第5話 vs考古学研究部

 ガキーン!


 金属音が鳴り響いた。が……痛くない?


「いただけねーな、男が女に手を出すなんてよ」


 恐る恐る晴海は、閉じていた瞼を開く。

 まず目に入ったのは、抹茶色のリュックサック。

 その男は、敵のスコップを中華ナベで受け止めていた。

 そして、この声の主……。


「三雲くん!」

「危なかったね、夏山さん」


 敵は力でスコップを押してくるが、クラウドは力を抜いて受け流す。

 支えを失ってつんのめる敵、その無防備の後頭部に中華ナベを打ち込む。


「何ぃ!?」


 晴海を羽交い締めしていた敵の力が緩む。晴海は思いきり体を引きはがし。


「三雲くん、お願い!」


 晴海の呼びかけに答え、パコーンと敵の顔面に叩き込んだ。


「夏山さん、危ないから下がってて」


 晴海に優しく言葉をかけて、敵と正面に向かい合う。


「面倒事はごめんだけど、女の子に暴力を振るう奴らを放っとけないんでな。少々痛い目にあってもらうぜ!」


 クラウドは中華ナベを構える。


 それは普通の代物ではない。

 希代の名匠が鍛え上げたる、伝説の逸品。

 その名も、『メガ正宗』。

 武器として使えば、攻防一体のスグレモノ。

 クラウドの相棒だ。


 クラウドは突っ込んで来る敵をかわし、足をかける。

 敵は勢いそのままに顔面から地面に激突、鼻を打ったのか顔を押さえて悶える。

 それでも、まだ敵は10人以上、まともに相手をしていたら、体力が持たない。

 クラウドはザコを無視し、目標を仮面の男に定めるが。


「男は後回しだ、女を人質にしろ!」


 リーダーだけを狙えば、晴海の守りが手薄になる。

 やはり、全ての敵を相手にしなければならないのか。


「ジャン、ジャ、ジャーン」


 その時、自分達の口でファンファーレを流しながら、丁度よく雨森ブラザーズが復活する。


「ザコはオレらが引き受けた!」

「ここはオレらに任せとけー」


 カッコいいセリフを吐きながら、袋叩きに遭うブラザーズ。


「サンキュー、ブラザーズ」


 2人が敵を引き付けている間に晴海は敵の手を逃れる事ができ、クラウドはリーダーとの一騎討ちに持ち込むことができた。

 縄文式土器の男も、スコップを構える。

 2人は同時に大地を蹴った。

 中華ナベとスコップ、金属同士が激突し、派手な火花が宙を舞う。

 考古研の男は、中段に回し蹴りを放ってくる。

 クラウドは、メガ正宗でそれを受けようとするが、それはフェイントで蹴りの軌道が変わる。

 本当の狙いは上段、クラウドの頭。


 ヤバい!


 だが、クラウドは完全に裏をかかれていたにも関わらず、とっさに頭を振って回避する!

 彼の反射神経は、脳の判断を凌駕していた。


「やるな。だが、これはかわせまい!」


 息つく暇を与えず、敵は地面に埴輪を叩きつけ、焼き土の破片がクラウドを襲う。

 予期せぬ攻撃に、思わず後ろに飛びずさる。

 すかさず、縄文式土器の男は、スコップを地面に突き刺し、土を巻き上げる。

 大量の土砂がクラウドの前方を覆った!


「うわっ!?」

「貴様の首、もらった!!」


 敵は、土煙で作った死角からクラウドに対し、渾身の力を込めてスコップを叩きつける。

 スカッと空振り、手ごたえが無い?

 一瞬の逡巡。その瞬間、男の脳天に衝撃が走る! 


 上空からの、メガ正宗一閃!


