第63話 掃除婦

 映画を観に行った。

 階段を掃除している掃除婦がいる。

 1段…1段掃除機をかけている。

 マスクをしている、顔を見られたくないのだろうと思った。

 気持ちが解る…僕も派遣やアルバイトで顔を見られたくないから…


 メガネをかけた、痩せた老婆、白髪を染めて短く小奇麗に整えられている。


 チラリと合った目…

 見覚えがある。

 かつて僕の恋人であった女性。

 かべの隅にもたれ掛って、しばらく陰から見ていた。


 涙が零れた。

 彼女を、あぁしたのは僕だ。

 僕は彼女の人生に踏み込んで、結局ボロボロにしてしまった。

 アレから10年以上経っている。


 下を向いて高い背を曲げて掃除する姿…


 僕に関わらなければ…きっと違う人生が…


 僕は、改めて思った。

 幸せになってはいけないのだと。

 僕は、惨めに生きて、惨めに死のうと思う。


 口には出せない…逢うこともできない。


 だからせめてアナタより惨めな人生を歩んで、

 だから…最後に僕の死に様を見て、笑ってくれればそれでいい。

 ざまあみろと…いい気味だと…


 だから…僕は…幸せにはならないから…

 この先ずっと…ずっと…

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