第七章 エクストラステージ
第76話 ルナティック
バチバチッ!
「うぐっ!」
『!?』
突然響いた、くぐもった悲鳴が、とりまく空気を一変させる。
一斉に全員が見ると、シャンデリアの下で赤い絨毯に倒れ伏した山瀬の姿。
そして、その横で白衣の男がスタンガンを構えて立っていた。
「玲華さん!?」
「ようやくここまで漕ぎ着けたのに、これで終わりなんて納得がいきませんねえ」
白衣の男、科学部部長・
「あっ! あの時の変態男!」
「なにっ! 変態だって!?」
「霧崎……」
山瀬は苦しい吐息の中、かすれた声で危害を加えられた相手を名指す。
「洗脳が……、解けたのですか……?」
「洗脳? 洗脳なんて、最初から掛かっていませんよ。僕は初めからつい
「何……?」
「くそっ!」
「動くな!」
クラウドが山瀬の救出に向かおうとしたが、霧崎は拳銃を山瀬に向ける。
「動くなよ……、彼女の命がどうなってもいいのか?」
人質を取られ、身動きが取れないクラウドたちを眺め、悦に入った霧崎は道化師のように大仰な身振りで語りだす。
「無様な姿ですね、オーロラ様……。僕は、初めてあなたを見た時に、『目の前に女神が降臨した』と思ったものですが……。そして、あなたから力を貸して欲しいと直々に頼まれた時は、それこそ天にも昇るような幸せを感じたものです……」
恍惚とした表情を浮かべる霧崎。だが、クラウドたちへの注意は怠らず、周囲に睨みを効かせながら語り続ける。
「そして、あなたが語っていた『新しい世界を作りたい』という願いを聞いてからというもの、僕はあなたの意図を汲んで、『上沢高校消滅計画』を進めていたのですから……」
『何だって!?』
突如、霧崎から語られる真実。
「じゃあ、上沢高校を潰そうとしていたのはお前だったのか!」
「でも、カリスマ教は上沢高校を乗っ取ろうとしてただけよね? どうして、そんな話になるの!?」
「僕も今の世界、そして高校生活には飽き飽きしてましたのでね。女神が『世界を滅亡させよう』としているのなら、手始めに上沢高校を地上から消し去ろうと考えていると理解しました」
「違う……、私は、そんな事……少しも望んでいない……」
自分の意図を曲解され、必死に否定の言葉を吐き出す山瀬。
だが、それに一切耳を貸さず、ただただ自分が思うがままに述べ続ける霧崎。
「全ては女神オーロラ様のため、僕は司令官として、ロイヤルガード、サバイバル同好会、考古学研究部を介して計画を推し進めて来ました。ワイヤーアームや特殊繊維のウィップなどの秘密道具を開発し、それこそ全てを差し出して、僕はあなたと2人きりの世界を創る夢を描いていました。それなのに、それなのに……。この、クソ女が!」
ドガッ!
突如、豹変した霧崎は、山瀬の腹に容赦の無い蹴りを入れる。
「玲華さん!」
「あうう……」
麻痺した身体でろくに動けず、痛みに悶える事もできずに転がる山瀬。
その銀色の髪を拳銃を持たない方の手で掴み、山瀬の頭を引きずり上げる霧崎。
悪鬼のような形相で睨みながら、山瀬の顔に拳銃を突き付ける。
「さっきから隠れて聞いていれば、あなたに男がいたなんて……。話が違うじゃないか!」
ゴリゴリッと拳銃を押し付けられ、山瀬の白い頬が歪む。
「僕はあなたの肌に、唇に、その胸に! 無垢なあなたを汚すまいと思い、肉欲を覚える事すら罪悪感を感じ、今までずっと我慢していたのに……。既に穢されていたなんて!」
霧崎はワナワナと握った拳銃を震わせる。
「女神は神聖な存在でなければならなかったのに、地に堕ち、翼の無いあなたは、
爬虫類のような舌なめずりをし、霧崎は山瀬の首筋を舐める。
怖気が立つような光景に、晴海は思わず。
「やめなさいよ、気持ち悪いっ! 玲華さんを離して!」
「僕が、気持ち悪いだと……!」
「いいんです、夏山さん……」
山瀬は朦朧とする意識の中、うっすらと目を開けて、晴海を見る。
「これは、私が犯した罪への、罰。誰も信じず、人をないがしろにしてきた事の報いですから……」
「玲華さん……」
「はっはっはっ、そのとおり! この女は、僕を裏切った償いとして、これから僕の雌犬になるのだ!」
パッと頭を掴む手を離され、床に崩れ落ちる山瀬。
霧崎の手から絹糸のような髪の毛が、はらはらと舞う。
メガネを狂気の色に輝かせ、哄笑する霧崎。
山瀬を犬扱いされた晴海は、とうとう我慢の限界に達した。
「さっきから聞いてりゃ、勝手な事ばっかり! 話せば話すほどあんた気持ち悪いやつね!」
「何だと……。お前に、僕の気持ちの何が分かる! 僕がなぜ上沢高校を消滅させようとしているのか、その理由を聞かせてやる。僕がこの学校でどんな仕打ちを受けて来たかを!」
「あ。そういうの、もういらないから。ブラザーズくん達、言ったげて!」
晴海に指名された雨森ブラザーズは、シリアス展開で今まで一切セリフを与えられなかった、鬱憤を晴らすべく前に出る。
「もう、過去
「ていうか、お前みたいな、とっちゃん坊やの過去なんてまったく興味ないしー、時間の『無駄無駄ッ!』なんだよ!」
「つーか、なに? お前そのナリでラスボス感漂わせてんだよ。このヒョロガリ童貞メガネ野郎が!」
「お前みたいな『貧弱貧弱ゥ!』を絵に描いたような奴はいらないんだよ、話が間延びするから出てくんな!」
「ラスボス気取りたいなら、ジョジョ苑のディオ様みたいになって出直して来い!」
「どうせなら、時を止めてみろ! 目からビームを出してみろ!」
「それが出来ないんなら、とっとと帰れ帰れ、ハウス!
