に並べて乾かしてある絵札を、感心するように慶花が覗き込む。

「慶花……」


 目を輝かせて絵札を眺める彼女を横目に、蒼鷹は呆れたようにため息をついた。


「そんなことより母さんと一緒に王宮にあがるんじゃなかったのか?」


 蒼鷹の母、璃明楼り めいろうは、この界隈では知らぬ者は居ないと謳われる占術師である。

 蒼鷹の一族は代々王族に仕える占術師の家系であった。そして現在もこうして新年の儀のような祝い事や季節折々の行事などに駆りだされていた。


「こんなところで油売ってないでさ、お前も支度しないと不味いんじゃないのか?」

「あ、それなら大丈夫」


 慶花は無邪気に笑う。


「他のお弟子さんがご一緒することになったから。蒼鷹の相手をしてあげてって伯母さ……じゃなかった璃先生がおっしゃっていたから平気」


 母親の名前が出てきた途端、蒼鷹はたちまち渋面を作る。


「あのババア……いつまでも人を子供扱いしやがって」

「こら蒼鷹。そんな汚い言葉使っちゃ駄目でしょ!」


 うっかり口にした悪態を慶花は聞き逃さなかった。叱りつけるような口調で責めてくる。


「うるさいな」

「うるさくないです!」


 最近、慶花は何かにつけて子供扱いをする。蒼鷹はため息と共に静かに筆を置いた。


「ちょっと、どこに行くの?」

 席を立った蒼鷹を彼女は追い掛ける。

「お前がいないところ」

「うわ可愛くない。こら、待ちなさい!」


 扉に向う蒼鷹の前に、慶花が両手を広げて立ちはだかった。

 

「人の話を聞きなさい。そもそも、『お前』って……年長者に向ってその言い方はないでしょ!」


 不満そうに慶花は唇を尖らせる。子供じみた態度に、蒼鷹は小莫迦にするように唇を歪めた。


「年上って、一つ上なだけだろ」

「でも私の方がお姉さんだもん」


 あくまで年上風を吹かせたいらしい。普段は放っておくところだが、いつまでも子供扱いをされるのも面白くなかった。


「蒼鷹?」


 一歩大きく足を踏み出すと、慶花との距離が一気に縮まった。威圧するように見下ろすと、彼女を真似するように両腕を大きく広げる。


「……何よ」

「お前の腕、短くない?」

「み、短くなんかないわよ!」


 慌てて腕を下ろすと、険しい目で蒼鷹を睨みつける。怖気づいたように、じりじりと後退し始める従姉の姿を、蒼鷹は少し胸のすくような思いで見下ろしていた。


 くるりと結い上げた艶やかな黒髪。もう十六を迎えるというのに薄化粧すらほどこしていない赤子のような白い肌。唯一の装飾品は結い上げた髪に刺された紅色の珊瑚の髪飾り。丸く研磨された紅珊瑚に金細工の蝶が三羽ひらひらと舞うように連なり、揺れるとしゃらりと澄んだ音を立てた。


 見てくれだけはずいぶん女らしくなったものの、やっていることときたら幼い頃とちっとも変わらない。


「……なによ」

「別に」


 幼い頃は散々威張り散らされてきたが、ここ最近は蒼鷹の方が優位のようだ。しかし彼女には面白くないようで、薄ら笑いを浮かべる蒼鷹を、怒ったような困ったような表情で睨みつける。


「別にって、嘘ばっかり! 人のこと莫迦にしてさ……可愛くないんだから」

「馬鹿にしてるのは慶花の方だろ? いつまでも人のこと子供扱いしているけど、背だってもう俺の方が高いし……今日だけはお前と同い年だからな」


 蒼鷹の生れた日は一年が最後となる日。つまり大晦日だ。

 慶花は一年が始まる最初の日。つまりは正月である。

 だから大晦日のたった一日だけ、慶花の歳に追い付く日。幼かった蒼鷹にとっては特別な日だった


 幼い頃から何かと年上風を吹かされるのが面白くなかった。だから慶花と同い年になるこの日だけは、どれだけ彼女が年上ぶっても譲らなかった。

 我ながら子供じみた主張だと思う。どうせ鼻で笑い飛ばされるだろうと予想していたが、彼女から何の反応も返ってこない。


「慶花?」


 もしや熱でもあるのだろうかと彼女の額に手を伸ばすが。


「なによ、蒼鷹の……お子様!」

 素早く身を翻すと、きっと蒼鷹を睨みつける。

「なんだよお子様って」

「ちょっと背が高くなったからって、威張らないでよね!」


 慶花は「ベーっ」と舌を思い切り突き出すと、逃げるように部屋から出て行ってしまった。蒼鷹は呆気に取られたまま立ち尽くしていたが、やれやれと肩を落とした。


「……お子様はどっちだよ」


 邪魔者がいなくなって清々したと思おうとしたものの、どうも気分がすっきりしない。


「……続きでもするか」


 誤魔化すように黒髪を掻き毟ると、再び筆を取るべく机に戻った。

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