4. Sì

 4-1.


 五十名の部下を見上げている――皆思い思いに戦いの準備をしている。

 ミリオポリス第二十六区ラッフルズシティ地下=〈九龍会〉に準備させた拠点/最下層に設けさせた私室。

 名実ともに私たちの根城となった――いけ好かない老人共を締め出したから。

 元々は私たちを叩き出そうと乗り込んできた手下をバラバラにし、生首を〈マイスター・シャオ〉の店先に並べてやった――あのホアンも、今頃きっと円卓の下で震えている/良い気味。

「営頭、よろしいですか」

 部屋の外から蚕影の声=今やたった一人の副官。

《入れ》

 扉を開け、するすると近寄ってきた――肌にガーゼや包帯/汚れた服/長期化した戦いの影。

「直下の内、合流していない八名ですが、やはり連絡がとれません。本国の妨害にあったか、あるいは出奔した可能性も」

《同胞を疑うのはやめろ》

 手を伸ばして遮る。

《それをしたら、私たちは終わりだ》

 蚕影はいかにも失言した、という風に顔を伏せた――先達と共に私を騙した負い目を抱え続けている、実直な部下。

《これだけ集められただけでも僥倖だ。よくやってくれた》

「いえ……皆の営頭への忠誠心の現れです」

 労っても顔を上げない――一人でも多く手勢が欲しいことをよく分かっている。

 トラクルたちと共に濁流を越え、空港を脱出した私たちを出迎えたのは、一組の男女だった=旧式の義眼を額に備えた男×だらけた姿勢の金髪の女。

「うわー、ほんとに多関節型フレキシブルの手足なんだ。でもやばくない、それ?

 金髪の女はへらへらと言った――殺気立った蚕影たちを制した/その一言で技術は信用できた。

「トラクルから話は聞いた。遠隔操作を妨げるために、構造を解析させてもらう。我々の車両に乗ってくれ」

 義眼の男=サードアイ/〈光の巨人〉が指さした先には、〈九龍会〉が手配したものよりも小ぶりなトレーラーがあった――内部は複数の機材で埋め尽くされ、研究所のような様相/乗り心地も段違いに快適。

 様々な機械に通され/手足を取り外して見せる恥辱に耐え/私たちは本国の手綱から解放された。

「埋め込まれてる通信機あるじゃん。それが特定のコードを受信したらー、ってだけのしょぼすぎな仕組みだったよ」

 金髪女=シャーリーン/〈光の女王〉は小馬鹿にしたように言ったものだ。

「あんたたちの手足、擁刃肢って言ったっけ?回路を切り離して、独立制御スタンドアロンにした。らっくらく、誰でもできる」

 自分が価値を見出さないものは全て見下げる――大夫と近しいものを感じた/科学者というのは皆そうなのかもしれない。

「誰でもということは、我らでも可能なのか」

 蚕影を通じて問わせた=大夫同様、好き好んで話したい手合いではなかった。

「もちもち。メンテも自分たちでしてたんでしょ?てゆうか、それなら気付けるレベルだって。はーないわー」

 シャーリーンは逐一余計な事を言いながらも、解除手順書を作った。そのデータを同行させず任地へ残していた部下たちと、他地域の営団に向け緊急用の回線で送信した。

 件名:独立的日独立の日/本文:要集結集結せよ

 それだけで有能な同胞たちは理解してくれた=各自が遠隔操作機構を解除/任地を離脱/本国に通信を遮断されながらも、続々とミリオポリスに集まった。中には他地域から来てくれた者もいた。

 本国の連中が血相を変えて連絡してきた様子は傑作だった――最初はやはり泡泡だった。

《何をした。何のつもりだ。命を捨てたくなったか》

 泡をまくしたてられた――画面を越えて唾が飛んでくるのではないかという気分/そらっとぼけて首をかしげてみせた。

《はて。何のお話か、皆目見当がつかないのですが》

《とぼけるな。意味ありげなメッセージで反乱を促しているだろう。貴様の部下が何人も任地から失踪し、行動停止処置もできない》

 興奮した様子で言いたてる/今にも画面に掴みかかりそう。

《王司令員と私に育ててもらった恩を忘れたか。腹を殴られた時に見込みがあるなどと思ったのが間違いだった》

 負け惜しみとも愚痴ともつかないような話をし始める=会話を継続する価値無しと判断/大げさに肩をすくめた。

《申し訳ありませんが劉参謀、そのように泡を吹いてぶくぶく仰るばかりでは何も分かりません。発声練習をなさることをお勧めします。では》

 昔から言ってやりたかったことを告げ、一方的に通信カット――怒りに真っ赤になっていた皮膚から血の気が引く/逆に真っ白く見える=その顔が最後に見たものとなった。

《申し訳なかった、蛭雪》

 次に連絡してきたのは王=なんと・なぜか謝罪から口火を切られ、多少面食らった/それでも通信自体は例によって強制介入で行われていて、殊勝な態度はかりそめだと知らせていた。

《君が本国にそこまで不満を持っているとはつゆ知らなかった。自分の不明を恥じるばかりだ。ついては連れ出した部下と共に帰還してくれないかね。今なら脱走罪は不問にしよう》

《そうして私たちがいかにしてあなたの支配から逃れたかを聞き出したら、反逆罪で処刑するのではないですか?》

 見せつけるように、画面の前で腕を蠢かせてやる――王がすっと表情を無くした。

《今だって、私の手足が悠々と動いている理由が気になって仕方ないのでは?》

《そのように反抗的な君を見るのは久しぶりだな》

 肩をすくめる/鷹揚ぶった口ぶり/言外に刺々しく込められたニュアンス=図に乗るな。

《私はずっとこうですよ。あなたが勝手に、私をコントロールできている気になっていただけです》

《ずっと?あの田舎村で、すっかり世を儚んだような顔をしていた小娘が、言うようになったな。哀れんで引き上げてやったというのに、手を噛まれた気分だ》

《私を実験台にしたかっただけでしょう?私も故郷から逃げ出すのにあなたを使った。私たちは利用しあった利害共有者ステークホルダーです。一方に価値が無くなれば、終わる関係ですよ》

 私の言葉に、王は薄く口の端を吊り上げた――嘲りとも、面白がっているともつかない/いずれにせよ/虚飾のない、本当を見せるときの王の顔。

《君が私の価値を語ろうとはね》

《あなたに私たちの価値は決めさせない》

 間髪入れず言った――決別を告げるために。

《力は自ら勝ち取って、這い上がります。あなたが教えたことです》

 画面の中の王は目を閉じ、くくくと喉を鳴らした――どんな感情が去来したのか私には分からない/知る気もない。

《君たちの居所いどころなどすぐに追える。たとえ擁刃肢を自由に扱えたところで、逃れられると思うな》

《司令員どのこそ、背後にお気をつけなさると良いかと。私を筆頭に、同胞は皆、あなたを引き裂きたくて堪らないのです》

《ぬかせ》

 そう言って王は小指を立てた=いつか私がした〈無能ファック野郎・ユー〉のサイン/画面が暗転させられる/通信は途絶えた。

 それが今日までの経過=同胞たちは解放した/次は安寧の地を創る――そのために闇の商人と手を結んだ。

《攻撃の決行日は決まった。現在の人員で編成しろ》

 未来の話をする=トラクルへの協力/この街での戦い/きっとあの黒い少女が阻もうとする。もはや退路は無い――進み続けるしかない。

 「はっ」

 答えて、蚕影は引き下がった――一人になるかと思われた私を、別の人間が呼んだ。

《神仙どの、ご機嫌いかがかな?》

 神経を刺激する享楽的な声=リヒャルト・トラクル。

《その呼び名はやめろ、トラクル》

《親愛の表現さ。君もぜひ私のことをトラクルおじさんと呼んでくれたまえ》

 この会話を繰り返している=何度言っても一向に気にした様子は無い。

《それはさておき、外に出てこないかね?興味深いものを見せられる》

《断る。こちらも忙しい》

《そう言わずに。君にも薦めた脳内チップの移植が成功したのだよ》

 それは実際興味があった――過日トラクルが持ち掛けてきた話=脳内チップを移植し、私も特甲を使えるようにする。

 その時は返答を保留した/トラクルたちに頭の中身まで預ける気にはまだなれなかった。成功例が現れたというなら、見てみたいというのが正直な気持ち。

 私は重い腰を上げて私室を出た/地上へ上がる――森の外れの出入り口付近/河岸=今や見慣れたサードアイとシャーリーンのトレーラーが鎮座していた。

 タラップから乗り込む。中には、にやにや顔のトラクル/忙しく作業をするサードアイ&シャーリーン/そして中央に猿少年=陸王。トラクル以外は、空港から脱出して以来初めての遭遇。

