戦闘宙域CL82536 エリア573-D
HYS-101c「パイプカッター」の単結晶チタニウムでメイクアップされた積層装甲キャノピーは、宇宙を飛び交う有害な電磁波をほぼ100%カットする。勿論パイロットに取って有益な、例えば可視光線も。
パイロットは機体各所のカメラ映像を視界半球に再構成して表示するVRバイザーを頼りに外界の情報を得て、戦闘機動を行う。
それはパイロット周囲の270度を視野角球面に貼り付けて表示する両眼視差立体視ヘッドマウントディスプレイで、機体コンディションその他の様々な情報のインジケーターも兼ねる複合戦術マン・マシン・インターフェース・モジュールである。
そのディスプレイ上で、自分たちの機が綺麗な菱形を描いているのをウィルは確認した。
『さあ仕事だ雷鳥たち。オープンコンバット。フォーメーションA。俺たちは四機で一羽の鳥だ。いつもどおり、互いの位置関係を意識しろ』
「了解」『了解』『了解』
『ハーピーと共に敵左翼を突く。切り崩したら中央を引っ掻き回してRTB。補給して再出撃だ。中央は状況がホットなようだ。流れ弾に当たるなよ』
『索敵範囲内で敵、ポークビッツ型2415、ウィンナー型618、フランクフルト型171。敵陣形はアローヘッド。陣形長は約180マイル』
「スッカスカの布陣だな。これなら切り崩すのはパンケーキを食うより簡単だ」
『油断するなサンダーバード1。グレムリンはパイロットのあくびに微笑むんだ』
「了解」
暗黒の宇宙に花火のような閃光が無数に輝き、直線を描いて交差する。
HYS-101cの固定武装であるGAU-108フッ化クリプトンレーザー「リベンジャー」は生体兵器である宇宙おちんちんの表面を焼き切り、バイオリアクターを沸騰させ、漆黒の虚空に無音の水蒸気爆発を生む。ハッカ油ストライカーの由来ともなったAIM-9000濃縮還元ハッカ油トゥーピド「スーパーウナコーワ」は然るべき部位に着弾すれば、一撃でフランクフルト級宇宙おちんちんをも轟沈する薬効を与えられていた。
チカチカと瞬く光の直線。
ぱっ、と花のように咲く爆発のフレア。
それは音の無い交響曲のように、無限の宇宙の片隅でそこに居る生命の悲喜交々を楽器にしながら、激しくもどこか切ないハーモニーを奏でた。
***
「これで、22っ!」
ウィルはカウントしながらコントロールスティックのトリガーを絞る。
バイザーに投影されたターゲットクロスの向こうで、ウィンナー級宇宙おちんちんが半ば両断されて絶命し、くるくると回転しながら視界の外へすっ飛んで行く。
「アーメン!」
『いいぞウィル。こりゃ今月は俺たちが最多撃墜チームのまま逃げ切りだな』
「無駄口叩いてないで仕事しろコーバー。俺は弾がもう切れる。ポイントマンを代わってくれ」
『隊長』
『いいだろう。一旦補給に帰る。ポジションチェンジだ。トンフゥは現在ポジションで二人をカバー』
三人が了解の旨を返答しようとした瞬間、非常回線から叫ぶような通信が割り込んで来た。
『緊急! 緊急! 戦闘宙域全機へ! エリア573-Dに重力震! 敵集団がヒステリック・アウトして来ます! コードU! ユニフォーム! ユニフォーム!』
「エリア573-D⁉︎ ってここじゃねえか!」
『おいおいマジかよ』
『新しい敵集団……⁉︎』
『まんまと嵌められたな。フニャチンどもの
「了解」『了解』『了解』
その時だった。
キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!
音の無い筈の真空の宇宙に、耳をつんざく女の悲鳴がこだまする。
敵である宇宙おちんちんが跳躍航法──いわゆるワープ航法──を用いた時に生じる次元の裂け目から発生する空間波動だ。空間そのものを引っ掻くこの波は、ウィルたちには高周波の悲鳴のように認識されるのだった。
『重力震のマグニチュードが6.8⁉︎ 何個艦隊が来たんだ⁉︎』
「どれたけ来ても関係ねえ。クジラに帰ってこっちもヒステリック・ジャンプで逃げるだけだ」
『撃墜されちゃ撃墜賞のアルコールチケットも貰えねーからな』
『いや、違う』
隊長のエリクソンの声は淡々としていた。
『艦隊じゃない』
その場には似つかわしくないほどに。
彼らの眼前の宇宙がベコリ、と大きく凹む。次の瞬間、視界一面に巨大なヒビが入る。ディスプレイでも、カメラレンズでも、機体でも、もちろんノイズやエラーによるものでもない。
空間にヒビが入り、そこかしこから空間が破片となって飛び散って行く。
【 ギャア……ッ! 】
潰された牛のような叫びと共に空間の壁は沢山の塊に砕けて大穴に変わり、そこから次元を細かく振動させながら、巨大な白いキノコ状の物体がゆっくりとまろび出て来た。
『識別にない。新型か?』
『推定質量が1.89×10の27乗キロ⁉︎ 衛星……いや、惑星サイズだぞ』
『全機180度回頭。最大戦速。逃げるが勝ちだ』
「マップ兵器掃射とか勘弁だぜ」
『落とせば大金星だがな』
「コショウふって合成肉パテが爆発するなら、引き返して戦ってみてもいいけどな」
ウィルがコーバーの冗談に軽口で応えた時。
『見てください! あれ!』
宇宙に横たわる巨大なキノコ状物体から離れようとする友軍とは裏腹に、敵機は逆にそのキノコ状物体に集まってゆく。
(奴らの母艦……いや、基地なのか……?)
ウィルがその様子を振り向きながらそんな感想を抱いた時。
ズゥン、と白いキノコの周辺が歪み、それに蟻のように群がる小型おちんちんを吸い込んでゆく。
『異常な重力波を検知。回避、撤退を推奨』
「今やってるだろ。ウエポンベイのトゥーピドをリリース。全力で逃げるぞ」
自機のAIに苛立たしげにウィルが答える。
そのヘルメットのインカムに、ノイズ混じりの切れ切れで、他のチームからの救難信号が届いた。
『メーデー、メーデー。こちらハミングハーピー。誰か助けて! ハーピー2が! ルーが……!』
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