第2話 美少女からの告白
「あたしと、付き合ってくれませんか?」
5月2日。
昼休みは学生の憩いの時間である。
机を囲んで弁当を食べる者、一番人気の『カレー焼きそばパン』を求めて購買部に急ぐ者、世間話に花を咲かせる者など、若者らしい喧噪に満ち溢れている。
ゴールデンウイークの真っただ中、しかも5月3・4・5日の休みに加え、5月6・7日が土曜日と日曜日。
なんと、明日から五連休なのである。
学生達は皆、明日からのバラ色の日々をいかに過ごそうか浮足立っていたが、なぜか1ー1の教室だけはシンと静まり返り、クラスメイトは2人の動向を固唾を飲んで見守っている。
ウェーブのかかったボブヘアーの栗色の髪、透き通ったくりっくりの瞳。
形のいい鼻と唇が、小さなたまご型の顔に控えめに存在していて、とても愛らしい顔立ち。
身長は女子の平均に比べるとかなり高いと思われるが、ブレザーの上から見てとれる、スレンダーで均整のとれた体つきは、健康的で躍動感に満ち満ちている。
美少女と言っても過言ではない女の子が、とある男に冒頭の言葉で告白をしているのである。
一方、告白を受けている、そのとある男。
目鼻立ちが整っていない訳でもないが、寝ぐせぼさぼさの髪と、漂うやる気無さげな感じ。
『蔵人』という風変わりな名前とあいまって、女子にはウケがよろしくない。
彼女いない暦15年と11カ月29日のクラウドには、自分の身に何が起きているかを理解できずに、ただただ目の前の女の子を呆然と見つめている。
少女は上目遣いで、しかしながら凛とした眼差しで、告白の答えを待つ。
その魅力的な視線に抗う術を、クラウドが持ち合わせているはずもなかった。
「……オレみたいなのでよかったら、喜んで」
「ホント!? やったあ!」
少女は喜びの声を上げると、がばっと抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと」
突然の事にクラウドは情けない声を上げる。女の子とのスキンシップに慣れていないのだ。
「あははっ、ごめんね」
少女は体を離すと、悪びれずに自己紹介をする。
「今すっごいドキドキしてるー。あたし、1ー10の
「あ、オレ、三雲蔵人、よろしく」
クラウドもドキドキしながら答えると、少女はニコッと微笑みながら。
「知ってるよ、そんな格好しているの三雲くんぐらいなもんだもん」
と、クラウドが背負っている抹茶色のリュックサックを指さす。
オレってそんなに有名人だったっけ? クラウドの疑間を挟む間も与えずに。
「それじゃあ、今日の8時に校門の前で待ってるから、来てちょうだいね」
と言うと、少女はブレザーの裾を翻し、スッタカターと走り去って行く。
「えっ、今日の8時? ちょっと待った!」
「待ってるからねー♪」
少女は手をパタパタ振りながら、教室を去ってしまった。
あまりに唐突な出来事にクラウドは、ただただ呆然とする。
「行っちまった……。8時っていったら、もう夜しかないよな。どういう事だ?」
不思議な時間設定に首をかしげるが、もうそんな細かい事はどうでもいい。
クラウドは、今起きた出来事を頭の中で整理する。
「もしかして、このオレに彼女ができたという事なのか!?」
その時、迫り来る2つの殺気!