 一目で分かった――移植手術を受けたのは陸王だった。坊主だった髪がたてがみのように伸びている。病院の患者のような白い簡素な服を着て、居眠りしているかのように俯いていた。

「彼に弟たちの特甲を使わせたいと思ってね。脳内チップの一部を移植した。君と同じ条件ではないが、参考になるだろう」

 トラクル=聞いてもいないうちに得意げに話す。

《弟?》

「彼には二人、同じく特甲児童だった弟がいたんだ。悲しきかな、既に亡くなっているがね。遺体を我々が回収した」

 知らなかった――身の上話など、部下ともほとんどしない。

「これをこーして。うし。ダーリン、多分これで人格の同期が完了したよ。あー大変だった」

 急にシャーリーンが声を上げる/甘えたようにサードアイにしなだれかかる。されるがままのサードアイ=頷き、陸王に手を伸ばした。

「おい、起きろ」

 肩を叩かれた陸王が身じろぎした――すぐに寝ぼけたような顔を見せた。

「ん……なんじゃァ、ワシ、寝とったんか~?」

「そうとも。秋水や剣も起こしてやってくれないかね?」

 トラクルが猫なで声で言った。

「もう起きとるでェ、トラクルのおっさん、

 返事をしたのは確かに陸王のはずだった――しかしまるで別人のように語った。

「兄ちゃんらうるさいわ~目ェが覚めてもーたわ」

 違う人間のように陸王は言う=他の二人よりさらに幼いような声音。

「トラクルのおっさんが起きろゆーんじゃ、ガタガタ言うなァ」

 ようやく私が知る陸王らしき口ぶりになる/まるでそこに誰かいるかのように、あらぬ方向を見ている=きっとそう認知している。

「お、蛭雪じゃないか~久々じゃのォ」

 陸王が私を見て手を挙げる。私は反応できなかった=めったにないことに、戦慄していた。トラクルが両の手のひらを打ちあわせる。

「陸王、弟たちを彼女に紹介してやってくれないかね。ぜひ自慢の特甲を見たいと仰って、来てくださったのだ」

「なんじゃ、そうだったんかァ~」

 滑らかな嘘/破顔する陸王=なぜか首だけで後ろを見る/一人でそういう芸のように声色を変えてぶつぶつ言う。

「おら、秋水、挨拶せんか」

「あいよ、兄ちゃん。転送を開封」

 エメラルドの光が陸王を包んだ――一瞬で赤銅色の特甲がその場に現れた。

 フルフェイスメット/中世の騎士の如く、全身を覆う鎧/不釣り合いに大きく空間を占有する右腕=まるで大砲のよう。

「秋水じゃァ。べっぴんのねーちゃん、よろしくのォ~」

 ひらひら左腕を振る――私は作り笑いをして頷く。

「秋水兄ちゃん、もうえェじゃろ~。転送を開封」

 かと思うと不満げなもう一つの声が流れ出す/またエメラルドの光が陸王≒秋水を包む→今度は青銅色の特甲が出現した。

 先ほどと同じくフルフェイスメット&鎧のような装甲/左腕の部分に長大なライフル/車輪付きの足。

「剣です。よろしくお願いします~」

 急な丁寧語で、ひょこっと頭を下げる/物騒な武装に似つかわしくない仕草=反応に困る。

「何をイイ子ぶっとるんじゃ、キモいんじゃ~」

 突然険のある声に変わる/腕を振り上げる――慣れてきて、多分秋水であると分かる。

「うわ、やめーや秋水兄ちゃん~」

 振り上げた腕でそのまま頭を覆う=みょうちきりんな動き。その身体をまたエメラルドの光が覆と、生身の陸王がそこに立っていた。

「こいつらァワシの弟たちじゃ。仲良くしたってくれェ」

 にかっと笑う――その時には私はもう動揺から脱していた。黙って微笑み返した。

「うまくいったな」

 サードアイが小声で呟くのが聞こえた。

「驚いたかね?」

 共にトレーラーから降りると、開口一番トラクルが言った――私はその喉元に腕を突き付けた。

《私もあんな風になれと言うのか》

「あそこまでにはならないさ」

 トラクル=動揺も見せない/しれっとのたまう。

「君にはまずは、特甲レベル2を使ってもらう予定だからね」

「レベル2?」

「おや、中国軍の資料にはそこまで書いていなかったかね。MPBの地上型がレベル1、MSSの飛行型がレベル2。レベルが上がるほど脳への負荷が増す」

 話しながらさっと私の腕からすり抜ける――蛇のような身のこなし。私も止めなかった。

「彼の場合は三人分のレベル3だ。三重人格者にでもなってもらわないと、とても精神の均衡を維持できなかった。彼も自分が殺した弟たちが生きているという夢を見れて幸せだろう」

 黙ってトラクルのご高説を聞いた――レベル3/自ら殺した。今はいない蟻骨の言葉を思い出す=格が違う。まだ見ぬ陸王本人の力――その代償=心の破綻。

 そんな力に手を伸ばすのか、と自問する/そうでもしないとあの黒い少女に勝てないと心が囁く/安寧の地など得られないと思う。

「トラクルのおっさんよォ」

 陸王が降りてきた――私たちの険悪な雰囲気は気にもしない様子/手にはどこから持ち出したのか、大きなミネラルウォーターのボトル。

「ワシら兄弟皆すっきり目覚めたことじゃけェ、ちょいと蛭雪と、出てきてもええかのォ~」

 言葉の切れ目ごとにボトルを口に運ぶ/ごくごく飲む

「ふむ。どこに行くと?」

白露シラツユミツの所じゃ。あいつらにも紹介したいけェ」

 トラクルはぱちんと指を鳴らした。

「それは良いアイデアだ。ぜひ行ってきたまえ。エスコートは丁重に頼むよ」

 勝手に決めるな――怒気を発しかけた/その時には陸王がぱっと私の腕を掴んでいた。刺々しい蛇腹の腕を。

「ほだら、行くどォ」

 陸王に引っ張られて私はトレーラーの外へ出た――ずんずん歩いて、少し後ろに停められた黒塗りの霊柩車の前へ。

「兄ちゃん、なんじゃこりゃ。気味悪いわァ」

 陸王の口から漏れだす声=多分秋水。

 「黙っとれ、理由があるんじゃ」

 そう言うと、陸王は霊柩車の荷台をばんばんぶっ叩いた/手のあとがつくのではないかという勢い――やがて音がして内側から荷台が開き、ゆらりと人が立ちあがった。中から。

「死体が生き返ったァ!」

 悲鳴のような声=多分剣。

「生きてるよ。寝ていただけさ」

 現れた少年は淡々と言った――いかにも日光不足の白人然とした色素の薄い肌とブロンドの髪/服には血痕/幽鬼じみたいでたち。

 血が乾いた時特有の鉄錆のような臭いがする――こんなものが充満した密室で寝ていた?/少年への警戒心が募る。

「陸王は知ってるでしょ?なんで今更そんなこと言うんだい」

「今喋ったんはワシじゃない、一番下の弟の剣じゃァ」

 陸王=憮然とした様子/心外だ、という感じ。

「知らんかったんじゃ、堪忍じゃ〜」

「面白い奴やのォ。ワシゃ二番目の秋水ゆーで。死人のあんちゃん、よろしゅう」

 眉を下げる/にかっと笑う/また憮然とした顔に戻る。

「白露。君たちと同じ、元特甲猟兵。よろしくね、秋水、剣」

 白露と名乗った少年=故人に死人扱いされる/小首をかしげるも、ごく自然に挨拶/訝しむような気配はなし。それで済ませてしまう/同じ/断定=こいつも力と心を引換にした、壊れものだ。

