第21話 ぎゅってして
結局、夜になってしまい行動がままならなくなったクラウドたち。
ところ変わって、特別教科の教室棟である、六角堂校舎の家庭科室。
「こら、うまいー」
「美味でござる!」
家庭科の実習の残りと思われる、米や冷蔵庫の中身と、晴海が準備していたカレー粉を使って夕飯のカレーを作った。
晴海は作り慣れているのか、急ごしらえなのにめちゃくちゃうまい。
「クラウドくん、このカレー……どう?」
ちょっと、不安げに尋ねる晴海。
「ああ、ものすごくうまいぜ。絶品だ!」
思ったそのまま、おせじ抜きに言うクラウド。
晴海は、その言葉を聞いてパッと顔をほころばせる。
「よかったー、あたしキャンプ料理だけは得意なの」
キャンプ料理だけって事は、普通の料理はなんだか不安だが、ニコニコしている晴海を見て、野暮は言いっこなしだなと思うクラウド。
「やっぱり、みんなで食べると美味しいね♪」
十数分後。結構いっぱい作ってあると思ってたのだが、ものの見事に平らげてしまった。
クラウドたちの満足げな様子に、晴海はとても嬉しそうに後片付けをしている。
クラウドはもっと、どんがらがっしゃーんとなる事を想像していたが、意外に女子力高けえなあと、茶をすすりながら思った。
「今日はもう寝て、明日またがんばろうね!」
「もう寝るのか。よく考えりゃ、オレ昨日から風呂入ってねーんだよな」
「きゃー、クラウドくん不潔ー!」
「しょーがねえだろ。インディコ、昨日はどうしたんだ? お前も家に帰ってないんだろ?」
「職員の宿直室のお風呂を、先生がいなかったから勝手に使わせてもらったよ」
「そんなのがあるなら、早く言ってくれよ」
「でも、拙者は風呂道具や着替えは持ってないでござる。雨森兄弟も手ぶらでござるよ」
クラウドとブラザーズは、顔を見合わすとニヤッと笑う。
「心配すんなよ。オレは三雲雑貨店だぜ」
クラウドは、ポンと背中のリュックを叩いて言った。
*
アオーーン、オンオン……。
どこからか響いてくる、犬の遠吠え。
クラウドは、風呂上がりの火照った体を冷ますべく、教室棟のベランダに出ていた。
空を見上げれば、おそらく十日か十一夜の月が、闇夜を照らしていた。
クラウドは月を見るのが好きである。
特に、半月から満月になる過程の状態が、特にお気に入りである。
これから大きくなっていくぞという姿を見ると、自分も頑張ろうって気持ちにさせてくれるらしい。
決して、その期間の月が、おっぱいを横から見た形を想起させるからではない。
クラウドが月に向かって、手を伸ばしてもみもみしているが、それはたぶん手のマッサージである。
アオーン! ワンワン!
野犬の鳴き声がうるさくて不粋だ。学校の敷地内に入り込んでいるのだろうか。
「ちぇっ、せっかく良いところなのに」
何の良いところか分からないが、クラウドが上げていた手を下ろした、その時。
『クラウド! てえへんだ、てえへんだー!』
ブラザーズが、息せき切ってやって来た。
「何だよ、うるせえな。三角形の『底辺』だー、とか言うんじゃないだろうな?」
「違う、そんな冗談言ってる場合じゃない!」
「インディ娘ちゃんが、倒れた!」
「何だとっ!?」
クラウド達は、晴海たちがいる1-10教室へ急ぐ。
「インディコ! 大丈夫か!?」
見ると、仰向けに倒れている晴海。
その手首を押さえて、症状を診ている雷也。
「脈が速くて、呼吸が浅いでござる。おそらく、過呼吸症候群のようなものだと思うでござるが……」
見ると、晴海の顔色から血の気が引いており、小刻みにガタガタ震えている。
「インディコ! しっかりしろ!」
「犬……」
「え?」
「犬、こわい、助けて……」
晴海は犬への恐怖で怯えているのか?
