第5話
東北に帰る新幹線に乗っていると、無性に寂しくなってきた。
家に着いてからも気分が晴れる事は無かった。
一人で抱えるのが辛くなってきた。麻里江ちゃんに話してみた。
けれどもコラムの事を伏せて話すのは難しいと思ったので、この際コラムの事も話す事にした。
私が雑誌でコラムを連載している事。
お笑い芸人のラジオに出演した事。
そしてその後二人で飲みに行った時の事を話した。
麻里江ちゃんは、黙って私の話を聞いてくれた。
「飲みに行って、私はお笑い芸人にとっては大勢の中の一人だと感じた。やっぱり、って思った」
私は、あんまり深刻な空気にならないように、そう云った。
この時、麻里江ちゃんは初めて言葉を発した。
「本当にそう思っているの?」
麻里江ちゃんの目は、真剣だった。
「本当は、辛くなかった?」
麻里江ちゃんの感情が溢れだしそうな目が、自分の心の中を見透かされているようでとても嫌だった。
「雪ちゃん、今までそうやって、色んな感情を飲み込んできたの? どうして? いつから?」
私の本名は小林雪という。
さすが麻里江ちゃんだ。何もかも解っている。麻里江ちゃんに嘘は通じないと思った。
私は小さい頃からずっと、自分の本音を飲み込んできた。
誰かと話している時、場の空気を壊したくないという気持ちが優先して、その場に合った発言を探すようになっていた。
本当はそんな事思っていなくても、とりあえず単語を並べていた。
気付いた時には、自分の本心を発言する事を躊躇するようになっていた。
私がこうなってしまった原因を探るかのように、幾つか質問をしてくる麻里江ちゃん。
「ゆっくりでいいよ。答えたくない事は、答えなくていいよ」
麻里江ちゃんの質問に答える前に、落ち着こうと思った。
お笑い芸人への感情について整理した。
愉しいトークで、お笑い芸人へ異性としての感情が芽生えた。
連絡先を断られた事で、否定されたと感じた。
本能的に、【大事にされなかった】と受け取った。
恐らくこれは、私が育ってきた環境と重なったのだろう。
今までの私だったら、こんな風に考えたりしない。
否定されたと思い込んだ気持ちのまま、【私は大勢の中の一人】と自分に言い聞かせて、自分へのダメージを軽減しようとした。
「雪ちゃんの中に、まだ子ども時代の雪ちゃんがいるんだね」
根本を見ようとしないから、同じ過ちを繰り返してしまう。
そういえば私はいつだって、大事なものを壊してしまう。
さっきだって、私の事を真剣に考えてくれている麻里江ちゃんの事を一瞬、嫌だって思ってしまった。
麻里江ちゃんの質問に、ゆっくり答えてゆく。
〇●
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