「あなたは……リヒャルトさんが言っていた、中国の秘密部隊の人かな?」

 白露が私を見る。何を言うか考えながら、操作できる音声機器を探そうとした。

《回線を設定してあげる。普段みたいに通信で話していいよ》

 知らない無線通信が届いた――同時に少年がもう一人、背後から姿を表した。

 腰まではある長い黒髪/口が半開きで涎がシャツにこぼれている/気にもしない様子でカカシのように棒立ち=多分先程の通信の主。

《驚かせたかな。僕は光葉。君が仲間と話しているのはいつもいたから》

 虚ろな目であらぬ方向を見ながら言う――私は無言/警戒心でいっぱい。カカシ少年=光葉が近づくのに、まるで気づいていなかった。

《彼は声を失ったから、通信で話すんだ。君もそうなんだね》

 通信=白露/目を細めている。

《おゥ、光葉、弟の秋水と剣じゃ》

 通信=陸王/よろしく×3と続く/顔が見えないと余計分かりにくい。光葉は状況を分かっているのかいないのか、茫洋と頷いた。生気のない動きだった。

《親睦のしるしに、聴いていかない?》

 そう言った白露の手には、いつの間にかバイオリンが握られていた/返事もしないうちに構える/虚ろな音色が流れ出す=素人でも分かる、軋んだ音。陸王/光葉=慣れているのか何も言わない。

 光葉は相変わらずぼうっとしている/陸王は目を閉じている。時々苦虫を噛んだような顔/あくび/脈絡無く混ざる――多分弟たち。私はひどく寒々しい気分になった。

「ちょっと変わった奴らじゃが、腕は確かじゃァ〜」

 白露&光葉と別れて背を向けると、陸王が言った――ちょっと、で済むとは思えない/伝えない。

「本当か〜?バイオリンの腕は駄目じゃ」

「ほーじゃ、ひどい音じゃった。あれは楽器もあかんのと違うかァ?」

 流れ出す声=茶々/弟たち。その全てを自分で行っている陸王=最後には気分を害したような顔でおさまる。

「あほんだら〜。お前らには高尚すぎて理解できんだけじゃ。一緒に国を創る仲間を悪く言うなや」

 そう言うと、私の方を向く――破顔する。

「もちろん蛭雪もそのうちの一人じゃでの~」

《……国を創る?》

 突拍子もない発言/理解が追いつかないまま相槌を打った――陸王は大きく頷いた。

《ワシら兄弟、たまたま生まれただけの国に支配されて、行きたくもなかった所に閉じ込められた。白露も、光葉も同じじゃ》

 私にあわせて通信で話してくれる。その顔から笑みが消える/瞳に光が無くなる=眼前にはない何かを見ているようになる。

 行きたくもなかった所――きっとそこで見たもの。

《だから自分たちの国を創るんじゃァ。もう誰もワシらを支配できんように。行きたい場所に行けるように》

 なんだそれは/短絡的に過ぎる=話を理解して、頭では考えた。

 けれどそれよりずっと強く、理屈を超えて、まったくその通りだと感じた。

 行きたい場所に行く/生きたい場所で生きる。

 私もそうしたい、と。

《そのためにまず腐れミリオポリスをぶっ壊す。邪魔ァするモンも全部ぶっ壊す。トラクルのおっさんやサードアイかて今は協力しとるけども、何かァあったら容赦せん》

 拳に力がこもる/額に血管が浮く/それがすぐにおどけるような顔に変わる。

《陸王兄ちゃん、格好いいでェ~》

《ほーやほーや、さすがじゃ》

 秋水&剣に入れ替わる/本人はまた得意げな顔になり、喋ったら喉が渇いたなどと呟いて水を飲む=如何ともしがたい滑稽さ/哀れさ。

《そういうこと、か。そうだな》

 身を近づける――私より大きな身体に寄り添う。

 この壊れものの男と同じ道を、歩いてみようかと思った。

《それなら、私たちも……私も、仲間だ》

 秋水と剣からプリンチップ社が回収した脳内チップ――私がその移植手術を受けたのはそれからすぐだった。


 4-2.


 ミリオポリス各地区の電線を爆破/電子的防御を消失させ、人間の脳を利用したユニット×9による同時攻撃で都市管理の要であるマスターサーバーを乗っ取る。

〈九天使〉作戦の趣旨/トラクルとサードアイ&シャーリーン=プリンチップの一味の目標。報酬=アフリカからの密輸ダイヤ×ありあまるほど大量に。

「この街に君臨してやりたまえ。それに飽いたら、報酬を元手に世界に羽ばたけば良い」

 トラクルはそう言って口の端を吊り上げた。

 都市を支配することにはそれほど興味が無かった――金さえあればどこの国でも足場は確保できると思った。ただ、陸王にとっては、自分を虐げた街を破壊し支配するということはなかなか魅力的な行いであるようだった。

「ぶっ壊して更地にしたる。恨みのある奴らァ血祭りじゃ~」

 好戦的に意気込む陸王の顔を見ていると、付き合ってやっても良いなどと思ったものだ。私たちを嘲った〈九龍会〉を破滅させてやるのも悪くない。

 電線の破壊にはAP燃料で作った爆弾が用いられることになった/トラクルが手配し、どこかの紛争地帯から密輸されたもの。

 破壊すべき地点をサードアイたちが解析/指定された場所に設置する。設置は様々な組織が都度行うことになった――〈九天使〉作戦には異国、異民族、時には対立しあう組織さえ参加していた。

 カルト教団〈インフィニティ〉/白人至上主義団体〈ローデシア〉/それらを指揮するプリンチップ社直下の傭兵集団〈キャラバン〉――当初分かっていたのはそれくらいで、他の組織の詳細は私たちには作戦開始日となっても告げられなかった。

 それでも作戦自体は概ね粛々と進められた/首尾よく行けばすぐに都市は私たちのものとなるはずだった――邪魔が入らなければ。

 この国の治安組織/特甲児童=今や倒すべき筆頭となった敵を軽視していたわけではない/むしろ十分警戒していたつもり。

 しかし諸外国の諜報員×複数までもが介入してくるとは想定していなかった。

 一発目のAP爆弾を配置した時からそのほころびは現れていた――決行の直前になって、イギリスの尖兵にユニットの材料である子供たちを奪取された。犯人には致命傷を与えてやったが、治安組織=MSSにユニットの存在を示唆することになってしまった。

 邪魔はそれだけでは留まらなかった――二発目のAP爆弾が何者かに盗まれた。そのせいで/結果として私と蚕影は、作戦に参加する他の組織の首領たちと実際に邂逅することになった。

 第十一区ジンメリングに集まった――トラクル同様指導的な立場を担うオーストリア人/ふざけた格好をした殺し屋のイタリア人/キプロスとクルドの民族過激派/なぜか黒人の神父。

 利益でつながった関係/互いに信頼は無し=一触即発の空気が流れた。あまつさえまさにその会談の最中、当の盗まれた爆弾がトラクルを殺すために使われた。疑心暗鬼が起こり、連絡と意思決定に余分な時間を要するようになって、作戦の遂行が滞った。

