第2話 千鯉さんと制服の少女

 さて、どこから説明すべきか。千鯉さんは完全に一糸まとわぬ姿になっている。隣には同様の姿の少女。千鯉さんの高校時代にそっくりな、黒髪のボブヘアーの少女である。少女はまだ少し眠たげなまつげをこすって目を開いて、起き上がった。


「ありがとうございます」


 そう言って少女は自分の下着を探し身に着けた。千鯉さんは手を伸ばしたところにあった、袷の小紋を羽織っただけの姿で、少女の動向を見ていた。この袷は、千鯉さんが着物を習い始めた時、近所のお婆から譲り受けたものである。


「良い着物で練習したらもったいないよ。これはね、私の孫のものなんだけど、もう必要ないからあんたにあげるよ。化繊だから気兼ねなく着な」


 そう言って薄黄色の地色に、色とりどりの星のような模様が入ったこの小紋をくれた。千鯉さんは久しぶりにこの着物を出している事に気がつく。その理由を思い返してみた。


 *

 確か、緑茶がなくなりそうになって、お茶屋さんを訪ねた。こだりは特になく、毎回お茶屋の店主に任せて緑茶を買っている。お茶屋さんに入ると、お使いで来ているのだろうか、背の低い制服姿の少女が店主と何やら話している。


 どうやら茶道クラブで使う抹茶を買いに出かけたのだが、高校に近いお茶屋さんが潰れてしまったため、少し遠出してここにたどり着いたという。初めてこの店で買うものだから、予算の兼ね合いもあり、どれがいいか店主と話し合っている模様。


 この身長で高校生かと、千鯉さんは後姿を眺めた。ふと、第三者に気がついたのか、少女が振り向く。


「きれいな着物の着こなしですね」

「ありがとう」

「私、茶道部で着物着たいんですけど、なかなかうまくいかないからいつも二部式ですませちゃうんです」


 さっきまで抹茶の話をしていた少女は、千鯉さんを横から見たり後ろから眺めたりといきなりスイッチが変わったようだ。


「せんちゃんはね、この辺じゃ有名な着付けの先生だよ。教えてもらったらいいさ」

「店主、着付けの先生は大袈裟です」

「大袈裟なもんかい。あんたに着物で勝てるやつはこの辺にはいないよ」

「着物に勝ち負けなどありませんし、趣味程度ですから」

「これも何かの縁だ。せんちゃん家は近くだから、行っておいで」


 その後、少女は抹茶を、千鯉は緑茶を買って二人同時に店を出た。

 千鯉さんは少女の黒髪を見ながら、昔の自分を思い出していた。


「どうする?うちに来てみる?」

「着物の事、教わりたいのでよかったらぜひ」

「私の名前は千鯉。あなたは?」

「こはです」

「こ乃はちゃん、よろしくね」

「千鯉さん、よろしくお願いします」


 二人は歩きはじめた。ほぼこ乃はが一方的に茶道部の事を話し、千鯉さんは背の小さい、本当に木の葉のような高校三年生に相槌を打っていた。自分も同じ髪型だったのに、学校の充実度はこんなにも違うものかと、懐かしむ千鯉さんだった。


 千鯉さんの家に着き、少女はおじゃましますとこげ茶色のローファーを脱いだ。千鯉さんは和室に案内をした。


「着物の何がわからない?一通り自分で着れる?」

「ええ、ですけど、だんだん着崩れていくし、時間かかっちゃうし」

「そうねぇ。時間かかるのは練習次第。着崩れるのはおそらく」


 そう言って千鯉さんは桐ダンスから、着物に必要な一式を出してそろえていく。

 だが、ここにある着物は、どれもこ乃はにはサイズが違い過ぎた。そういえばと、千鯉さんは別の部屋に行き、普段はあまり開けることない古い桐ダンスに手をかけた。


 あった。星のような柄の小紋。このサイズならなんとか着られるだろう。再び和室に戻った。こ乃はは、出していた帯揚げや帯締めに興味津々だった。そして千鯉さんの手にしている着物を見て飛び上がる。


「これも素敵!!!」

「そうでしょ。あなたくらいの年齢の子にはちょうどいいわ」

「うれしいです。では何からしたらいいでしょうか?」

「裸になって」


 さっきまではしゃいでいたこ乃はが、ぴたりと止まる。和室の空気が動くことをためらわれた。


「裸ですか?」

「そう。で肌襦袢着てちょうだい」

「あっ、そういうことですか。では」


 こ乃は千鯉さんに背を向けて、制服を脱ぎ始めた。ブラウスのボタンを外す手がふるえた。女同士なんだからどうって事ないと、こ乃はは自分に言い聞かせた。ブラウスから腕を抜こうをした瞬間に、後ろから黒い影が覆いかぶさってきた。


「はい。肌襦袢」


 そう言っていつの間にか肌襦袢姿の千鯉さんが、赤色の格子模様の肌襦袢を、こ乃はの肩にかけた。そしてその手でブラウスを下に落とし、下着姿のこ乃はを立ち上がらせた。千鯉さんはこ乃はの体を躊躇なく見た。


「こ乃はちゃん、あなた着物着るときブラ、どうしてる?」

「つけたままです」

「それじゃきついでしょ。はずして」


 千鯉さんはこ乃はの前から微動だにしない。こ乃はの手は再びふるえて、背中のホックがうまくはずせない。そうすると千鯉さんの手が、肌襦袢の内側に入ってこ乃はのブラをほどいた。胸があらわになってこ乃はが赤面する。


 千鯉さんはこ乃はの黒髪をなでた。高校時代の自分にそうしてやれたらと思った。こ乃はは顔の穴という穴から、沸点を超えた何かが飛び出しているのを感じていた。


「かわいい」


 そう言って千鯉さんはこ乃はの小さな唇をなめて、自分の下唇で覆うようにキスをした。お互いの肌襦袢が重なる。棒のように突っ立っているこ乃はに、千鯉さんは容赦なく迫る。はだけているいる部分のすべてをすすった。こ乃ははその度に、声を漏らす事しかできなった。


「はい、じゃはじめましょ」


 千鯉さんの声と笑顔に、こ乃はは拍子抜けする。


「着崩れるって言ってたじゃない?それって補正がうまくいってないんじゃないかと思うのよ」

「…タオルとか使ってやるのですよね」

「そうね。自分の体形をよく見て。胸の形やウエストのラインって曲線だし、人それぞれ違うから、自分にあった補正が必要よ」

「考えたこと無かったです」

「これを見直すだけでも、仕上がりがずいぶん違うものよ」


 そう言って、千鯉さんがこ乃はの鎖骨のあたりを触わる。千鯉さんの冷たい指が移動し、心臓に近い所に触れた。ふいにこ乃はも同じように、千鯉さんの心臓あたりに自分の熱くなった手を伸ばした。千鯉さんはこ乃はを見下ろす。こ乃はは千鯉さんを見上げる。再び二人の唇が重なることを、神様は知っていたのか。


 *


「また来ます」

 そう言って抹茶を持った少女は、去って行った。千鯉さんは珍しく、夜だというのに緑茶を淹れた。千鯉さんの黒のロングヘアーに、季節外れの蝶が止まった。

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