第83話 2人の想い

 ドンッ!


 突然、晴海は何者かにタックルされ、もつれ合って屋上から転げ落ちる。


「……クラウドくん!?」

「どりゃあ!」


 クラウドはリュックからロープ付きの傘を取り出し、カギ縄のように屋上のへりめがけて投げつける。

 一瞬、壁に引っ掛かったが、2人分の体重を支えられず、結び目が傘からすっぽ抜ける!


「げっ!」

「きゃあっ!」


 だが、クラウドはロープを投げ捨てると、再びリュックから別の傘を取り出す。

 クラウドが手元のボタンを押すと、パラシュートが開き、空気抵抗が2人をふわりと支え上げた。


「三雲雑貨店の新商品、高いトコから落ちても安心、『らっさんさん』だ!」

「クラウドくんって、どれだけカサ持ってんの……?」

「えーと、これとさっきのを入れて、全部で5本だ」

「あ、いや、本数を聞いた訳じゃなくて」


 ブロッケンは城の屋上をかすり、グライダーの様に滑空しながら中庭の方に軟着陸する。

 クラウドと晴海は、それを確認するとホッと息をつき。


「あれなら、玲華さんも大丈夫みたいね」

「あとは、ブラザーズたちに任せとくか……」


 2人は抱き合いながら、ふわふわと落下していく。

 クラウドは、キッと晴海を睨むと。


「まったく! お前は、ホント考えなしに無茶するよな!」


 その物言いに、晴海はムッとして声を荒げる。


「いーじゃない! あたし冒険家なんだし、無茶するもん!」


 その反論がしゃくに障ったクラウドは、さらに大声を上げる。


「冒険家の前にお前は女の子だろーが! もっと、自分のことを大事にしろよ! どんだけ、オレが心配したと思ってんだ!」

「!」

「お前に何かあると、悲しむ人達がいるって事を忘れんなよ! せめて、オレに一声かけてから行け!」


 クラウドは言いたい事を言い終わると、一気にトーンダウンし、安心した表情で。


「とにかく、無事で本当に良かった」

「……なん……で……」


 晴海は、声を震わせながら。


「なんで……、クラウドくんは、そんなに優しいの……」

「なんでって、そりゃ……」

「なんで、そんなに優しくするの! あたしが女の子だから? あたしが頼りないから? なんで、いつも助けてくれるの! 助けになんか来ないでよ!!」


 一気にまくし立てると、うわーんと泣き出す晴海。


「ちょっ、ちょっと待てよ! なんで、そこで泣くの!?」

「いやっ、離してよ!」

「いやいやいや、待て待て! 暴れたら、落ちるって! とりあえず、落ち着け。いや、落ちたらダメか? じゃなくて、やっぱり落ち着け、頼むから!」


 降りたら話をゆっくり聞いてやるからとなだめるクラウド、晴海はうえーん、うえーんと大泣きする始末。

 なんで、優しくして怒られないといかんかな、女ってめんどくせーなあと思いつつ、クラウドは無言で晴海を抱いている左腕にぎゅっと力を込める。

 ただ、自分が晴海を大事に思っていることを伝えたい一心で。


 革ジャンをはだけた晴海の胸がシャツ越しに当たっており、小ぶりだけど思ったよりはあるなあなどと、決してクラウドは考えていないと思いたい。


 ふわりと地上に着地し、ばふっと被さったパラシュートからもぞもぞ這い出る2人。

 気まずい空気が漂う中、数歩離れた距離で向かい合い、晴海が口論の口火を切る。


「……なんで、あたしを助けに来たの」

「なんでって、そりゃ助けに来るだろ」

「隊長さんから聞かなかった? あたしの事を忘れてって、もうクラウドくんの顔を見たくないって」

「うん、それは聞いた」

「じゃあ、なんで!」

「それは、お前がオレの顔を見たくなくても、オレがお前を助けたかったから」

「勝手な事言わないでよ! そう言って、いつもボロボロになるくせに! あたしなんかのために、もう傷ついて欲しくなかったのに。あたしは、もうクラウドくんのそんな姿を見たくなかったのに!」

「顔を見たくないって、そういう事かよ……」


 ようやく、晴海が残した言葉の意味を理解し、納得するクラウド。

 そんな彼に、晴海はさらに言い募る。


「クラウドくんだって無茶苦茶だよ! 大ケガをして、また傷を負って。それなのに、あたしのためにそんなにムチャを繰り返して! あたしの事、なんとも思ってないんでしょ? だったら、もう優しくしてくれなくていい! そんな、優しさもう要らないよ!」