「
「
左右から同時に繰り出される、飛び膝蹴りとジャンプアッパーをかわし、クラウドはとっさの反応で地に伏せる。
ドゴッ、ガツン、あいたー。
結果、互いに相打ちし、着地を誤り2人は頭を強打した。
「痛いっ! 何すんだー!」
「この乱暴もん!」
「そりゃ、こっちのセリフだ!」
しかし、キノコ頭の雨森ブラザーズは、クラウドの反論にもお構いなしに、こぉおぉぉという怪鳥音と威嚇の構えを取る。
「見てたぞ、何だよあの娘はー」
「オレらに無断で、ラブのコメしてからにー」
「なんだよ、悪いか?」
「問答無用! 野郎どもやっちまえ!」
うおおおおおっ! という雄たけびと共に、クラス中の全男子生徒から消しゴムが投擲される。
クラウドを襲う、十数個の弾丸。
「うわ、うわ、うわ」
だが、クラウドは驚きながらもひょいひょいと首を振り、体をくねらせる事ですべての消しゴムをかわす。
「これはクリリンの分!」
雨森ブラザーズの片割れ、
だが、クラウドは背中のリュックから、柄付きの中華ナベを取り出し、フルスイングで打ち返す。
跳弾が双子の兄、
「うーわ! うーわ、うーわ……(ダウン時のエコー音)」
「あ、兄者ーーーっ!!」
*
「『もてナイトライダース』の仲間が減ったー」
いきなり現れて今は正座させられている、キノコのような刈り上げおかっぱ頭の2人は、雨森北斗・南斗兄弟。
通称、雨森ブラザーズという。
クラウドとは、家が隣の幼なじみであり、いつもつるんでいる双子。
彼女いない暦・15年以上という辛く苦しい境遇を共にし、計り知れない友情を培って来た、大親友の3人組である。
……はずであったが。
「そんなチームに入った記憶はねえよ。何なんだよ、一体」
「クラウドの裏切りもん!」
「オレらは、生まれた時は違えども、童貞を捨てる時は同じ日、同じ時と桃園で誓った仲じゃないかー!」
「そんな義兄弟の誓いをした覚えは無い!」
ちなみに双子の茶髪・色白な方が兄の北斗、黒髪・色黒の方が弟の南斗である。
一卵性双生児にも関わらず、これだけ区別が付き易いのも珍しい。
高校生なのに小学生と間違えられるルックスと性格。チビでたれ目。クソガキ。部屋も汚い。
彼女の出来なさにおいては、比肩するものがいない剛の者である。
クラウドは、クラスの男子とばらまかれた消しゴムを見渡し。
「あと、お前ら。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「つい、さっきだ」
「お前らが、甘々ムードを作っているスキに、クラスの男子全員と結託した」
そっぽを向いて口笛を吹く、クラスの男子達。
「モテない男の
臆面もなく早退しようとするクラウドに。
「ぴっきーん!(怒りの効果音)」
「じゃあじゃあじゃーあ、言わしてもらうけど、お前ホントにあの娘と付き合えるんか?」
「じゃあが多いな。どういう意味だよ」
「お前、男には気が強いけど、女の子相手じゃ、ほとんど喋れないじゃないかー」
うっ、と言葉を詰まらすクラウド。まさにその通りである。
クラウドの家は、東町の上沢中央商店街で『雑貨店』を営んでいる。商売人の家柄なので、客・男相手には威勢がいいのだが、女の子相手だとどうにも恥ずかしくて、まともに顔さえ良く見れない。
同年代の男子と比べてもかなり奥手な方で、その事に少なからずコンプレックスを感じていた矢先の、今回の告白劇である。
ちなみに、雨森ブラザーズの家は『銭湯』である。
「デートの時に会話を絶やしたらいかんし、軽快なギャグもかまさんと飽きられるぜー」
「彼女みたいに可愛い娘ならー、引く手あまただろうしー、他のイケメンに心惹かれちゃったら、勝つ事ができるんか?」
これも自信がない。今まで一度も女の子と付き合った事が無いので、デートのエスコー卜も、優しい声の掛け方も、恋の駆け引きさえも、どうしたらいいか全然分からない。
改めて言わると、つくづく女の子に弱い事を思い知らされて、ほとほと自分が嫌になってしまう。
「ほれほれ、なんか言ってみろよー」
クラウドは、ブラザーズに頭を両側から拳でグリグリされる。
「まてよ。良く考えると、お前らに言われる筋合いはねえよな」
開き直るクラウド。そもそも同レベルのブラザーズに言われたくはない。
「まだまだネタはあるぜー。お前、あの娘はタイプじゃないだろー」
「お前、オレらに言ってたじゃないか。付き合うなら、性格はゆるふわ天然お嬢様でー」
「清楚な黒髪ロングで、背はちっちゃくてー」
『そして、巨乳!』
2人は声を揃えて言う。
「ここ、今度のテストに出ます。ちゃんと覚えておくように!」
雨森ブラザーズは、黒板にデカデカと『三雲クラウドは巨乳好き』と書き、バンと黒板を叩くと、クラスの男子たちは一斉にノートに書き始めた。
「テストに出すな。つーか、メモをするな!」
クラスの女子達が、眉を顰めてヒソヒソ話をしている。
クラウドは、あわてて黒板の文字を消す。
そんなクラウドに、ボソッとブラザーズからの一言。
「あの娘、あんまり胸無かったぞ」
「……」
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