 仮面を叩き割られた敵は、そのまま地面に倒れ伏す。

 砂塵が晴れ、そして戦いの幕は下りた。


「……並の反射神経だったらやられていたな、危なかった」


 クラウドがとっさの反応で跳んでいる事、土が自分にも死角を作っている事。

 技の欠点に気付いていなかった事が、この男の最大の敗因だった。


「部隊長がやられたぞ!」

「撤収ー!」


 考古研の刺客達は負傷者を引きずりながら、あっという間に退却して行き、後にはチリーつ残らなかった。


「なんかアイツら、逃げ慣れてるよな」


 思惑通りにいったものの、一抹の空しさを感じるクラウド。

 だが、それもすぐに消える。


「三雲くーん!」


 後ろの方から晴海が走ってくる。

 ピンチに陥っていた美少女と、それを颯爽と助け出した騎士ナイトの感動の対面かと思われたが。


「何やってんのっ!」

「えっ?」

「もーっ、バカバカー! 何で、あっさり逃がしちゃったのー? あいつらから情報を聞き出さなくちゃいけなかったのにー!」


 ポカポカと、クラウドの胸を叩く晴海。


「え、えっ? 逃がしたらダメだったのか?」


 責められているのだが、なんかイチャイチャしているみたいで、妙に焦ってしまうクラウド。


「だって、この事件の黒幕はアイツらかも……って、あっそうか。まだ、何も説明してなかったっけ、という事は……」


 ちょっと考える様に首をかしげる。


「あーっ! ごめんなさい、助けてもらったお礼言ってなかったね。ありがとー!」

「それはいいんだけど、一体アイツら何だったの? それに事件がどうとかって……」

「ちょっと待って。追っ手が来るかも知れないから、場所を変えようよ」

「じゃあ、その前にコイツらを起こさないと」


 と、背後に倒れているブラザーズを、パゴッパゴッとメガ正宗でひっぱたいた。


「ちょっと、ちょっと?」


 晴海の心配をよそに、ブラザーズはムクッと起き上がり、首筋や腰をコキコキいわせながら、余裕の表情で立ち上がる。


「大丈夫。コイツらは特別に打たれ強くて、回復が早いんだ」

「ボケキャラは、強烈なツッコミにも耐えんといかん宿命だからな」


 ふーん、と晴海は怪訝けげんな表情をしながらも。


「とりあえず、詳しい事情を説明するから、人目に付かないところに行きましょ」



 *



「オレ、女子トイレに入ったの初めてだー」

「女子トイレは個室しかないんだな……。って、何でトイレ!?」 


 クラウドとブラザーズは晴海に連れられ、野球グラウンド脇の公衆トイレにやって来た。


「だって、人目に付かないし、女子トイレだったら、考古研も入って来れないでしょ」

「もし、強引に入ってきたら?」

「キャー、へんたーい! って叫んだら、もう入って来ないと思う」

「女子部員だったら?」

「その時は、男子トイレに逃げればいいじゃない」

「なんか、マリーナントカネットみたいだな」

「まあまあ」


 晴海は、こほんと咳を一つ入れ。


「じゃあ、まず。その2人はあたしの事知らないと思うから、自己紹介するね。あたし1-10の夏山晴海、よろしくね」


 ニコッと微笑む、晴海。

 ペコッとほっぺにエクボができる。

 その魅力的な笑顔は、おそらく誰もが見惚れるだろう。

 ここがトイレじゃなかったら。


「コイツらは、お笑いコンビの雨森ブラザーズだ」

「オレらってお笑いコンビだったのか?」


 自覚症状が無かったのか?


「色が白い方が雨森北斗、黒いのが南斗、オレらと同じ1年だ、よろしくしてやって」

「説明がぞんざいだなー」

「もっと、他に言うことあるだろ? 東中ヒガチューの『ダブルドラゴン』とか」

「その異名は初耳だぞ?」


 ブーブー文句を言う、ブラザーズ。


「で、結局、さっきの奴らは何だったんだ?」

「何で、あんな変態野郎どもに襲われなくちゃなんないんだー?」

「えっとね、先週の金曜日の放課後、うちの学校で生徒が大量失踪したの知ってる?」


 いきなり、物騒な事を言い出す晴海。


「いや、全然」

「何だそりゃー」

「そう、やっぱり一般生徒には情報公開されてないみたいね。会長をはじめ、生徒会役員15名が忽然と姿を消してしまったの。それで、あたしは彼らを捜索しているの」

「そういや、ここんとこ先生達が慌ただしかったんは、その事なんかなー」

「ははは、もしかして、誘拐事件だったりして」


 晴海はビシッと南斗を指さし。


「その通りよ、これは誘拐。集団による、計画的な犯行にちがいないわ」

「えー? もしそうなら、警察に頼むだろ」


 常識的な意見をのべるクラウドに。


「甘いわね、この事件の犯人が、警察の介入を許すと思う?」


 ドビシッと指さし、異を唱える晴海。

 甘いといきなり言われても困る。


「犯人は警察が介入すれば、人質の命は保証しないと脅して来た。学校としてもこの件が公になるのを防ぎたい。そこで、校長はある奇策に打って出た。それが、『この事件をゴールデンウイーク中に解決した者には、部費にボーナス100万円』という、各クラブに対する『おふれ』なの」

「えっ? あの正体不明の校長が?」

「夢みたいな話だなー」

「またまたー」


 突飛な話にいまいち信じられない3人。


「まじめに聞いてよー、ホントなんだから!」


 クラウドたちの態度に、口をとがらす晴海。

 怒った顔もまた可愛いので、おとなしく言う事を聞いてしまうクラウドたち。

 冗談を言ってるようにも見えないし、とりあえず最後まで話を聞く事にする。


「校長は、クラブ員たちを使えば、生徒会が家に戻らないのも一緒に合宿しているからとか言ってカモフラージュできるし、連休中ならPTAなんかもごまかし通せると踏んだんじゃないかなと思うんだけど」


 晴海は自分の推論を述べて、説明をしめる。


「へえ、謎の校長も考えたねー」

「それで、考古学研究部がいた訳か」


 この話を鵜呑みにして考えると、考古研は部費争奪戦の敵だと思って襲って来たと、納得の行く説明もつく。

 迷惑な話ではあるが。


「まあ、そうとばかりは言えないんだけど……、そういう訳で今、校舎には各クラブ員たちが潜んでいるはずよ」

「じゃあ、昼休みに付き合ってくれませんかって言ってたのは……」

「えっと……、消えた生徒会を探し出すのに、付き合ってって事だけど……、どうかした?」


 キョトンとした顔で言う晴海。

 後ろからポンポンと背中を叩かれる。

 振り向くとブラザーズが、にやあ~っと笑っていた。


「お前ら、ムカつくんだよ!」


 暴れるクラウド、逃げるブラザーズ。


「勘違いかよ……、やっと彼女ができたと思ったのにな……」

「元気出せよー」


 落ち込むクラウドを、なぐさめるブラザーズ。

 仲が良いのか悪いのか。


「じゃあ、夏山さんはどっかのクラブに入っているんだねー」

「あたし、どこにも入ってないよ」

「え? 部費とか関係ないのに、なんで生徒会探しをやってるの?」


 晴海は、ショルダーバックから茶色のフェルトの帽子を取り出すと、目深にかぶる。


「だって、あたし冒険家だもん♪」

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