巨大宇宙おちんちん 地表

 激しい振動。

 カメラ保護のシャッターが全て閉じた為、VRゴーグルはスクリーンセーバーである海洋とそこに棲んでいた絶滅生物の映像が「しばらくお待ちください」というテキスト表示とともに流れている。


 宇宙おちんちん体が襲来してから二十年余り。その最初期に人類は宇宙おちんちん体の知性との接触を試みてはいたが失敗し、なんの意思疎通もできないまま開戦に至ったとされている。


 その後も、戦闘行為以外で宇宙おちんちん体と接触した例は記録がないし、時々ポークビッツ級の戦闘おちんちんが捕獲されることがあっても、彼らは母機から切り離されると一定時間で死んでしまう為、宇宙おちんちん体の知性やその行動原理についての研究は殆ど進んでいないのが現状だ。

 すなわち、これからウィルとルーに何が起きるのかは、全くの未知数だった。


 振動が収まる。

 どうやら中間圏、成層圏を抜けておちんちん惑星の対流圏に到達したらしい。

 強い気流で、ぐぐっ、と機体が横向きに流されるのをGで感じながら、ウィルはペロリと唇を舐めた。


「エイリス。聞こえるか相棒」

『はいウィル』

「機外カメラは動かせるか?」

『左翼2番のフードが開きません。凍結した模様』

「それ以外でいい、映像を入れてくれ」

『機外カメラ、オンライン』


「おおっ」


 ウィルは感嘆の声を出した。


 眼下に広がるのは真っ白な平原。

 なだらかな丘陵。

 大小の山岳と峡谷。

 近くの恒星の光を跳ね返し、キラリと輝いたのは氷……いや、河だろうか。


 切れ切れの雲を突き抜けて、二機の宇宙戦闘機はおちんちん惑星地表に向け滑らかに滑空してゆく。


「減速手段はあるか?」

『姿勢制御用スラスタの推進剤が使えます。ハーピー2も同様に』

「任せる。地表に敵影は?」

『索敵エリア内に敵影なし。不時着に適した地形を探知。不時着シークエンスに入ります』

「エイリス」

『はいウィル』

「着陸したら再離陸できるか?」

『残燃料、この惑星の重力、大気の状態から計算すると、当機の離陸および短時間の大気圏内飛行は可能』

「重力圏からの離脱は?」

『残念ですが』

「ま、そうだろうな。ハーピー2は?」

『機体コンディションが劣悪です。離陸は不可能』

「ヘビーだな」

『なんの質量がですか?』

「こっちのことだ。大気成分は?」

『組成割合の多い順に、窒素79.9%、酸素19.1%、アルゴン0.9%、その為0.2%』

「おい待て……それって」

『はい。若干酸素が少ないですが、地球型大気に非常に近い組成です。地表付近外気温摂氏17.1度。サンプリングした大気に有害バクテリア類は検知されず。データ上では、地球型人類は特別な装備なしに呼吸が可能と思われます』

「……どういうことだ?」

『データが不足。論理演算が成立しません』

「聞いてたか、ハーピー2」

『聞いてた。ヘビーなシチュエーションね』

「どう思う?」

『どうって……どうもこうもないわ。宇宙の巨大おちんちんの上で、死ぬ直前まで生きなきゃいけないってことでしょ。つまり、あなたと私で』

「ヘビーだな」

『ヘビーだわ』

 二人は笑った。

 地表が近付き、その景色の細部が鮮明に見えてくる。

『ランディング20秒前。ショックに備えてください』


 エイリスのナビゲートは正確だ。

 多少揺れたものの、二機は無事、人類未踏の未知なるおちんちん惑星に着陸を果たした。


『それで、なんの質量がヘビーなんですか?』




***




 ぷしゅ、と控え目な音を立ててキャノピーが開く。


 ウィルは首元の二重のファスナーを開けるとヘルメットを脱ぎ捨て、敵惑星の大気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ふっ、はあ……! どうやら大丈夫みてえだな」

『はぁ⁉︎ あんたもうヘルメット脱いだの⁉︎ ばっかじゃないの?』

「脱いで死ぬなら遅いか早いかの違いだけだろ」

『そりゃま……そうだけど』

「エイリス。俺のヘルスコンディションは?」

『平常時より心拍が6%、血圧が5.1%上昇していますが、概ね良好。生命維持に問題なし』

「だとさ」

『…………』

「サバイバルキットとライフルを忘れるな。チェンバーに装弾してから降りるんだ」

『生きて帰れたら本が書けるわね。サインしてあげる』

「本の中じゃ、絶望して泣き叫ぶ俺をお前が励ましたことになるんだろ。買わねーぞ」

『買えなんて言わないわよ。1カートン送ってあげるわ』


***


 パイロットスーツ、通信用のインカムマイク、トランシーバーとサバイバルキットのリュックサック、折り畳み式のカービンライフルといった出で立ちで、ウィルとルーは宇宙おちんちん惑星の地表に降り立った。


 見渡すと早朝のような白い空。

 肌寒い空気。

 霧のようなもやのようなガスが、一面に立ち込めている。

 白い地平。やや硬い、乾燥した地面。


「さて、どうするの? ロビンソン・クルーソー」

 ブロンドの若い女パイロットが隣に立って、ウィルと同じ景色を眺めながら言う。

「まずは水だな。上空からは河があるように見えた。河の近くに拠点を作ろう。詳しい探索はそれからだ」

「アイアイサー」

 ルーはおどけて大袈裟に敬礼して見せる。

「エイリス」

『はいウィル』

「ここから河までの最短ルートは?」

『約2.4マイル。PDAに推奨コースとマップを送ります』

「歩くの?」

「お前の機はもう離陸できない。俺の機の推進剤は、ここぞという時のために温存しとく」

「ここぞという時? 他の星の外交団の歓迎飛行とか?」

「ここにいてもいいぞ。キットの圧縮水は三日分ある」

「行けばいいんでしょ」

「出発だ」

「落ち着いたらリニアカーゴの路線作ってねパパ」

「誰がパパだ」


『仲の宜しいところ申し訳ないのですが……』

「「よくない!」」

『何か接近してきます』


 二人がサッと緊張する。

 ライフルを構えて背中合わせで周囲を警戒する。

 

「どっちからだ? エイリス」

『…………』

「エイリス?」

「必要ないわ。ウィル」

「なんでだよ」

 ルーは怯えた顔で、一方向を凝視している。

 ウィルがその視線の先を追うと、そこには小山のようなシルエットが音もなくこちらに向かって近付いて来ていた。

 見上げるような巨大な影。

 霧を掻き分け、姿を現したそれは、一本の、巨大なおちんちんだった。



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