DAY6:塔京スラム防衛戦

「そんな流暢なこと言ってられねぇだろ!

 私は絶対に戻るって約束したんだ」


「話を聞け!止まれ!」


「うるせえ」


 止めるヒゲモジャの腕を振り払って私は、空飛ぶ乗り物に付属していた戦闘用の小型の機械に乗り込む。

 適当にボタンを押すと透明な膜みたいなものが丸出しだった運転席に被さり、外の音が遮断された。

 ツインゴールデンボウルに乗ったときみたいに勝手に身体が動く。

 足元にあるペダルを踏み込むとゴウ…という音が響き、私の乗っていた機械は徐々に前に進んでいく。


「おら!ハッチを開けろ」


 早く行かないと…早くなんとかしないと故郷に巨大陰茎たちがやってくる。

 そんなの黙ってなんていられない。


『…こちらはエリアJ・通称塔京とうきょうスラムの住人の避難を促す。

 時間稼ぎだけすればいい。いけ』


 魚の内臓を食べたときみたいな表情を浮かべたヒゲモジャの声が緑色に光るランプいから聞こえてくる。

 開いたハッチから飛び出す前に手を上げて彼の顔を見ると、眉間にシワを寄せながらも同じように手を上げるのが見える。

 こっちも向こうの言うことくらい聞くことにしてやろう。時間稼ぎをして、集落のみんなが避難したら戻ればいい。


「ちゃんと生きて戻る。だから…母さんを…集落のみんなをたのむ。ありがとうヒゲモジャ」


 空から見てみると、ヒゲモジャが焦っていた理由がわかった気がした。塔のてっぺんが見たこともないくらいキラキラと光っていて、塔の周りにいる巨大陰茎たちがお互い身体をぶつけ合ったり威嚇音を発している。

 家の窓から見えたのはこの一部分だったのか…と遠くに見える喧騒を見てゾッとする。


―右方向敵性反応多数

―推奨。

―旋回し塔京スラム方面への進行の阻止


 抑揚のない声の示したほうを見ると、塔の周りにいた巨大陰茎たちとは別の群れなのか、数匹が私の故郷の方へと木々を倒しながら向かっているのが見える。

 まだ距離はある。これなら被害も出さないで済むかもしれない。


 私は旋回をして集落へ向かっている巨大陰茎たちに近づくと操縦桿についているトリガーを引いた。

 パパパパ…と乾いた音が響き、何匹かの巨大陰茎が赤い体液を流しながら地面に横たわったのが見えた。

 これなら時間稼ぎどころかこのあたりにいる巨大陰茎を全部倒せるんじゃないか?

 そんなことを思った時だった。ピィィィィィィィィィィという聞き慣れた巨大陰茎の警告音と共になにかが私の視界の隅を掠めた。


「そんな…こんなところまでカウパーが届くなんて…」


―報告

―左翼に甚大な損害

―推奨

―速やかな戦線の離脱


 機体が傾く。恐らく翼をカウパーによって溶かされたんだろう。

 なんとかバランスを保たないと…。焦ってレバーやボタンを押して見るが次々と巨大陰茎の射出するカウパーは私の乗っている機体に命中し、機体の中はビィービィーという耳障りな警告音が鳴り響く。

 咄嗟に引いたトリガーからの射撃で残りの巨大陰茎は倒せたものの、ものすごい勢いで落ちていく機体は持ち直すことは難しそうだ。


―警告

―機体の損壊多数

―推奨

―速やかな投機からの脱出


「わかってる!」


 この声になにか言っても意味のないことくらいは私も知っている。

 何度押しても起動しない緊急脱出装置に苛ついた私は思わず音声ランプが吐いているところを思い切り殴って辺りを見回した。

 煙を吐きながら落ちていく自分の機体を…せめてあの塔にたむろっている巨大陰茎たちのもとへ持っていければ…。


―警告

―高度低下。敵性反応多数

―推奨

―速やかな投機からの脱出


 ガガガっとすごい衝撃が走り、右側を見てみると、塔がすぐ隣に迫っていた。

 折れた翼が機体と塔の間に挟まっていてギリギリ機体の搭乗部が潰されずに済んでいる代わりに綺麗だった塔の側面部はゴリゴリと抉られてるのがわかる。


『何をしてるんだお前は!避難は完了した戻れ』


「機体がカウパーまみれでもう保たないみたいだ。

 緊急脱出装置も動いてくれない…せっかく約束したのに守れそうもないみたいだ。

 悪い」


 ヒゲモジャの声も雑音が混じって聞こえなくなるし、機体の中もなんだか熱くて焦げ臭い。

 クソ…もっと私が強ければツインゴールデンボウルも壊さなかったし、生きて帰れたのかな。


 デカイ機体が落ちてくることに気が付いた巨大陰茎たちの威嚇音まで聞こえてくる。

 ガタガタと揺れる機体と視界の中、せめてなるべく多く巨大陰茎たちを巻き込んでやろうと私は最後の力を振り絞って操縦桿を握りしめた。

 地面がどんどん近付いてくる。

 塔を傷つけられて怒っているのか、これにぶつかったら死ぬとわかるくらいの知能はありそうな巨大陰茎たちは、死ぬことも厭わず私の機体への怒りを示すように鈴口からカウパーを飛び散らしながらピィィィィィィィィィィピィィィィィィィィィィと鋭い威嚇音を奏で続ける。


―…告

―緊急…出


「戻れなくてごめんねお母さん」


 抑揚のない女の人の声ももう聞こえなくなった。いよいよ最期のときだと、死ぬ前に来るであろう大きな衝撃に備えて目を閉じる。

 金属と硬いものがぶつかり合う音もバリバリと塔の側面が剥がれているだろう音も消えてフッと世界が真っ白になる。


「失敗したわー。

 まさか自分に記憶の起動方法を教え損なうなんてねー」


 一向に衝撃は来ない。それどころか呑気に話す女の声の幻聴まで聞こえてきた。

 ゆっくりと目を開けた私の目の前には海のような深い深い青色が一面に広がっていて、それが髪の色だと気が付くまでに時間がかかった。


「ここは…?

 あんたは?」


「はじめまして私。

 私は貴女わたしよ。

 海を司る愛の女神…哀れな化物を生み出し殺す役目を背負った者…」


 目の前に突然現れたやけに綺麗な夜の海みたいな髪の色をした少女は、夕焼けみたいな色の瞳で私を見つめるとにっこりと形の整った薄い唇の両端を持ち上げて微笑んだ。

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