白い部屋
zabu
どうしてこうなった。
目覚めると背中が痛い。床は固く冷えていた。
僕は真っ白い部屋の中にいた。なんだここは。
広さは僕の住んでいるアパートの半分に満たない。三畳くらいだろうか。壁は石膏のようで、床、天井と同じように美しい正方形だ。部屋の中には何もない。どこだここは。
不自然に静かな空間は、今まで感じたことが無い程、自分という存在の輪郭を鮮明にさせた。
試しに大きな声を出してみる。僕が出した全力の叫び声は、壁の白色に吸い込まれていった。
意味が分からない。ここから出るための策を考えなくては。
昨日の自分を思い出す。なぜこんなところに僕はいるのだろう。
たしか酒を飲んでいた。最初は一人で。何の気なしに立ち寄った飲み屋で、ビールを飲んでいた。そうだ、その前に恋人と喧嘩をしたんだった。酒は強くない。二杯も飲めば酔いが回る。
・・・・そうか、あの女か。一人で良い気持ちになっている僕に、脈絡なく話しかけてきた見知らぬ女。背が高く美しいあの女。
女から話しかけられて浮かれた僕は、言葉を酒にまかせた。話さなくても良いような事を話したような気がする。その間、女は優しく微笑み、そして時折うなずいた。
そこからの記憶はほとんどない。
「さあ、行きましょう。」
あの女がそういった事を耳が覚えていた。
あの女はとてもマッドなサイエンティストだった・・・?それか特殊な性癖の持ち主。
とにかく、僕は美しい狂人にお持ち帰りされ、この奇妙な部屋に閉じ込められた、と考えるのが妥当だと思う。今のところ。
僕をどうするつもりなんだ。こんなにも冴えない男を捕まえて。
あれこれ考えているうちに随分と時間が過ぎた。もしもこの部屋の中に、時間という概念が存在すればの話だが。
突然、真っ白なだけだった床から、何かのレバーのようなものが突き出てきた。それは徐々に大きくなり、ある一定の長さで止まった。誰が見ても何かがおかしい。
レバーを手前に倒したら何が起こるのだろうか。皆目見当もつかない。ただ、今の僕に与えられた選択肢は他に無かった。
レバーに手を伸ばしながら、このふざけた部屋は自分の精神の中なのではないかという事に気づく。現実の裏返し。夢や妄想に近いやつ。
僕という人間は、何か思い切った行動をとるのが苦手だった。人生の重要なチャンスも、みすみす見逃してきた。冒険することのない保守的な人、そういう男だということは自覚しているし、長い事付き合っている恋人からもよく言われる。
このレバーを倒せば、現実の僕は動き出す。そんな気がしていた。何が起こるのか、何を起こすのかは全く分からないが、やってみるしかない。多分僕は、重要な決断を下さなければならない状況なのだろう。
まずい。レバーが縮みはじめた。考えるのはもうやめだ。
・・・なんだこのレバー、妙に柔らかい。何かを暗示しているのか?
僕は力いっぱい、レバーを手前に引いた。
目が覚めると腰が痛い。ベッドは柔らかく湿っていた。
隣には美しい女。なるほど、そういうことか。
白い部屋 zabu @bsaameto
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