 その間は特甲児童たちと無為な時間を過ごした――陸王が第二十六区ラッフルズシティの川岸に停留したタグボートに寝泊まりしていて、私はよくそこに出入りした。何をするでもないだらだらした日々――私には生まれて初めての怠惰な時間。

 長く接してみれば、陸王≒秋水/剣や、白露、光葉とも打ち解けて接することができるようになった――皆ある部分が徹底的に壊れてしまっただけで、その他の部分に関しては純粋であるとさえ感じられた。

 陸王はひっきりなしに水を飲んだが、面倒見が良かった。秋水と剣はが出ると言ってよく騒いだが、そうでない時は人懐っこく、可愛げがあった。白露はを食べたがったし、光葉は涎を垂らし虚空を見つめながらするのが常だったが、作戦には協力的で、理性的であるとすら思えた。

 幻のような日々はすぐに過ぎ、かき消える――対立や不和は、利益の前に飲み込まれて。

 第三のAP爆弾は首尾よく予定地点に設置/炸裂した。そして第四の爆弾を設置せんとした時――トラクルから声がかかった。

 「困ったことになった、いや、これから困る」

 落ち合ったトラクルは開口一番そんなことを言った――とても本気だとは感じられない顔だった。

 指定の時間、犠脳体や脳内チップの処置をするためのトレーラー内/以前私が訪れた時は機材でいっぱい/なぜか今は、すべて片付けられてしまったかのようにがらんどう。

 こちらからは私+玉座を成す直属の部下+蚕影/珍しいことにトラクルにも同行者がいた=高級そうなスーツを着た中年の男/首元には政治家のしるしであるバッジ。

 デザインを思い出す――確か協力者である、未来党のもの。

 暑いとも思えないのに、男はひっきりなしに汗を拭いていた。緊張/あるいは何かに焦っている。

 「どういうことだ」

 蚕影が続きを促す――険のあるまなざし=誰とも知れない訪問者を警戒している。

 「こちらのエーリヒ・ユングハルト議員が情報をもたらしてくださった。君らのかつての協力者である〈九龍会〉が、我々の情報を英国に漏らしたらしい」

 蚕影の目つきがより厳しくなる/刺すように未来党議員を睨む=嘘であればすぐにでも殺すという意志を伝える。おかげで私はゆったりと議員の様子を眺められた。

 私たちと目を合わせようとしない――ただだらだら水分を流しながら、宙の一点を眺めている。協力的でもないが、騙したりすれば命は無いとよく分かっている気配。

 「ユングハルト議員は長年、未来党と〈九龍会〉の商談担当でね。加担しないかと誘われたそうだ」

 トラクルは気にした様子もなく解説する。

 「このトレーラーと君たちの拠点を破壊することを目指して、英国の秘密部隊とMSSの特甲児童が明日にでも襲ってくるとのことだ。対処をお願いできるかな」

 《ふん……良かろう》

 蚕影が口を開く前に、通信で了解を伝えた/玉座から降り、議員に背を向けて命じた。

《蚕影、このしておけ》

 蚕影は迅速に動いた――手刀が伸び、緊張した顔のまま議員の首が飛んだ。事態はまるで理解できなかったはず。

「おやおや、なぜ殺したのかな」

 トラクルは驚いたふりをしている=、残った体から噴き出た血がかからないように、そつなく一歩下がっている。

《こういう真似をする奴は信用できない。どうせ後で同じことを繰り返す》

「ははあ、さすが暗殺部隊の頭目。手厳しいことだ」

 追従は無視/話を進める――まだ戦ったことのないMSSの特甲児童=予想される脅威。

《あわよくば殺す。情報汚染の準備をしておけ》

「承ったとも。このトレーラーに設置してあった機材は既に退避させた。囮に使ってくれて構わない」

 鷹揚に答えるトラクル=人差し指を立てる。

「ただ、こちらも希望があってね。特甲児童は生かして捕らえてほしい」

 眉をひそめた――陸王や白露のようにこちらの軍門に下るとはとても思えない。

《なぜだ》

「彼女こそが、となる予定だからさ」

 長らくの疑問が解消した――逃亡したユニットの材料である少女たちは八名だった=〈九姉妹〉には一人足らない。

 新しい楽しみを見つけたと思った――脳を取り出したら訊いてやろうと思った。これまでどんな気分で戦ってきたのか/ユニットとなった気分はどんなものか。

 翌日早く――イギリスの兵が侵入してきたという報告がなされた/すぐに蚕影を呼んだ。

《お前が移動の指揮をしろ。私がしんがりで迎え撃つ》

 半分を先行して撤退させる/半分を待ち伏せに配置する/私自身は一人でトレーラーのそばに座り込んで待機する=ほとんど初めてと言っていいほどの単独任務。

 しかし不思議と孤独感や不安は無かった――陸王や白露、光葉とのを感じた/明確な何かがあるわけではないが、彼らが確かにそこにいるという安心感/脳内チップの影響=悪くない気分。

 部下たちから逐次報告を受け、状況を把握した――やがてMSSの特甲児童が、彼らの待ち受ける整備スペースに入り込み。

《アアアアアイイイイイイイイイイイイイイ――――!》

 耳障りな電子の雑音が響き渡った=サードアイが用意した情報汚染が発動した。それを合図に部下たちが特甲児童に襲い掛かった。

 ほとんど同じタイミングで、自分の近くにも気配を察知する/通路の陰から白いアームスーツが姿を現す。ぎこちない動き=情報汚染を防ぐため、自閉モードで再起動中/格好の的。

 じっくりと切り刻むべく、悠々と立ち上がろうとした。

《ふんふんふふーん♪》

 足が止まった――私たちの音をかき消す電子の声/場違いな歌のようなイメージ。

《蛭雪、敵に情報汚染を阻まれている》

 通信=サードアイ/珍しい、切羽詰まったような声音。

《馬鹿げた戦術だ……援護しきれない。悪いが自力で何とかしてくれ》

《何だと?》

 丸投げ――思わず強い口調で通信を返した/その時には通常の動きに戻ったアームスーツが私へ接近していた。

 舌打ち――苛立ち任せに擁刃肢を振るう/構えられた銃器を弾く/手刀を突き込む。

 バランスを崩す機械の鎧=倒れこむ勢いで重心をずらす/手刀をかわされる――手練れと認識/怒りが戦意へ変換される。

 矢継ぎ早に肢を振るう/装甲をそこら中切り刻み、防御に用いられた銃器を叩き折る/かかげた左腕を両断する/決定的ではなくとも少しずつ追い詰める。

 何度目かの手刀でアームスーツが片膝をついた/とどめを刺すべく飛びかかった。しかし敵も諦めない=腕から近接戦闘用の刃物を出現させる/弾かれたように立ち上がり刃を振るう。

 同時に、離れた暗がりから銃弾が掃射され私へ迫った。

 一瞬前に気づいていた――跳躍して回避/弾を撃ち放った人間の背後へ降り立つ。驚いた様子で振り返り、私を見ている。

 紫色の特甲少女=九人目のユニットとなる存在/顔に大きな古傷/背に蝶の羽/腕に不釣り合いな大きさの重機関銃。

 無骨な優雅さというおかしな形容を思い浮かべる――二十名あまりの部下が襲ったにもかかわらずほとんど負傷無し。

 怒りが楽しさと昂揚に塗りつぶされる――自分の新たな力を試す敵に相応しいという思いが湧く。

 右手を掲げた――電子の声/私の言葉で高らかに唱えた。

《転送を開封》

 エメラルドの光に包まれる――背に四枚の羽根が現れる/六肢が置換されていく/擁刃肢が延長される。

 双腕=雷撃器/火炎放射器ファイア・ブラスター/ワイヤー射出機/灼刃機能ヒートブレイド

 両脚=連結式爆雷チェーン・マイン超伝導レール式軽機関銃。

 脳内チップの移植をして初めて分かった私の接続脳力の高さ――トラクルたちが調子に乗って多様な兵器を詰め込んだ。シンプルな力強さを感じる=紫の少女&アームスーツにとっても脅威のはず。

 ひるまない――アームスーツ=片腕になりながらも羽目がけて跳びかかってくる/紫の少女=機関銃を掃射ダダダダダダダダダ!