 晴海は、きゅっと口を結んで、最後に一言。


「あたしは、そんなクラウドくんを見ていると、辛いだけだもん……」


 そう言って再び、ふぇ~んと泣き出す晴海。

 結局、晴海はなによりもオレの事を心配してくれているんだな。

 クラウドは晴海の優しさを改めて感じる。

 自分が傷つく事よりも、他人ひとが傷つく事に涙を流す、真っ直ぐすぎて危なっかしい少女。

 改めて、クラウドは彼女のことを愛しく思う。


「オレは……、オレは晴海のためじゃないと、こんな無茶はしないし、こんなに頑張ったりできないよ……」


 クラウドは、照れくささで頬をポリポリかきながら、それでも自分の気持ちを素直に伝える。


「晴海のことが好きなんだ。ずっとそばにいて守りたいんだ」

「………………ふぇ?」


 気が抜けた声を出して、時が止まったように、固まる晴海。


「あの……、今の、もう1回聞かせていただけないでしょうか」


 なんで、敬語なんだよと思いつつも。


「オレは、晴海の事が好きだ!」

「……ホントに?」


 クラウドは、コクリとうなずく。


「うれしい……」


 晴海は口元を両手で押さえながら、悲しみの涙を嬉しさの涙に代える。


「あたしも、クラウドくんの事が好き。初めて会った時からずっと、ずーっと大好きだったの」


 思いが通じ、ホッとするクラウド。

 思わず微笑むと、晴海も微笑み返し、2人は笑顔で見つめ合う。

 クラウドは晴海に近寄ろうとする。

 だが。


「でも、ダメだよ……」

「え? なんで?」

「だって、クラウドくん、あたしと一緒だといつもボロボロになるもん……」


 拒絶の言葉を口にして、晴海はとても寂しそうに。


「あたしは、冒険家を目指しているから、これから色んな所へ行って、色んな冒険をするつもり。でも、クラウドくんが一緒だと、あたしはまたクラウドくんに頼ってしまう。クラウドくんを傷つけてしまう」

「……」

「今度の事でわかったの。あたしはクラウドくんと一緒にいちゃいけないんだって。クラウドくんは面倒くさい事が嫌いでしょ、だから……」

「分かった」

「……えっ?」


 突然、晴海の言葉を受け入れるクラウド。


「分かったの……?」

「ああ」

「そっか……」


 晴海は、それを決別の意味と受け止める。


 そっか、そうだよね。

 もう、あたしみたいな変な娘と一緒にいるのは嫌だよね。今回みたいな面倒くさい事に巻き込まれるのはこりごりだよね。

 でも……。


「あたし……、助けに来ないでって言ったけど、心のどこかでは、助けに来てくれるのを待ってた……。ううん、必ず助けに来ると思ってた。だって、クラウドくんは優しいから。だって、クラウドくんはそういう人だから……」


 そんなあなたなら、それでも側にいてくれると思ってたのに……。


「助けに来てくれて、ありがとう。うれしかった」


 晴海は、精一杯の笑顔を作る。


「もう、一緒に冒険はできないかもしれないけど、クラウドくんが優しくしてくれたこと、あたし、ずっと忘れないよ」


 違う、あたしはこんなことを言いたいんじゃない。

 本当は、もっとずっと一緒にいたいの!

 だけど……。

 恋愛こればっかりは、気持ちがすれ違ったら、しょうがないもんね。


「今まで……、本当にありがとう……」


 さよなら、あたしの初恋……。


「分かった! やっと、分かったぞ!!」

「えっ?」


 なぜか、別れのシーンにそぐわない大声を上げるクラウド。


「晴海! お前は昔、オレが犬から助けた女の子だったんだな!」

「え……、ええっ?」

「いやー、どおりで思い出せない訳だよな。オレ、あの後ぶっ倒れてほとんど何も覚えてないもん」


 うんうん、と一人合点し、うなずくクラウド。


「分かったって……、そっちの話?」


 勝手に悲劇のヒロインっぽく、モノローグを描いていた晴海は、恥ずかしさのあまり赤面する。


「オレも今回のことで分かった事がある。オレ、意外とめんどくせー事が好きみたいだ」

「えっ? あ、そ、そうなの?」

「あと、オレも冒険家を目指す事にしたから」

「はい? ……………………えええええーっ!?」


 あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ!

『あたしはクラウドくんに別れ話をされていたと思ったら、いつのまにか冒険家になるって言い出した』


「何で、なんで、どうしてそんな事に?」

「いや、オレって反射神経いいし、危険の察知もできるから、冒険家に向いてると思うんだよね。むしろ、晴海よりも」

「何ですって!?」

「ほら、リュックで荷物もいっぱい運べるし。それに……、オレ、お前に体育館で言っただろ? お前の冒険に最後まで付き合うって」


(めんどくせー……けど、しょうがねえ。お前の冒険、最後までオレも付き合うぜ)


「あっ……」

「てことは、お前がまた次の冒険に行くなら、オレはずっと付き合わなきゃなんないって事だ。だったら、冒険家を目指した方が手っ取り早いだろ? もう、ぶっちゃけて言うと、オレはずっとお前と一緒にいたいんだよ」

「えっ……、じゃあ……」

「オレをこの世界に連れてきたのはお前だ。責任取ってくれよな、相棒」


 クラウドは、ニヤッと男らしい笑顔を見せる。


「それ、ホントに、本当……?」

「ほんとほんと。今のオレの一番の夢は、お前の夢を守る事なんだから」

「じゃあ……」


 クラウドの気持ちを余す事なく聞き終えた晴海は、全てのきっかけとなった言葉をなぞって問いかける。


「あたしと……、あたしの夢と冒険に、ずっと付き合ってくれませんか?」


 クラウドもその時の言葉をなぞりつつ、ハッキリと頼もしく答えた。


「もちろん! オレで良ければ、喜んで!」

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