冬の蝶

小林左右也

序章 雪の気配

 今夜は雪になるかもしれない。


 鉛色をした空を見上げ、少年は白い息を吐き出した。

 今日に限ってこんな天気にならなくてもいいのにと、空に恨み言を呟き諦めたように瞼を伏せる。

 空と同じ色の濁った海。荒波が港湾を守る防波堤に打ち寄せるたび、泡立つ白波が砕け散る。その度に形や大きさを変える波を飽きることなく見つめて、もうどれくらいの時間が経っただろう。


 正午に到着する定期船で、少年の従姉が帰ってくるはずだった。だが昨夜から外海は荒れていた影響で、予定を過ぎてもまだ船は姿を現す気配はない。

 少年は凍えた指先を息で暖めながら、遠い水平線の彼方へ目を凝らす。いつ船が波間から姿を現すかもしれないと思うと、暖かい待合所などで待っていることなど出来なかった。


 従姉の故郷である離島と、この港を繋ぐ定期船は七日に一度しか運行しない。人の足でもあり、離島への物資を運ぶ手段でもあった。しかも今日は大晦日だ。多少の荒波でも無理を押して出港したと聞いていた。


『……ねえ蒼鷹そうよう


 彼女の言葉は、今も耳の奥にはっきりと残っている。


『帰ってきたら、また花火を見ようね』


 灰色の空と溶け合う海からの吹きつける潮風の冷たさに、少年は思わず目を細める。


慶花けいか……」


 彼女に伝えたいことがあった。今でもそれが何なのか、まだはっきりとわからない。でも、彼女と再び会えたなら……この胸の奥に燻るものの正体がわかるような気がした。

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