 当たらない/身体が軽い――上下左右、意のままに泳ぐように宙を舞う。

 ステップを踏み出す心地で前傾する/想像以上の速度が出る/勢いに任せてアームスーツを殴りつけた。右腕の雷撃器が作動/爆音と共に吹っ飛ばす。

 少女が連続攻撃を阻もうと機銃を撃ちかけてくる――難なくかわす/逆に火炎放射を浴びせる/炎のカーテン越しにワイヤーで羽を狙う=かする。

 逃げる猶予を与えない/首を狙って左下腕の刃を振るう――すんでのところで機銃を盾にされる/竹を割るような音をたてて両断する。

 少女=飛翔/距離が開く――緊迫し必死の形相を悠々と眺めてやる。

 捕まえた蝶を手のひらから逃さず磔にしてやるようなイメージが湧く――しかしなんだか/自分の身体から少女に迫っているような気がする/になっていく。

 多分特甲の悪影響=不調を上回って心が楽しさで満たされる。音がする/自分の喉から=意図せず笑っていた。

《イギリスめ、九人目を盾にしたな》

 接近/珍しく独白。

《そうだろう。〈九龍会〉の老人たちは幼少の頃彼女とつながりがあったらしい。それで情報を仕入れたのではないかな》

 トラクルの合いの手――片耳で聞き流しながら答える。

《殺せないものな。まあ、脳さえ生きていればいいだろう》

 また炎を浴びせる/ワイヤーを潜ませる。

 至近距離で回避される/なんと一歩も退かない――逆に眼光鋭く火線を放たれる。

 張り合って回避/瞬時に検討=正攻法では長引くばかり/ブラフを仕掛ける/わざと軌道を読ませてやる。案の定、こちらの期待通りの位置に銃撃を放った少女の上方から爆雷と軽機関銃を降らせた。

 防ぎきれるわけがない=少女の機銃が爆発/壁に叩きつける/羽を穴だらけにし腕をもいでやった。とどめ――

 矢先、眼前に先ほど吹っ飛ばしたアームスーツが割り込んだ/振り上げた刃を刃で防がれる。耳障りな音と共に双方弾け飛ぶ。

 邪魔――力任せに雷撃器で横殴りにしてやる。

《現状では転送はあと一度きりだ、気を付けてくれ》

 灼刃を再転送しようとした時、絶妙に盛り下げる通信=サードアイ/無意識に要請が発信されていたのかもしれない。

 仕方なく無事なワイヤーを振り回して頭を狙う/冷静に回避される。なぜか情報汚染を防いでいる少女=難なく機銃を転送/見せつけられている気分になる。

 その時探査から警告=別方向から新たなアームスーツ/銃を構える/少女と共に二方向から撃ちかける。

 逃げ場なし=一度きりの再転送を使うべきと判断/エメラルドの輝きを呼んだ。

 六肢全てが連結式爆雷チェーン・マインに入れ替わる/火薬だけでなく一部に電波妨害素材を封入。

 少女とアームスーツ二機に向け一挙に投げる=黙示録の硫黄と火のように降り注ぐ/もはや用は無く、灼熱の上を飛び去った。

 視界の隅、羽を硬化させて自らと傷ついたアームスーツを守る少女の姿が見えた=的確な判断。

 あの首を身体から切り離してやれたら、かなりの達成感に満たされるだろう――夢想した。

 紫の少女との初戦はそのようにして終わった。決着はつかなかったことになる。

〈九龍会〉を黙らせることはできた――トレーラーに残してきた未来党議員の死体が中々効いたようだった。トラクルからの情報によるとイギリスに亡命したらしい大老たち=いつか殺しに行くと決める。

 拠点に戻り陸王たちにその話をすると、励ましてくれた。

「多分あのでっかい巣~を付けとった女やどォ、兄ちゃん」

「ほーじゃほーじゃ、あいつはァなーんか危ないでェ」

 秋水&剣がいかにも気持ち悪そうに言った――手の消臭剤を神経質そうに弄ぶ/一つ目の爆弾を仕掛けた際に接触していたらしい。

「あいつかァ~。よーし蛭雪、次はワシと一緒にやるど~」

 陸王=肩をいからせて私の背中を叩いた。その言葉通り、次に戦ったのは陸王と同行していた時、五発目のAP爆弾の作戦中だった。イギリスの兵士どもが爆弾を解体してしまったため、駆り出されたのだ。

 もちろん命を狙った――しかしこしゃくにも私と陸王を引き離し、そのまま追い返してしまった。弟たちの力もフルに使ったにも関わらず撤退を余儀なくされた陸王は怒り心頭だった。紫の少女は、空港での黒い少女に加え、私たちの共通の敵として認定された。

 報いの時はそれほど遠からず訪れた――六発目/七発目のAP爆弾炸裂の時=電線ごと裏切り者だった黒人の神父を焼き払ってやることになり、二段構えで攻撃を仕掛けた時

 私はまた新たな特甲児童と戦った=灼刃使いの青い子供/部下たちが束になってかかっても手足を切り飛ばされた。私ですら全ての腕を切断された――六肢全てに刃を備え戦ったにもかかわらず。

《必ず殺す》

 歯ぎしりしながら呟いた――紫の少女との初戦のように、爆雷を放って逃走した。

 しかしそれも作戦の第三の目的のためだった/そのためになら耐えられる恥辱だった――それまでの情報戦で少しずつ準備を進めていたサードアイ&シャーリーン=この時ついに紫の少女の脳内チップに侵入し、支配することに成功した/同時に治安組織側の特甲児童同士を戦わせ、全滅させてしまう手はずだった。

 その場にはあの黒い少女もいた。青が黒に灼熱を放ち、他の特甲児童も傷つけあい始めた時の小気味良さといったら!どういう理屈か全滅の前に途中で防がれてしまったが、それまでの鬱屈が吹き飛ぶ爽快な気分だった。

 そして今、サードアイのもとに帰還した私と陸王は、紫の輝きが飛び去って行くのを眺めている――もう一つのユニットがある〈インフィニティ〉施設の方角。

《あいつを支配したからには、あとはMPBとMSSをぶっ潰すだけじゃとシャーリーンもゆーとった》

 陸王=ぎらぎらした笑みを浮かべる。

《ワシらの国を創れるのも、もうすぐじゃど~。のォ、蛭雪ェ、秋水、剣》

《ほーじゃほーじゃ》《楽しみじゃァ》

 一人三役/共通して、嬉しそうに喋る――私も頷いた。

 充実した人生/明るい未来――ついぞ想像したこともなかったそういうものをが、目の前に見えていた。


 4-3.


