第20話 涙

「ところで、インディコ。『ユキ』って誰なんだ? あと、スワン・コンツェルンって……」


 スワン・コンツェルン……。

 系列会社、数十社を傘下に持つ、地方では有数の資産家。

 その会長は、『となりの晩ごはんに突撃!』というローカル番組で、フォアグラを食べていたところが放映されたほどの名士である。

 そして、会長は上沢市の南部に住居・拠点を構えており、上沢市の行政にも多大な影響を及ぼしているとの噂があった。

 まさか、上沢高校がスワン・コンツェルンによって運営されており、その会長が謎の校長の正体だったとは。


 クラウドの質問に無言で答え、晴海は内ポケットから携帯を取り出す。


「あれ? インディコは、まだガラケーなのか?」

「スマホは高いから、手に入らないのよ。悪い?」


 クラウドのツッコミに、ちょっとムッとする晴海。


「あ、いや、オレもガラケーなんでな。仲間がいて嬉しいな、なんて」

「え、そうなの? やっぱり、あたしたち気が合うね」

「仲が良いのは分かったから、早く写真を見せてくれよー」


 スマホユーザーだが、2人で1台を共有させられているブラザーズに急かされ、晴海は携帯の画像データを突き出す。

 それには、入学式の時のだろうか、桜の木をバックに晴海と仲良く写っている女の子がいた。


「わー! なんだこの娘ー!」

「めっちゃくちゃ、可愛い!」


 ブラザーズが思わず口に出してしまうほど、その少女は例え様のない程に美しかった。

 清楚な感じの黒色のさらさらロングヘア。

 雪の様に白い肌に、小動物を思わせる黒目がちのつぶらな瞳。

 小柄な体つきは、すらっとしている晴海と並ぶと、なお引き立って見える。

 妖精が舞い降りたと言っても過言ではない、優しい笑顔の可憐な美少女である。

 ガラケーの小さい画像で、そのような感想を持つぐらいだから、実物はもっと美しく、可愛らしいのだろう。


 そして、この娘に対して、このようなことを考えるのもはばかられるが、彼女は胸も大きかった。


 ヤバいっ!

 慌ててブラザーズは、クラウドの方を見る。

 彼は立ったまま、気を失っていた。



 うふふふふ、あははははと、クラウドと黒髪の少女は、見渡す限り一面のお花畑の中を、楽しげに走っていた。


「待ってください、クラウドさーん」


 黒髪の少女は、胸をたゆんたゆんと揺らしながら、クラウドの元へ駆けてくる。


「さあ、受け止めてあげるから、僕の胸へ飛び込んでおいで」


 イケメンになったクラウドは、少女に向けて手を広げる。

 少女は微笑みながら、クラウドに飛び込んで来る。

 跳躍しながら、身体をぐるんと翻し。


龍尾嵐風脚りゅうびらんぷうきゃく!」



 ドゴォ!


「ぐふぁっ!」


 雨森ブラザーズ、北斗の空中回転ソバットを受けて、クラウドは吹っ飛んだ。


「おーい、そろそろ帰ってこーい」

「珍しくまともに入ったなー」


 意識を取り戻したクラウドは、元いた場所に戻って来る。


「あー、ビックリした。世の中には本当にこんな娘がいるんだな……」


 清楚な黒髪ロングの小柄な巨乳美少女。

 ブラザーズが語っていた、クラウドの理想の彼女像にモロはまりである。


「インディ娘ちゃん、ちなみにこの娘の性格はー?」

「ゆるふわ、天然お嬢様よ」

「ぐはっ!」


 よく分からないダメージを食らって、膝をつくクラウド。


「くっ、このオレをここまで追い詰めるとは、やるな『ユキ』さん!」


 何に追い詰められているのか、何がやるのかよく分からないが、すでに瀕死の状態のクラウド。


「うっ、胸が痛い! これが恋の病ってやつか!?」

「あー、そりゃ、オレが蹴ったからだと思うぞー」

「なあんだ、そうなのか。って、お前なんて事しやがる!」

「こいつ、おっぱいが絡むと、とたんにアホになるな」


 晴海はため息をつきながら。


「やっぱり、クラウドくんはそうなっちゃうよね。この娘の名前は白鳥しらとり雪姫ゆき。雪のお姫さまと書いて『ゆき』って読むのよ」


 雪のお姫さま。

 世の中には顔と名前が一致しない者もいるが、この娘にはぴったりの名前だなと思う。


「どれどれでござる。むう、これは!」


 犬笛か糸電話しか通信手段を持たない雷也は、「美少女りすと」を取り出すと、「し」の項を開く。


「やはり、上沢高NO.1美少女の『白雪姫』殿でござったか!」

「白雪姫?」

「彼女の通称でござる。まだ、入学して1ヶ月しか経ってないでござるが、巷ではそう呼ばれているでようでござる。すわん・こんつぇるんの御息女でござったとは、要ちぇっくでござる!」