外ではワンワンワン、ワオーンと、未だに収まらない犬の鳴き声。
クラウドは、急いで教室のベランダに飛び出し。
「うるっせえぞ、クソ犬ども! 犬鍋にして食っちまうぞっ!」
言葉が通じたのか、気圧されたのか。
犬たちはあわてて逃げて行ったのだろう、あれほど
「よし、静かになったな。もう大丈夫だぞ」
クラウドは晴海に近寄って語り掛けるが、荒い呼吸と身体の震えが止まらない。
「寒い……」
「待ってろ、今すぐ毛布かなんか持ってきてやるから」
「クラウドくん……、ぎゅってして……」
立ち上がろうとする、クラウドのジャケットの裾を掴み、晴海は
「え?」
「ぎゅってして……」
晴海はクラウドに抱きしめてほしいと訴えているのだろうか。
クラウドは、思わずブラザーズ達を見る。
3人はあごを動かし、早くやってやれというジェスチャーを見せる。
当然、とまどうクラウド。
だが、衰弱している晴海の様子をみると、もたもたしている暇はないように思われる。
やましい気持ちはないからな、これは治療なんだからな、とクラウドは自分に言い聞かせて、晴海の身体をおそるおそる抱きしめる。
晴海は女性にしては背が高い方で、身長はクラウドとも大差ないが、線が細く、頼りなく儚げで、柔らかい。
(こいつ、こんなに軽かったのか……)
へたをすれば、男よりもわんぱくな晴海だが、こうしてみると、やっぱり女の子なんだなと改めて認識させられる。
そのうち、晴海の震えが治まり、険しかった表情が和らいでいく。
「あったかい……」
晴海はそうつぶやくと、すーすーと寝息を立て始めた。
「寝た……のか?」
「そうみたいでござる」
「しばらく、そうしてやってた方がいいんじゃないか?」
クラウドは、晴海の身体を床に下ろそうとしたが、ブラザーズに言われて思い直す。
「まさか、インディコがこんなに犬が苦手だったとはな……」
「なんか、トラウマでもあるのかなー?」
「そういやクラウドも、昔、野犬に食われた事があったなー」
「食われてたら死んでるぞ。咬まれて入院した事はあるけど」
「お前は、犬怖くないのか?」
「まあ、犬は嫌いだな。今度咬まれたら、十倍にして噛み返してやるよ」
「お前はホントに、女の子以外にゃ強いよなー」
*
それから、数時間後。
いいかげん腕がしびれてきたクラウドは、ようやく晴海を床に下ろす。
ブラザーズ達は、とっくに新聞紙にくるまって寝ている。
薄情な奴らだなと思いつつ、今回の件について変にいじって来なかった事については、心の中で感謝をする。
クラウドは晴海が風邪をひかないように、晴海が使っていた寝袋を掛け布団がわりにかけてやる。
そのあと、2日目の余裕も出たせいか、なんとなく晴海のほっぺたを、プニプニとつついてみた。
「う、うーん……」
いやいやと首を振る晴海。面白いけど可愛い。
「黙ってりゃ、普通に可愛いんだけどな……」
だが、改めて考えると。
「まあ、黙ってなくても、可愛いか……。もうちょっと胸が大きければ言う事ないけど」
そこは、断固として譲れないのか。
そして、クラウドはふと考える。
何だかんだ言って、オレって頼りにされてるよな。
第一、見ず知らずのオレに助けを求めるなんて普通は考えられないし、最初の『付きあってくれませんか』ってのも、半分は本気だったりして。
もしかして、オレに気があるのか?
改めて、晴海の寝顔を見る。時々にへらと笑顔を見せながら、すやすやと満足そうに眠っている。
「……オレに限って、んな訳ねーか」
こういう事に関しては、さっぱり自信が持てないクラウド。
モテない男は、勘違い男になるのを恐れ、どうしてもネガティブに考えがちである。
そして、先ほど抱きしめた晴海の身体の感触を思い出し、1人、欝々悶々とする。
今日もクラウドは眠れそうになかった。
こうして、5月3日の夜は、慌ただしく更けていったのである……。
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