エリア573-D 新型巨大宇宙おちんちん付近
『こちらサンダーバードリーダー。どうしたハーピー』
『こちらハーピーリーダー。エリック。ルーを助けて! あの子、敵を深追いして突っ込み過ぎてて、あの白い奴の重力に捕まったのよ! ビーコンで位置は分かるけど通信も途絶して……』
(モップ頭が、あの巨大おちんちんに……?)
ウィルはその通信で、自分の心臓の鼓動が速まったのを意識した。
『このままじゃルーが!』
『オクサーナ……残念だが協力できない。ハーピー2の生存は現時点で絶望的で、それを救助に向かう誰かの生存も絶望的だ。成立しない賭博に、貴重なパイプカッターとより貴重なパイロットの命を賭けることはできない』
『そんな……!』
『君たちも早く退避しろ。巻き込まれるぞ』
「こちらサンダーバード1。被弾した左のベクタースラスターノズルが任意に指向できない。残念だが離脱する。先に逃げてくれ」
『待ってくださいウィル。当機のシステムはエアコンのタイマー機能に至るまで全て正常です』
「ついでにAIのエイリスが最悪レベルで空気が読めない」
『フタバヤさん……』
『マジかよウィリー!』
『それは自殺そのものだぞ。正気か。サンダーバード1』
「さあそこんとこですが、自分にもよく分かりません。隊長は正気なんですか?」
『……サンダーバード2、サンダーバード3。帰投する。サンダーバード1。幸運を』
「ありがとうございます」
『帰って来たら営倉にぶち込んでやる。ハーピー2と一緒にな。オーバー』
「ベッドをツインに変えといてください。サンキュー、オールサンダーバード。幸運を。オーバー」
菱形の頂点を描いていた四機の戦闘機の内、先頭を飛んでいた一機がつい、ついと翼を振るように動いたあと、左に大きく旋回して隊列を離れていった。
***
「相棒っ」
『はいウィル』
「なんで宇宙に嵐が吹き荒れてんだっ?」
『正確には嵐ではありません。太陽風に似たエネルギーの風。原因不明』
「計器がおかしい、ノイズをなんとかしてくれっ」
『外的要因……具体的には敵・新型巨大宇宙おちんちんが発する断続的な強磁場が原因です。システム的な解決は不可能』
「こんちくしょーっ……」
いつもは自分の手足のように操ることが可能なパイプカッターが、今は暴馬のように言うことを聞かない。荒れ狂う磁場と光波に機体は軋み、全く予期しない方向に突然弾かれたように跳ね回る。
ウィルは力づくでその挙動を抑えつけるように操縦しながら、ハーピー2の機体ビーコンを目指す。
「見えた……」
視界は敵の巨大な母艦だか基地だかで埋まって真っ白だ。充分に接近すると敵・新型宇宙おちんちんは正に惑星サイズだった。大気があり、重力がある。
その対流する大気が描く白と灰色の濃淡を背景に、小さな黒い点が見える。
更に接近すればそれは三角形のシルエットで、更に接近すればそれは複数のスラスターと推進アルゴリズムによって複雑な形状にデザインされた複数の翼を持つ宇宙戦闘機だった。
「ハーピー2! 応答しろ! こちらサンダーバード1! 聴こえるか? ハーピー2!」
『…………』
「ハーピー2! ルー・オール! 寝てるのかこのモップ頭‼︎」
『…………』
「くそっ」
機体を寄せると被弾はしているものの、決定的な破壊には至っていない。エンジンは止まっているが、それでもそのままの速度を保つのが宇宙空間の物理法則だ。幸運なことにコクピット部分はそっくり無事に見える。
「エイリス」
『はいウィル』
「ハーピー2にデータリンクできないか?」
『実行中……データリンク完了』
「パイロットは?」
『バイタル安定。生命維持に問題なし。気を失っているようです』
「機体の状況は?」
『正副予備のコントロール系全てがモニターできません。また空間放電端子がやられています。自機の静電気を放出できなくなり、コンデンサ許容量を越えた静電気が機体そのものに逆流したものと推定』
「てめえが漏電バードじゃねえかバカ女が。遠隔で復旧は?」
『実行中……失敗。再試行……失敗』
「あの巨根の大気圏までは? 何秒だ?」
『255秒』
「この侵入角度だと燃えるよな?」
『燃えます』
ウィルは二秒間考えた。
「アレスティングフックを展開。リスクについての文句はいらん」
『了解。アレスティングフック展開。リスクについてはコメントを避けます』
機体下面の着艦用バーフックが45度の角度で展開する。
「行くぞ相棒。幸運を祈ってくれ」
『祈る相手を指定してください』
荒れ狂う嵐の中、ウィルのパイプカッターは勢いを付けるように身をよじると、制御を失ったまま巨大おちんちんの大気圏に向けて飛翔するハーピー2に向けて、真っ直ぐ突っ込んで行った。
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