 と、備考の欄に書き付ける。


「雹河くんの話の通り、あたしの友達の雪姫もカリスマ教にさらわれた。あたし達と同じ、1年生だけど生徒会に入っていたの」


 上沢高校の生徒会には、1年生も自主参加ができる。そうした意欲のある人間を早い段階から育て、次期の生徒会を担って行くというシステムである。


「雪姫が失踪したと聞いて、あたしは調査を始めたの。すぐに行き詰まっちゃって、だからクラウドくん達に助けを求めたんだけどね」


 晴海はフェルト帽子の上から、頭をかきながら苦笑いする。


「こんな娘と友達だなんて、インディ娘ちゃんも隅に置けないねー」

「こんな、可愛い娘のことを隠してたのかー」 

「そういえばそうだな、何でこの娘の事を黙ってたんだ?」

「え?」


 晴海は、クラウドの質問に狼狽する。


「えーと、その……、さっきも雹河くんにも言ったけど、敵の連中に雪姫がスワン・コンツェルンの子だってバレちゃったら、色々マズいじゃない?」

「でも、オレらぐらいは知っててもいいだろ?」

「こんな娘を助けに行くって知ってたら、全然やる気も違うしー」

「ま、まあいいじゃない。敵を欺くには、まず味方からっていうしね、あははは」


 なんか変だな? と、クラウドは思った。


「ふふふ、乙女心でござるな」

「雷也、なんか言ったかー?」


 けらけら笑っていた晴海は、急に真面目な顔に立ち返る。 


「みんなのお陰で、カリスマ教が犯人だって分かったわ。目的はどうあれ、何の罪もない雪姫をさらうなんて、あたしは許せない。あたしの親友はあたしの手で助け出したいの」


 ギュッと拳を握り締める晴海。


「それだけじゃない。楽しい学園生活を、カリスマ教に脅かされてる人達もいるはず。だから、あたしはカリスマ教と戦う。みんなにも協力して欲しい。でも……」


 晴海は、沈痛な面持ちで。


「あんな話を聞かされた後じゃ、無理に来てくれとは言えないよね……」


 洗脳、違法薬物、営利誘拐。

 非人道的行為をためらいなくやってのける、邪教集団カリスマ教。 

 一般人が立ち向かうには、やはり荷が勝ちすぎるのだろうか。

 重苦しい静寂が、場に降りる。


「拙者は、行くでござるよ。最近、骨のある相手がいなくて困っていた所でござる。かりすま教、相手にとって不足は無いでござる」

「オレらも一口乗らせてもらうぜー」

「さらわれた、白雪姫を助けてあげたい。あわよくば、お付き合いをしたいー」

「雷也くん、ブラザーズくんたち……」


 雷也は闘争心、ブラザーズは下心が原動力。そしてクラウドは。


「めんどくせー……」


 晴海は、ハッとクラウドの方を見る。


「……けど、しょーがねえ。一番始めにつき合えって言われたのオレだしな。お前の冒険、最後までオレも付き合うぜ」


 それを聞いて、晴海の表情がパッと輝く。

 そして、晴海はちょっと意地悪っぽく、ニヤニヤしながらクラウドに尋ねる。


「それは、やっぱり雪姫のため?」

「うん? うーん……、どっちかっていうとインディコのためかな」

「あたしの、ため?」


 晴海は、驚きと喜びで目を丸くする。

 クラウドは、そんなつもりはなかったが、告白してるっぽくなってしまったと思い、ちょっとだけ焦る。


「あ、いや、オレもコイツらがそんな事になったら、助けに行こうとするだろうし、持ちつ持たれつだよ、うん」

「でも、みんなホントにいいの? 大ゲサかも知れないけど、死んじゃうかも知れないんだよ?」

「それでも、お前は行くんだろ。ほっとけねーもん、なあ」


 クラウドの呼び掛けに、コクンとうなずくブラザーズと雷也。


「というわけだ。よろしく頼むぜ、隊長」


 突然、晴海の瞳から伝う物が。


「あ、あれ? 涙が……あたし、泣いてるの?」

「えっ!? 何で泣くの? オレ悪い事言ったか!?」

「落ち着けよー、クラウド」

「え、いや、ほら、だって、女の子を泣かせたらダメだろ」


 涙を流す晴海を見て、ものすごく焦るクラウド。

 女の子の涙は苦手である。

 晴海は、はにかんだ笑顔を見せて。


「ううん、嬉しいだけだよ。心配かけてごめんね」


 瞳から溢れ出る感情を、晴海は拭いながら。


「恥ずかしいなあ、嬉しいのに泣いちゃうなんて……」


 それでも、涙は止まる事を知らず、晴海は両手で顔を押さえ、床にぺたんと座り込んだ。


「……みんな、ありがとう。本当に、ありがとう……」


 勝ち気だと思ってたけど、けっこう涙もろいんだな。

 晴海の意外な一面を見て、胸を衝かれるクラウド。

 親友を救うため、危険に身を投げ出す、ちょっと変わってるけど、けなげな少女。

 彼女の情熱に打たれた、胸の鼓動が高く響く。


(あれ、この感じ、どこかで……)


 クラウドは一瞬、既視感を感じたが、それが何であるかを思い出すことはできなかった。


 だが、クラウドの胸を高鳴らせているのが、感動や武者震いなどではなく、恋愛感情である事に気づくのは、もうちょっと後の事である。

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