 命乞いする似非えせ宗教家たちが切り刻まれている――醮にも通ずる小気味良さを感じた。

 第二十九区グリンツィングの〈インフィニティ〉施設=私たちを裏切り保身に走った教団代表の隠れ家/治安組織の捜査も間近/痕跡を消すようシャーリーンから依頼。

 完全に戯れとして殺せる存在――陸王&白露&光葉=危機として嬲った。私は同席してそれを眺めた。

 そこら中血まみれ/鉄臭さに満ちている。生きて悲鳴を上げていたものがどんどん静かになっていく。

 やがて足音/気配/皆が振り向く――紫の少女が訪れていた。私たちの=ユニットとしてつながった陸王たちの行動を察知したらしい。人形のように虚ろな表情を見て力を抜く――警戒に値しない。

「ほんまべっぴんじゃ~この子~」

 にやにや笑い/感嘆の声=多分剣。念の為近づく/釘を刺す。

「お前の方がずっとべっぴんじゃァ~」

 陸王に戻って、当然だろうという風に言う。

 白露&光葉=殺した男の死体を天井に吊るしている/血を浴びようと誘ってくる――紫の少女がゆっくりと近づいた。

 私は断ってその場を離れた――惹かれている自分を感じながら。視界の隅で黒い虫が蠢く様に見えたが、首を振って強いて気にしないようにした。

 身体が錆びる/喉が渇く/虫が見える=陸王たちが訴える異様な幻覚は私をも襲うようになっていた。きっと特甲の代償。

「大丈夫ですか、営頭」

 声をかけてきたのは蚕影だ=踏みとどまっていられるのは彼を筆頭とした同胞への執着のおかげだと思っていた。

「お召し物も、汚れています」

 遠慮がちに言う=見れば、服のあちこちに返り血がついていた。

《気づかなかったな、謝謝ありがとう

「は……」

 答えてからも引き下がらない――何か逡巡しているように見えた。

「同胞も、ずいぶん戦死しました」

 ようやく口を開いて言ったのがその言葉だった――それは事実だった。何度も行った戦闘のたびに少しずつ死んでいき、三割ほどがいなくなった。

「私たちの安寧の地には、いつ辿りつけるのでしょうか」

「もうすぐさ」

 よどみなく答えた――私はそう信じていたし、それは事実だと考えていた。八つ目のAP爆弾も無事炸裂した/先日からは都市への情報汚染も実行中/紫の少女を軸にして特甲児童を支配する日も近い=戦況は私たちの優位のはず。

「私を信じろ。私もお前たちを信じる」

「……はっ」

 蚕影はそれ以上何も言わなかった。

 しかしその後、状況が急激に悪化した――報酬である密輸ダイヤを載せた汽車が、治安組織に奪われたのだ。あまつさえ、ダイヤを燃料として移動させられて。

 何日ぶりかに共闘する団体の代表者が集まった=皆苛々して一触即発の雰囲気/なんとかして可及的速やかに汽車を止めるということだけで一致。

 私は〈キャラバン〉のロートヴィルトと共に、部下を率いてハンデルスカイ駅を襲うことになった。

 敵=四人目の特甲児童/ライフル使いの赤い少女。駅手前のミレニアムタワーで防衛=私たちを入れさせない。

《アアアアアイイイイイイイイイイイイイイ――――!》

 ロートヴィルトが囮を使った/剣に狙撃させた/情報汚染を仕掛けた/そして私が直接ビルに乗り込んで襲った=四段構えの執拗なまでの攻撃。

 ロートヴィルトは特甲児童を当初よりも重大な脅威をみなしているようだった――それには私も同意だった。三人と戦い、全てに一度は撃退された=たとえいつかは必ず殺すとしても、警戒してしかるべき。

 そこまでした/赤い少女の命に届かない。

 雷撃器/火炎放射器/ワイヤー/灼刃=全ての攻撃を少女は紙一重で交わした――抑えきれない驚き=情報汚染が効いていない。

 止まらず擁刃肢を振るった――攻めの手を緩めれば相手を勢いづかせるばかりだと分かっていた/床を蹴って迫ろうとした/それを阻む悪運=別の狙撃。

 ありえないことではなかった。何度も二人がかりの狙撃を行っていたこちらの軍勢/敵が同じことをしないわけがない――だから特甲からのアラートにとっさなりとも反応できたのは上出来だったけれども。

 二点速射=羽と右腕に衝撃/粉々に砕け散る/釘で打ちつけられたかのように壁に叩きつけられる。衝撃で一瞬息ができなくなる。

 追い打ちをかけるように赤い少女の至近距離からの銃撃――身体のそこかしこに穴を空けられて転がった/自分が破った窓から再転送もし終わらないうちに飛び出した。

 そして空中でだめ押しのような一撃に見舞われる=治安組織の軍用機体の砲撃。無茶苦茶に嬲られる/宙で落下しながら自分の身体が跳ねる。

 まるで命からがら逃げだす敗残兵のよう=この戦いで最大と言っていいほどの屈辱/抑えきれない呪詛の念。

《皆殺しにしてやる!》

 体勢を立て直し下の階に転がり込む/そこにロートヴィルトの通信=事前に取り決めてあった最終手段/ビルを焼く。

 猟奇的な笑みが自分の顔に浮かんでいるのを感じた――すぐに外に舞い戻った。その時には既に操作された車両の群れがビルに突っ込んでいる/衝撃と共に爆発炎上する。

 火炎放射器をまき散らして支援――赤い少女や敵の狙撃手からの撃たれないよう建物の陰から巧妙に出ない。

 燃える・燃える・燃える=建物の無機的な白も/黒く濁った死体も/炎の朱に染まっていく。

《ワシもそっち行くどォ、蛭雪ェ!》

 さらに頼もしい通信=陸王/秋水として特甲を転送――浮動型ホバーデコンブガンバイク/空飛ぶ砲弾と化して赤い少女がいるフロアに迫る。

 支援に向かう=十階のフロア/陸王が自分の姿となって、赤い少女と対峙している。

「な~んか気になんじゃァ、そのあまっこォ~。どこぞで会うたことあるじゃろォーやっぱァ」

「わしが誘い出したんじゃぞォ~」

 秋水+剣=口々に喋る――背後に滞空し呼びかける。

《早く殺そう、陸王》

 陸王が頷く。

「さっさと始末つけたらァ~」

 少女=峻烈な面持ちで私たちを見る/一歩も引く気配は無し。

 その足元にたくさんの黒い虫が這いまわっているのが見える/喉が渇いて苛々する――早くこの少女を切り刻み蟲の巣に放り込んでしまいたいという気持ちでいっぱいになる。きっと陸王も同じ気持ち。

 同時に動いた――陸王が機銃を掃射した/少女が横っ飛びに逃げた。その行く手を遮るように私は連結式爆雷チェーン・マインを投げる/衝撃波と炎で少女を覆わんとする――すんでのところで床を蹴り方向転換され、避けられる。

 逃げ続けると思った矢先に銃弾=一瞬の隙をついたライフルの反撃/陸王のメットにひびが入る。私たちの怒りの声=一挙に肉薄する/よってたかって切り刻む/砕く。

 それすら這い逃れようとする少女――機械仕掛けの耐久力/追い掴もうとした時にガラスの破れる耳障りな音/フロアから風が強く流れ出した。

 その方向に顔を向けた/まさに眼前――窓を破って砲弾のように飛び込んできた者=黒の特甲少女。

 宙にいながら目で追いきれないほどの速度で拳を振るわれた/次の瞬間には私の腕の雷撃器と灼刃が壊されていた。だめ押しのようにストレート/四肢を畳んで防がざるを得ない――衝撃。

 たまらずフロアを舞った/かなり距離をとられるほどに吹き飛ばされた――武器を再転送しながら憎悪があとからあとから湧き上がってくるのを感じた。

 擦過音=陸王も転倒している。いつの間にか一人増えている敵方の特甲児童=白の少女/指先からワイヤー。

(白い奴)(糸使いです)