『ウリイィィィィィッ!』
挑発させたら天下一。悪口雑言、罵詈雑言のマシンガントークを、言いたい放題ぶちまけるブラザーズ。
「こ、この……」
「あんたなんか、クラウドくんの爪のアカを煎じて飲めば良いのに! ホントに気持ち悪いよ、このド変態!」
「だ、だまれぇーっ!!」
口角から泡を飛ばしながら、晴海に向けて拳銃の引き金を弾こうとする霧崎。
だが、それよりも速いクイックドロウで、クラウドはメガ正宗のスイッチを押す。
柄から飛び出す黒いナベの部分が、霧崎の手を直撃。ピストルが手を離れて弾き飛ぶ!
「氷室!」
クラウドが言うが早いか、雹河は超高速で霧崎の撃破に向かう。
だが。
ドガアッ!
突如、部屋の壁が崩れ、巨大な黄色の機械の腕が雹河の行く手を阻んだ。
「何だと……!」
黄色い腕は、リモートコントロールで山瀬を担いだ霧崎をすくい上げると、同じく壁を突き破って現れた機械の頭のようなコクピットへ2人をいざなう。
コクピットのハッチが締まると、運転席からガラス越しに怒鳴る霧崎。
「僕が気に入らないのは、そういう所だーっ! どいつもこいつも、僕の事をバカにしやがってっ! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……、上沢高校の奴らは全員まとめてぶっ殺してやるっ!」
「みんな、逃げて……」
助手席に縛りつけられた山瀬は、最後の力を振り絞って、仲間たちの身を案じた言葉を放つ。
「黙れ! このクソビッチが!」
バリバリッ!
「ううっ……」
再びスタンガンを押し付けられ、ついに動かなくなる山瀬。
「ああっ! 玲華さん!」
2人を載せた機械の頭と腕は、壁から離れ、外の暗闇の中に身を踊らせる。
「外に逃げた!?」
「クラウドくん、玲華さんを追うよ!」
言いながら扉に向かって駆け出す晴海を、雹河は制して。
「待て、晴海。外に出るなら、ここを降りた方が早い」
雹河はひらりと城の窓から飛び降りる。
その壁面には、螺旋階段が連なっていた。
「そういや、ムラサメが外付きの階段があるって言ってたな」
クラウドは、飛ばした中華ナベを回収しながら、またトラップがある城内を引き返さなくて良かった事に安堵する。
「あたし達も行くよ! ……って、雪姫とブラザーズくんたちは?」
「待った、待ったーっ!」
と、ブラザーズと雪姫は、隣の部屋の入り口からバタバタと現れる。
「何やってんだ、お前ら?」
「ちょっと、雪姫ちゃんに頼まれてなー。説明は後だ、とりあえず急ごうぜ」
そこへ、雷也が玉座の間にひょっこり入って来た。
「忍者、服部雷也、ただいま見参! あれ? なんか部屋がめちゃくちゃになってるでござる」
「雷也! 無事だっ……、ひどい怪我だな」
「つばでも付けときゃ直るでござる。というか、くらうどもぼろぼろでござるな」
「お互いにな」
わっはっはと笑う、クラウドと雷也。
晴海は雪姫の手を引いて、雹河の後に続いて窓を降り、クラウドたちもすぐに後を追う。
7人は山瀬を救うべく、月の光が照らす螺旋階段を走り始めた。
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