DAY5:母の強さと想いのバトン
私達はどうやって生まれるのか…そんなこと考えたこともなかった。
赤ちゃんや子供を人が拾ってきて、それで一緒に集落で暮らしていくし、特定の子供だけを育てる人は親とか母とか言われるようになる。それだけだと思ってた。
ヒゲモジャがいうには、巨大陰茎が世界を破壊するまで…正確には世界を破壊し尽くしてからしばらく後までは、私達人間は男と女というものがあり、詳しく教えてはくれなかったし、ヒゲモジャも実際にはしたことがないらしいから聞けなかったけど犬や猫や昆虫みたいに交尾というものをして、子供を生むものだったらしい。
だけど、男性…つまり股間部に陰茎というものを持つ方の人間は、巨大陰茎が世界を破壊し尽くした後から徐々に生まれなくなったし、男性だけが発症する謎の病気が流行ったりして、世界から男性というものは消えてしまった…というようなことをヒゲモジャが話していた気がする。
「ワシはある人間のクローンなのだよ…と言ってもわからんか。
ワシと同じ顔、同じ記憶を持った個体がたくさん存在する…といえば君にもわかるか?
海神との盟約を果たすため…永遠にも近い時間がワシには必要だったのだ」
難しい顔をしてそんなことを話しているヒゲモジャの顔を思い出す。
あれから何回同じ話を聞いても、ツインゴールデンボウルは沈黙したままだったらしい。
機体が完全に治ってもツインゴールデンボウルは動かない。
「どうしたんだよツイン…ヒゲモジャにわがままを言ってかっこいい新武器も持たせてもらったんだぜ?早く一緒に巨大陰茎を倒そうよ…」
実際に呼びかけてみれば何か変わるかもしれないと、ツインゴールデンボウルの格納庫へ行って彼女に触れながら話してみても、彼女は相変わらず沈黙したままだった。
私の身体は想定よりもかなり早く治ったらしいのに…お前がいなきゃ私は結局無力で…巨大陰茎から逃げるしか出来ない弱い自分のままなんだ…。
ツインゴールデンボウルが沈黙した今、することもないと言われ、長期休暇を言い渡された私は久しぶりに生まれ故郷に帰ることを許可された。
いつでも連絡が取れるようにと、ヒゲモジャやあの抑揚のない女の人の声と話せる小さな四角い機械を渡されて私は森と岩に囲まれているあの小さな集落の近くへと空飛ぶ乗り物に乗って連れて行かれる。
「こんなこという雰囲気ではないかもしれないですが、良い休暇を…」
「ありがとう
一緒に空飛ぶ乗り物に乗ってきてくれたのは対巨大陰茎掃討部隊にいる時に私とよく話してくれた丸いガラスの装飾品を目にかけた杏里さんだ。
風になびく髪の毛を押さえながら私に手を振る杏里さんを乗せて、大きな鉄の塊は空高く飛び上がってすぐに見えなくなった。
「お母さん!ただいま」
「海夏弥!もう会えないかと思った…」
駆け足でよく知っている道を進んで、ゴチャゴチャとした埃っぽくて臭い大好きな集落の道を通り過ぎて私は真っ直ぐに母が待つ家のドアを開けた。
私がドアを開けると母は目を丸くしていただけだったけど、私が「ただいま」というと、こっちに駆け寄ってきて泣きながらぎゅうっと抱きしめてくれた。
なんだか甘い匂いとお日様の匂いと埃っぽい匂いが入り混じった懐かしい匂いと母の体温で安心して、私も母と同じように泣きながらぎゅうっと母の背に手を回して力を込める。
その日の夜、私は久しぶりに味のほとんどしない四角い石みたいなものじゃなくて、母が作ってくれた魚の塩焼きとお祝いのときにくらいしか食べないお米を食べて楽しい時間を過ごせた。
※※※
どれくらいたっただろう。まだ数日のような気がするし、そうじゃない気もする。
むしろ、あの対巨大陰茎掃討部隊にいたときの方が夢だったんじゃないかって思いながら私はぼうっと窓の外から見える塔と、その周りをもぞもぞとうごめいている巨大陰茎を眺めて過ごしていた。