 今はいない蟻骨の言葉を思い出す――きっとこいつのこと。冥府に送ってやれば蟻骨の手向けになるかも、などと考える/殺さなくてはならない人間がまた増えた。

 白・黒・赤=連携の構えを見せて集まる/私も陸王に近づいた。向かい合い対峙する。

 目障りなほどにつながりが輝いているというイメージ――こちらの暗闇でのつながりを寄せ付けないと感じる。

《蚕影、先に撤退しろ。こいつらは私と彼でやる》

 無線を送る――躊躇するような気配。

《援護は要りませんか》

《要らん。私たちでやらねば、こちらの特甲のつながりに取り込めない。真の意味で倒せない》

《……了解しました。ご武運を》

 それ以上の通信は無かった――その時には陸王が腕のノコギリ型重機関銃をかざしていた。

 黒い少女が突っ込んでくる=拳と回転刃が同時にはじけ飛ぶ/すぐさま転送の輝きが生じる/絶え間なく続く。

 支援すべく、飛翔し背後に回ろうとしかける――それを阻む銃撃&ワイヤー=行動を阻む/足止めされ思うように動けない。

「こんッの、あまッこどもがァ~!」

 怒りに任せて陸王が叫ぶ=手持ちの全ての武器を無茶苦茶に振り回す/それらを踏破して迫る三人。

 火炎を浴びせる=ひるまない/ワイヤーを放つ=からめとられる。阻めない――内心に焦りが生じる/どんどん大きくなる。

 陸王が孤立させられる――黒い少女が間合いを詰める/防御を赤い少女が狙撃で阻む/そして不可避的に黒い拳が陸王にクリーンヒットした。

 陸王が息を詰まらせるのを多分私だけが聞いた――耐え切れず吹っ飛ぶ/転がりながら再転送=秋水の特甲で距離をとろうとする。だが――半ばで転送が中断する。ぼろぼろの姿のまま、滞空できず倒れこむ。

 瞠目――とっさに転進/炎をばらまく/少女たちを近づけさせない。

「どォしたァ~⁉秋水ィ~、剣ィ~!」

 陸王=メットを開く/咳き込みながら宙に向け弟たちを呼ぶ/その目がはっと黒い少女を見る。

「おどれかァ~⁉おどれが秋水と剣をこっちに来れんよ~にしたんかァ⁉」

 私にも何となく伝わってくるもの=拮抗していた力が押されている/相手のつながりがこちらのつながりを妨げている。その中心に、あの黒い少女がいるのだ。

 本当に忌々しい――この女はいつもこうなのだと思う/初めて戦った時もそうだった――突然現れて、後先考える様子もなく突撃し、私の周りをどうしようもなく壊そうとする。

 その時、ロートヴィルトからの通信が入った。事前に決めたコード=撤退せよ。

《いったん退こう》

 陸王に話しかけた/返事を待たずに陸王を掴み、同時に弾幕を張った=銃弾/炎/牽制。

 少女×三=無理をせずさっとかわす。余裕を見せつけられているような気分=たまらなく苛つく。

「ぼけがァ~!」

 罵声を発して機銃を乱射/弾幕に寄与=一緒にビルの外へ。

 敵は追ってこない――ロートヴィルトたちの方へ向かって無言×高速で飛ぶ。

 晴れた広い空――そんなはずはないのに、重しのようにどこまでも閉じ込められているような気がした。

 悪い予感の通り、事態はどんどん悪化した――盗まれた〈太公望〉を取り返したサードアイとシャーリーンが、致死性ウイルス4JOフィアー・ヨット・オーに感染させられた/来ると予期され集められた駅に汽車は来なかった。

 ロートヴィルト=珍しく焦った調子/こちら側のユニットたる紫の少女と共に、最終破壊目標である中央墓地へ向かうよう命じる。

 秋水を呼べた陸王と共に移動――市街地の空中で、飛来してきた紫の少女/白露と合流。

 特甲レベル3を転送済みの少女/どこぞの施設を破壊した後、という情報が自然と伝わってくる――フロー状態が軽減されものをクリアに考えられるようになる。

《蚕影、あと何人残っている?》

 地上を同行している副官に呼びかける。

《……え?》

 不自然な間/多分聞き逃した――仕方なくもう一度問う。

《同胞は、あと何人残っているかと聞いたんだ》

《し、失礼しました。私を含め、残り十九名です》

 時間をかけて当初の人数を思い出す=四十八名/既に半分以下。

《そんなに減ったか》

 独白のように呟く――蚕影は何も言わなかった/共感しているのだと思った。

 やがて中央墓地にたどり着く――一人でその地を守っていた青い特甲児童/六肢を両断された記憶がよぎる/思考が憎しみに塗りつぶされる=包囲してなぶり殺しにしてやると思う。

「あ―――ッ!」

 突撃/集中砲火で迎えた――いなされた。

 深追いしない――上位存在たるユニット/現時点では最強の戦力=紫の少女のレベル3に任せようとした。

 それすら防がれた――そうこうしているうちに汽車が到来/敵の陣営も集結/あまつさえ黒の少女に紫の少女がぶん殴られるという事態が発生。

 紫の少女の導きのもと、地下へ潜った――先に電線を焼き、マスターサーバーを早く乗っ取ってしまおうという判断。

 黒の少女たちを待ち受けた――飲まされ続けた煮え湯/何としても事態をひっくり返すと思いながら。

 真っ先に飛び込んできたのは案の上黒い少女だった――秋水が最初に砲撃を浴びせかけた。

 鈍い音=特大の砲弾があらぬ方向へ飛んでいく/次弾=今度は砲身ごと殴り飛ばされる/秋水自身があらぬ方向へ。

 しかしそのおかげで私たちの中心へ飛び込んできた黒い少女=全員で八つ裂きにしようと飛び出した。

 しかし防がれる――私の六肢を白の少女が縛る/秋水から入れ替わった剣に青い少女が切りつける。

 そのままそれぞれが対決=私は白の少女に再戦を挑む/六肢の武器を全て致命傷とせしめる勢いで突き込む。

 しかし歌いながら戦ってみせるふざけた敵=わずかな隙を突いてくる/あっという間に手足を縛られる。笑顔を作る額に青筋が浮く=武器を全て灼刃に変えてワイヤーを切り裂く。

 こりもせず動きを拘束しようとする少女――ワイヤーと杭をそこかしこの柱に打ち込んで網を作ろうとする。爆雷でそれを焼き切った。

 少しずつ少女を追い詰め/その両足を切り飛ばし/必殺の一撃へとつなげようとした際=羽へ衝撃。

 移動用とばかり思っていたパイルバンカーが飛来し、羽を太い柱にいた。標本のような姿にされていた

 動きを読まれた――羽を直接再転送することもできない/一度切り離さなくてはならない=頭が真っ白になりそうな怒り。

 そうこうしている間に自分は足の再転送を済ませた白の少女が降り立つ/眼前で指をピストル型にする。

 力を込めた様子の手足=ふざけているわけではない/高出力でワイヤーを撃ち出して切り裂くつもり。

 羽を切り離さなくては――そのためには腕に灼刃を再転送しなくては――そのためには数秒がなければ。

「蛭雪ェ!」

 怒声/福音=陸王――機銃掃射で白の少女を追い払う。

 感謝=何より望んだ時間が訪れた。

《転送を開封》

 二度唱えた――一回目は灼刃を呼び、拘束から脱出するため/

 二回目では六肢を、普段よりもさらに激しく輝くエメラルドの光が包んだ。

 ここにいる全員を武器を要求した=用意させておいたレベル3。

 羽が増える/一部が白露の甲冑のように身体を覆う/腕が巨大な刃に変わる=犠脳体兵器の機能を発展的に改良した武器。

 六肢を一挙に振動/白の少女をぐちゃぐちゃに消し飛ばす音響閃光を放とうとした――そこに青い少女が割り込んだ。

 見たこともない青い鎧姿/剣のような腕を私に向けてかかげている=多分彼女のレベル3。

 正面衝突するつもりらしい――望むところ。

 ビッグバン的な火球の誕生=何もかも/青と白の少女/私自身の意識/全て火に飲み込まれた。


 4-4.


