第一章 インディ娘とノーテンキ冒険隊

第4話 夜の校舎で

「夜の校舎は不気味だよな……」


 と、クラウドは闇に浮かぶ校舎を眺めながら、一人ごちる。

 確かに、街灯に照らされた夜の校舎はオブジェの様に、神秘的な何かを感じさせる。


 某県、某所にある上沢市。

 上沢市は4つの町に分かれている。

 昔ながらの商店街が息づくダウンタウンの東町、高台がある住宅街の南町、高層ビルが立ち並ぶビジネス街の西町および、海に間近い漁師町の北町と、東南西北の町ごとに特色がある。


 そして、それらの町が交差する、街の中心部に上沢高校が存在している。

 生徒数、約千五百人。この高校、地名を校名につけ単純かつ安直なネーミングながら、かなりの異彩を放っていた。


 なぜなら、校長が誰なのかが、一切謎である。


 一応、『私立』と銘打ってあるので、一個人が建てた物であるという事は想像されるが、緘口令かんこうれいが敷かれているかのように、校長の正体は誰にも知らされていない。

 街の噂話では、どこかのお偉いさんが、道楽でおっ建てたのではないか、という妙な推論しか聞かれない。

 とは言え、なんの支障も無く運営されているので、この一帯の子供達はだいたいこの学校に通っている。

 そういう背景を持つこの上沢高校は、今日も街の中央でのんびりと佇んでいた。


 校門前で、クラウドは夏山晴海が来るのを待っている。


「緊張しすぎて、3時間前から待ってしまったぜ……」


 クラウドの服装は、赤を主体としたジャケットを羽織り、インナーは黒一色のTシャツ、下はジーンズとシンプルな装い。

 彼にしては、精一杯のおしゃれのつもりである。

 だが、髪の毛はしっかり寝ぐせがついたままであり、おまけに抹茶色のリュックもそのままである。

 約束の時間の5分前、彼女の到来をいまや遅しと待ち受けていた、その時。


「へるぷみー!」

「日本語訳は、わたしをたすけてー!」


 闇夜をつんざく、悲壮感がまったく漂わない叫び声が聞こえる。


「……何だあ?」


 もの凄く聞き慣れた声なので、嫌な予感がしかしないが、クラウドは声のする方へ駆け出す。

 中庭に出るとそれらしい集団の姿が見えた。


「おい、どうしたん……うえっ?」


 そこには、奇妙な男達に囲まれた雨森ブラザーズの姿があった。

 どう奇妙かと言うと、全員が埴輪とスコップを持っていた。

 しかも、何やら弥生時代風の衣装を着て、勾玉風のネックレスをしている。

 なお、ブラザーズは白シャツに青い袖無しGジャン、ジーンズの短パンを身につけており、彼らは弥生時代に染まっているわけではない。


「ブラザーズ、つきあう友達は選んだ方がいいぞ」

「ボケはいらないから、助けてくれよー」


 その時、謎の軍団から声が上がる。


「怪しい奴だ、引っ捕らえろ!」

「お前らの方が、怪しいだろ!」


 クラウドのツッコミを無視して、数人の男が向かって来る。

 敵の1人が奇声を上げながら、クラウドの頭上にスコップを振り下ろす!

 おわっ、と叫びながらクラウドはバックステップで凶器を避ける。

 二撃、三撃と男はスコップを振るうが、クラウドは見極めた様に難なくかわす。

 突如、左右の男たちから、頭と足が狙われる!