「もうあなたを危ない目になんて遭わせない…。どこにもいかないでちょうだい。
お母さん、毎日毎日心配で…」
「ごめんねお母さん…でも、私は大丈夫だよ」
「戦いなんてしなくていいのよ…巨大陰茎からなんて逃げて逃げて逃げて…そうやって欲張らずにほそぼそと生きていけばきっと神様がいつか助けてくれるの」
母は、毎日私の顔を見ると悲しそうな顔をして私の頬に触りながら言い聞かせるようにそう話す。
そうだねっていうけど、なんだかモヤモヤすることが増えた。
今日もなにもすることはない。
窓の外から見える巨大陰茎はなんだかいつもよりも活発な気がする…なんて呑気に日向ぼっこをしてると急にビィービィーっとけたたましい音が鳴り響き、その音の大きさに驚いて腰掛けていた窓辺から落ちそうになりながら音の出処を探す。
服の胸ポケットの中に入っていた小さな黒くて四角い機械は、表面を赤く点滅させてずっと大音量で警告音を鳴り響かせる。どうやってこれ止めるんだっけ…。
とりあえず目についた小さな出っ張りの一つを押すとビリビリ!と手に痛みが走って思わず機械を落とす。そういえば護身用としても使えるようにってそんな機能があるっていわれてたっけ…。
痛みの調整をするボタンを操作して護身用の機能を止めて、もう一つの出っ張りを押すと警告音はやっと止まって、そのかわりに赤く点滅する表面の小さな穴から聞き慣れた声が、まるですぐ隣から話しかけられてるみたいに聞こえてくる。
「今すぐ一緒に外に出ろ!緊急事態だ」
四角い機械から聞こえてきたヒゲモジャの第一声はそれだった。
「は?」
バラバラとかすかに聞こえる空飛ぶ乗り物の音が、機械からだけじゃなく外からも聞こえた気がした私は、慌てて窓を開いて空を見ると、遙か上空に黒い点のようなものが見える。
簡単な荷物をまとめてハシゴを滑るように降りて外に飛び出そうとする私の前に母が立ちふさがったのでぶつからないように慌てて止まる。
「行かせないわ。
大切な海夏弥をもう危険な目に遭わせたくないの…。おとなしく部屋にいて頂戴」
「お母さん…」
どこから調達したのかわからないけど、真剣な顔をしている母の手には銃のようなものが握られていた。
震える手で母は私に真っ直ぐと銃口を向けて引き金に人差し指をかける。
「戦わなくてもいいの。
お母さんと逃げましょう…。床下の倉庫から外へ逃げる通路があるわ。そこからなら誰にも見つからずに…」
四角い黒い機械から何か声が聞こえて、空飛ぶ乗り物がたてる大きな音が近付いてくるに連れ、強い風が家全体を揺らしている。
「…わかったよ」
両手を上げてそういった私を見てホッとしたような顔をした母が、さっき言っていた床下の倉庫への扉を開けようとしたのを見計らって私は四角い小さな機械を母の首筋に押し付けて横についている小さなボタンを押す。
最大威力で放たれた護身用機能は、一瞬青白い光を母の首筋に放つと黒い煙を立ててボフと小さな破裂音を立ててうんともすんとも言わなくなり、母も小さなうめき声を上げて床に倒れた。
母の首筋はわずかに赤くなっているけどちゃんと呼吸をしてるみたい。よかった。
母が私を守って怪我をしたときも、ツインゴールデンボウルが動かなくなったときも私自身は何も出来なかった。
弱ければ逃げることも出来ないし、逃げることばかりしていたら大切な存在を守れない。
「ごめんね…。
絶対に戻ってくるから」
私は玄関のドアを開けると、空を飛ぶ乗り物からぶら下げられたハシゴに捕まって故郷と二度目の別れをした。
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