 ――衝撃と共に、急に理性が戻ってくる。自分の身体感覚を取り戻す=建物の陰に身を隠している。腕にはなぜか普段使わないライフル/破損している/その他の手足は全て照準器。

 行動と頭が解離した感じ――どうしてこんなものを扱っているのか/こんなところにいるのは

 頭を振る/記憶を確かめる――青い少女とぶつかりあって意識を失った/陸王に助けられた/マスターサーバーへの侵入を果たした代わりに紫の少女を取り返されたことを教えられた。そして、今まで単独で狙撃を行っていたロートヴィルトにどういうわけか支援を要請された。

 そこまでは確かに覚えてはいる/ただそれが自分の行動だと実感できない=おそらくレベル3による精神への影響。

《営頭、ご無事ですか⁉》

 焦った調子の通信=いまやただ一人の副官。意外なほど安心している自分に気づく――無意識に自分を引っ張ってくれるものを探していた。

《蚕影か、どこだ》

《営頭のいらした場所の対岸です。営頭が赤い特甲児童に狙撃されるのを拝見して、急ぎそちらへ向かっているところです》

 聞かずとも経緯を教えてくれる有能な男――ようやく心が追いつく。また打ち負かされたわけだ。

《いや、いい。汽車を止めることを優先しろ。あと何人残っている?》

《……十名となりました》

 一瞬言葉を失った――私の判断で始めた戦いで、四十名近い同胞が命を散らしていた/それまで被害をろくに気にも留めていなかった。本来の自分であればあり得ない行動。

 これも特甲の影響か――あるいは不吉な考え=トラクルに操作されていたのか。

《蚕影、いざとなれば、逃げろ》

《突然、何をおっしゃるのですか》

 せせら笑ってごまかす=喉が鳴る/ひゅうひゅう。空虚な音だと思った。

《なに。負けるつもりもないが、勝てる気もしなくなってきただけだ》

 返答は聞かない=再転送――羽を広げる。

《蛭雪ェ、大丈夫かいや~?》

 陸王≒一緒に狙撃を支援していた剣――向こうから手を振って近づいてくる/微笑み返して飛んだ。

 散々牙を向けられ、打ち倒されてきた特甲児童たち=勝てる気はしなくなってきた。けれど負けるつもりもない。

 剣にエメラルドの光=秋水とガンバイクを呼ぶ/なぜかげほげほ咳き込んでいる/並んで飛翔――汽車の向かった先=都市管理局へ。

 隣接するショッピングセンター屋上=黒と白の少女/上空=紫と青の少女。味方側のオーストリア軍=白人至上主義団体〈白き盾〉ヴァイスシルトと衝突中。

 私=六肢全てに超電導レール式機関銃を転送/紫の少女の前に降下する。

 同じく陸王=声も弱々しい弟をひっこめる/自分の特甲の姿になって黒い少女と対峙。

「ほんまァ~、どこまでもしぶといあまっこどもじゃのォ~。ここらで終わりにしよかァ~」

 陸王の独白が聞こえた――心から同意しながら、眼前の今や人生最大とも考えられる敵に銃火を放った。

 ひらりひらりと俊敏にかわす目障りな蝶――逆に弾幕を張りこちらをけん制してくる/そこへ新たなレベル4の支援の手を感じた。

 これまでのようなノイズはなし=静かに紫の少女を悪夢に引きずり込もうと手を伸ばす。

 支援に乗る=六肢の特甲を次から次へと入れ替える/時間を稼ぎ相手の惑乱を誘う。しかし――失墜しない。

 凛として鋭いまなざし/同じ真っ直ぐさで重機関銃を絶え間なく撃ちかけてくる=悪夢を寄せ付けていない。

 先ほどまでレベル3に意識を囚われていた自分――差を見せつけられている気分。それこそ悪夢だと思った――振り払うように六肢全てに灼刃を再転送した。

 その瞬間=紫の少女が踏み込んだ/まったく予期していなかった行動。

 腹部に衝撃――重機関銃がバットのように振り回され、めり込んでいた。

 喉が鳴る/耐え切れず身体が曲がる/特甲にひびが入ったような音――一拍後に吹っ飛ばされた。

 苦痛と怒りに視界と精神がレッドアウト=天地すら見失い無茶苦茶に羽ばたく。気づけばレベル3を呼んでいた――たとえ今以上に精神を汚染されてもこいつを倒さねばならないと思った。

 朱の甲冑と刃の腕が現れる=全方位に向けて音響閃光を発射/最大火力で放つべく一瞬滞空した。

 停止したことで視界が戻る――目を見開いた/全身が総毛立った。

 先ほど私をぶん殴った重機関銃が、ぴたりと銃口を向けていた。確かに音と光の直撃を受ける位置であったにも関わらず。

「ご奉仕いたしますわ―――ッ‼」

 おかしな咆哮と共に弾丸が嵐となって降り注いだダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダ!ダダダダダ!/全身が穿たれ砕かれた/消しきれない痛み、衝撃――今度こそ視界が真っ暗になり、耳に響く轟音と落下の感覚だけが残った。

 どこまでも堕ちていくという幻想――もちろんいつかは地表に叩きつけられる。とても受け身を取れる気がしない――湧き起こる始原の恐怖=ああ、ちくしょう/死にたくない/生きたい。

 やがて衝撃――しかし予想していたよりずっと弱かった。それが私を現実に引き戻した。

《お目覚めですね、営頭!》

 覗き込む見慣れた顔=蚕影/すっかり蒼白。

 蚕影の周囲にも部下の顔×五/背中の裏に擁刃肢の蛇腹の感触=彼らが受け止めてくれた。

《ああ……ありがとう。お前たちのおかげで、生き残った》

 薄く微笑んでみせる――全身がしびれた感じ/顔の筋肉を動かすのも一苦労。蚕影=感極まったように頷く。

《車両を用意しました。猿、いえ、陸王も回収済みです》

 運ばれる=都市管理局の建物の陰、道路のそばにアイドリング状態の軽トラック/情報汚染で放置されていたらしきもの。

 荷台に寝かされた。隣には血だらけで目を閉じた陸王――凍り付きそうになる/薄く息をしていることに気づいて情けないくらい安心する。

《生き残りはこれだけです。彼らと一緒に逃げてください》

 蚕影が言う――私を運んだ部下たちが次々乗り込む/蚕影本人はその場に立ったまま。

《乗らないのか?》

 何気なく尋ねた=蚕影は微笑んだ。

《私は、足手まといになってしまいますので》

 くずおれる――その顔は蒼白を通り越して土気色になっていた/ずっと不自然に腹を押さえていたことにようやく気付いた。手の隙間からどうしようもなく溢れた赤い血/肉片。

《ふざけるな。死ぬなと言ったはずだ》

 横たわったまま手を伸ばす――まだ身体が起こせない。蚕影を/自分を慰めるのはやめろと心の冷たい場所が囁く=あの死相では手の施しようがない。

《私たちは、あなたに、生かされました。あなたを、生かすために死ぬなら、本望なんです》

 俯き、途切れ途切れの通信を送ってくる。先に言った旧友/副官としての先達のように。

《きっと、蟻骨さんと、蛾風さんも……》

 蚕影の関節から力が抜けた――ずるずる前のめりに倒れた。

 トラックが動き出す――蚕影の遺体を置いて/どんどん小さくなっていく。地下道に入り見えなくなるまで眺めた。

 ふいに私と陸王をエメラルドの光が包んだ――通常の姿に還送される/転送限界=時間/それで我に返った。

 陸王が身を起こす――傷だらけの身体を抱きしめる/子供のように、心細い気持ちを思い出していた。

「こっぴどくやられたのォ~出直しじゃァ。シャーリーンとサードアイが来いゆーとるけェ、トレーラーに乗せてもらお~かァ」

 にやりと力強く笑う――幾分気が慰められた。

 私たちがシャーリーンとサードアイの裏切りを知るのは、この二十分後のこと。

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