 クラウドは空中で体を縮め、上下の攻撃をすかす。

 目標を捕らえ損なった敵のスコップは、お互いの顔面とスネをそれぞれ痛打し、ぐおおーと鼻血で弧を描きながら倒れる男たち。 

 その隙を見逃さず、クラウドは敵の一団に突っ込むと、雨森ブラザーズをかっさらった。


「さすが、逃げ、け、かわしの名人!」

「るせえ! なんでお前らがいるんだよ!」

「お前の事が心配で、心配でー」

「どうせ、覗きに来たんだろ?」

「ずぼしっ!」


 驚きの声(?)を上げるブラザーズ。

 すぐ後ろにはあの連中が追って来る。応戦するにしても数が多すぎる。


「あああああ、もうっ! めんどくせーっ!」


 校舎の角を曲がった彼らは、奇妙な物を見つけた。


「こっち、こっちよ」


 腰の高さ程の植木の上から、白い手が手招きしている。

 助けか? 罠か? だが、考えている暇は無い。

 3人は植木を飛び越え、しゃがんで茂みの後ろに隠れた。


「やっほー♪」

「……夏山さん!?」


 手招きをしていたのは、昼休みに突然現れた少女、夏山晴海その人であった。


「何で、君がここにいるんだ!?」

「しーっ、大きな声を出しちゃダメ、見つかっちゃう」

「あ、ごめん。でも何で?」

「あたしもあいつらに追われててね。でも、8時に三雲くんと校門の前でおちあう約束してたから、ここで抜け出すタイミングを計ってたの」


 今一つ、要領をつかめない。

 クラウドは彼女とデートの約束をしたつもりでいたのだが、何かがおかしい。

 男たちはクラウドたちの姿を求め、辺りを捜索している。


「アイツら、一体何者なんだ?」


 晴海の口から出た言葉は意外な物だった。


「文化会系クラブの、考古学研究部よ」

「考古研? そんな奴らが何でオレらを襲うんだ?」

「うーん、話せば長くなるのよね。だから、先にアイツらをぶっ飛ばしちゃいましょうか」


 晴海は可愛い顔に似合わない事を言いながら、腰のホルスターからパチンコを取り出した。


「もしかして、それで撃つつもり?」


 使う弾丸によっては殺傷力も高いパチンコ。スコップで襲って来る奴らとはいえ、ちょっとやり過ぎる様な気がするが。


「大丈夫よ、弾はこれを使うから」


 彼女はクルミを手のひらで転がして見せる。


「どこかに指揮官がいるはずよ。それを倒せば、奴らも撤退すると思うけど」

「でも、誰が指揮官か分かんないぞ」

「頭に縄文式土器を被っている奴を探してちょうだい」


 そんな奴おるんかいなと思ったが、とりあえずキョロキョロ探す3人。


「おったぞ、時計塔の下!」

「ホントにいるのかよ……」


 見つけたのは、雨森ブラザーズの南斗。

 中庭の芝生の中央に小さな時計塔があり、その下には確かに縄文式土器を仮面の様にして被った男が腕を組んで立っていた。

 晴海は腕まくりをしながら立ち上がり、パチンコを引き絞る。


「みんな、しゃがんで、危ないよ!」


 3人の頭越しにターゲッティングした。


「せーの……いっけー!!」


 極限まで溜め込まれたエネルギーを解き放つ!


「痛ってえーーーーっ!!」


 絶叫が上がる。彼女が放った弾丸は見事に命中した。

 クラウドの後頭部に。


「うわ! クラウド、しっかりしろー」

「あ、あら? ごめんなさい……」

「いたぞーーーっ!」


 悲鳴は敵の耳にも入り、居場所を知られてしまった。


「やべえ、逃げようぜ!」


 駆け出そうとするブラザーズを、晴海はむんずと捕まえる。


「逃げちゃダメ、戦わなくちゃ!」

「何だってー?」


 飛び出した晴海たちを、考古研の刺客がズラリとり囲む。その数、総勢10数人。

 女の子と男2人では到底太刀打ちできずに、あっという間に取り押さえられた。


 縄文式土器を被った男が、口を開く。


「女……、なぜワシらの回りを嗅ぎまわる」

「別にいーじゃない、人が何しようが勝手でしょ」


 晴海は、あからさまな反抗の意志を示す。


「答えよ、娘。さもなくば……」

「ワシとか娘とかって、お前、年幾つだ? おっさんか?」

「お前らの格好は、どう見ても変態だなー」


 ボカ、バキ、ドカ、スカ。


「コイツらの様になるぞ……」


 分かりやすい具体例を示される。

 仕方なく、晴海は話を切り出した。


「あんた達、生徒会の居場所知ってるでしょ」

「生徒会なら、今探している所だ。校長の『おふれ』をお前も知らぬ訳ではあるまい」

「さあ。どこかの部が事件の黒幕かも知れない、という事は知ってるけど」


 ニッと、晴海は悪戯な笑みを浮かべる。

 考古研のリーダーに、ほんの一瞬だが、それと分かる動揺が走った。


「……お前、どこまで知っている」

「ベーっ、教えないよ。あんたが情報をリークしてくれるんなら、話は別だけど」


 とても取引などできる状態ではないが、それでも抵抗の意志を崩さない。


「……少々、痛めつけてやれ」


 リーダーの号令に従い、部員達は晴海を後ろから羽交い締めにする。


「ちょっと、放しなさいよ!」


 晴海はジタバタ抗うが、男の力にはかなわない。

 男がスコップを振りかぶり、そのまま晴海の頭に振り下ろす。


 晴海はキュッと目をつぶり、歯を食いしばった……。

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