第3話 おっぱい相対性理論

 雨森ブラザーズに指摘され、彼女の記憶をたぐりよせるクラウド。

 急な展開で、顔しか確認できなかったが、確かに胸の辺りは目立った感じではなかったような……。


「で、この由々しき事態にどう立ち向かうんだね、巨乳好きのクラウドくん」


 公衆の面前で巨乳好きと言われるのは心外だが、質問に対して、クラウドが出した答えは。


「あれだけ顔が可愛ければ、大丈夫。きっとオレは生きていける」

「うわ、こいつ妥協しやがった」

「さいあくー」


 ブーブーブー! と、ブーイングが起こる教室内。


「何だよ、こんなチャンスはめったに無いんだ、悪りーか! じゃあ、ブラザーズ、お前らの好みを言ってみろ!」

『女だったら何でもいい』

「どっちが最悪だよ!」


 雨森ブラザーズは白衣に着替えながら、ツカツカとクラウドに歩み寄り。


「そもそもだ、美人と巨乳は相反するもので、共存はしない!」

「そうだ、ルックスが美しくあればあるほど、カップは限りなくAに近づく」

「顔の良さと胸の大きさは反比例する。これを『おっぱい相対性理論』と名付け、我々は提唱する!」


 ブラザーズが黒板にxy軸の反比例のグラフを書くと、クラスの男子達は一斉にノートに写しだす。


「書くな、書くな」

「お前が夢見る、美人で巨乳なんて、二次元でしかありえないんだよ!」

「じゃあ、美人で巨乳のグラビアアイドルとかは、どう説明するんだ?」

「あれは、整形か突然変異種ミュータントだ」

「むちゃくちゃ言うな!」

「ちなみに、方程式はEoπいいオッパイ複雑な²ふくざつなじじょうだ」

「知らねえよっ!」


 雨森ブラザーズとクラスの男子軍団は、クラウドを取り囲み。


「と言う訳でー、我々『ラブのコメ妨害委員会』は、これからお前の幸せを全力で潰していく所存であります」

「何が、と言う訳か分からんけど、オレら親友じゃなかったっけ?」


 今すぐ、ウキウキぺディアで親友の定義を調べたいクラウド。


「お前だけに彼女ができるのは許せんからなー」

「じゃあ、あの娘に友達を紹介してもらうってのはどうだ?」

『我が良き友よ!』


 間髪入れずに、拳をガツンガツンとぶつけ合い、クラウド達は3人で笑う。

 友情大復活。

 そして、もの欲しそうに見ている、クラスの男子達に向かって。


「邪魔だ、お前ら! シッシッ!」

「散れっ!」

「お前ら、そのうち友達なくすぞ」


 クラスメイトを追い払う、雨森ブラザーズ。

 ため息を付きながら、たしなめるクラウド。

 このバカっぷりが、モテない最大の原因である事に3人は気付いてはいなかった。



 *



「ともかく、今年のゴールデンウイークは楽しくなりそうだな」

「お前、誕生日は5月5日こどものひだったもんなー」

「プレゼント忘れんなよ。それにしても夏山晴海さんか……どんな娘だろ?」

「なんか、元気がはじけてる! って感じだったけどな」


 突然、ゴミバケツがガパッと開いて。


「教えて欲しいでござるか?」


 ガタガタッと派手な音を立てて、クラウドもブラザーズも驚く。


「……雷也らいや!」

「どうしたでござるか?」

「どうした? じゃねえ。そんな所で何やってんだよ」

「いやあ、昼寝してたら外の様子が『らぶのこめ』で、出るに出れなかったでござるよ」


 ゴミ箱から現れた、精悍な面構えの少年、服部はっとり雷也らいや

 自称、忍者の末裔は、伸びをしながらハリネズミの様なオールバックの髪をざらりと撫でる。

 雷也は、筋肉質のかなり大柄な男。

 入学早々から格闘系部を道場破りして渡り歩く、武闘派だ。


「雷也はあの娘の事知ってんのかー?」

「忍者の拙者に分からない事は無いでござる」


 恥ずかしげも無く言ってのける雷也に、クラウドはすがりつく。


「頼む! 彼女の事を教えてくれ!」

「夏山晴海殿でござったな、まずは身長168cm、体重54kg、血液型はB型、南中みなみちゅう出身でござる」

「うわ、でかっ! オレと身長ほとんど変わんねえんだな。……って、その『美少女りすと』って何だよ」

「美少女順位は、学年7位でござる」

「へえ、あれで7位か。もっと上行っても良さそうだけどな」

「拙者の主観でござるが、胸囲が足りないでござる」

「……」


 微妙な表情のクラウドをよそに、雷也は解説を続ける。


「その美貌ゆえ、すでに何名かが言い寄っているようでござるが……」

「あんだけ可愛いなら、他に彼氏の1人や2人おってもおかしくないよなー」


 北斗のツッコミに、クラウドの表情が曇る。


「ところが、すぐに告白を取り下げたり、すとーかーまがいの連中さえもうんざりしたそうでござる」

「どういう事だ?」

「さあ、拙者もそこまでは」

「性格悪いのかなー?」

「そんな事はないだろ。俺の事が好きになるくらいだし」

「少なくとも趣味は悪いなー」

「なんだとっ! ……まあ、いいや。サンキュー雷也、参考になったぜ」

「女の子の事ならいつでも相談に乗るでござる」


 男前なセリフを言う雷也だが、彼も年齢と彼女いない歴はイコール。

 理由は言わずもがなである。


「まあ、夜になれば分かる事だ、今日の8時が勝負だな」


 クラウドは、拳を天に向けて、うっしゃあー! と突き上げる。

 そして、雨森ブラザーズは緊急サミットを開く。


「あのクラウドに彼女だぜ? なんか、話がうますぎるよな」

「明日が休みなのに、わざわざ今日の夜中にデート? 怪しい匂いがプンプンだよな」

「裏で何かの陰謀が蠢いていたりしてー」

「でも、夜の校舎であんな事やこんな事やー」

「え? ましてや、そんな事まで? するつもりかもしれないしー」

「よし、隠れてついて行くか。雷也、お前はどうする?」

「拙者は、ばいとがあるから無理でござる」


 ブラザーズの誘いにふるふる首を振る雷也。


「そうかー。じゃあオレらだけで行くか」


 首脳会議終わり。


 こうして物語の発端は終わる。

 夜に向け、それぞれの意思を固めるクラウドと雨森ブラザーズ。

 彼らはすでにトラブルの乱気流に巻き込まれている事に気付いてはいなかった。

 そして、雨森ブラザーズの推理もあながち間違ってはいなかったのである。

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