第11話 人の皮を被った悪魔
—1―
9月4日(火)午後3時24分
家と学校の中間地点に佐藤平治とタエの家はある。
私と奈緒は、真実を確かめるべく、畑と田んぼしかない田舎道をひたすら走る。
昨日もちょうどこのくらいの時間に本を読みながらこの道を歩いていたっけ。そうしたらタエに声を掛けられて。
昨日のことなのに遠い昔の記憶のように感じる。それだけ色々なことが起こった。
はあ、本当に嫌になる。
平治とタエが所有する畑の前に来ると、私と奈緒は足を止めた。
荒くなった呼吸、額から出てくる汗、それらに構っている暇はない。
平治とタエを見つけなくては。
「畑にはいなさそうだよね。家の方に行ってみる?」
奈緒が服の袖で汗をぬぐい、畑の奥に見える大きな一軒家に視線を向けた。
2人で生活をするには大きすぎるように思えるが、元々は息子夫婦と孫と一緒に暮らしていたらしい。
タエが孫のことを楽しそうに話していたのが懐かしい。
「そうだね。行こっか」
畑にいないとなると、家か家の周辺だろう。どちらにもいない可能性もあるが、1つずつ潰していくしかない。
畑と畑の間にある細道を2人で並んで歩き、家へと向かう。
と、その途中で信じられないものが目に飛び込んできた。
「り、凛花……あれって」
「うん。多分そうだと思う」
奈緒が声を震わせ、私が頷いた。
結果から言うと、探していた人物は見つかった。しかし、遅かった。
平治が仰向けに倒れ、タエがうつ伏せに倒れていた。
喉を掻き切られていて、腹も複数回刺されているみたいだ。2人の赤黒い血が畑の上に水溜まりを作っている。
体から血が流れ出ているところを見るに、まだそれほど時間が経ってはいないようだ。
「うっ、おえっ」
急に胃液が込み上げてきて、思いっ切り畑に吐いた。
奈緒は死体から目を逸らしていた。涙を流している。
「誰がこんな酷いことを」
政府はこのゲームに干渉しないと言っていたから、村の中に人を殺すような悪魔が潜んでいるということになる。
ペアを組んでいるから悪魔は1人じゃなくて2人。
「全然わからない」
殺人なんて、みんなそんなことをするような人じゃない。
何かトラブルがあって殺してしまった?
宝箱を巡って争いが起きた?
それを確かめようにも平治もタエも死んでしまっているので、答えてくれることは無い。
「奈緒、平治さんとタエさんは可哀想だけど、宝箱を探そう。村の人に会ったら注意しつつ、この出来事を伝えよう。悔しいけど私たちにはそれぐらいしかできないよ」
「う、うん。そうだね。なんでこんなことを」
奈緒がチラッと、平治とタエの死体を見てからすぐに視線を外した。
それから、私と奈緒は畑の脇に生えていた花を摘んで2人の横に置いた。手を合わせて目を閉じる。
数秒後、ほぼ同時に目を開くと何も言わずに畑を後にした。
—2—
9月4日(火)午後2時20分
時は、凛花と奈緒が遺体を発見する1時間ほど前に遡る。
志賀奈美恵と矢吹由貴のペアは、佐藤平治とタエが所有する畑の中を歩いていた。
「本当にやるんですか?」
「やりたくないならやらなくてもいいのよ。別に私がやれと命令している訳じゃないんだから。奈美恵、あなたがどうしたいかなのよ」
由貴が薄く笑みを浮かべ、親指と人差し指で眼鏡のつるを押し上げる。
赤く縁どられた眼鏡。そのレンズの向こうに見える瞳は暗く、一切笑っていない。
「それにしても平治さんとタエさんの畑は広いですよね」
「そうね。少しくらい土地を分けてくれてもいい気がするわね。どうせ2人じゃ持て余しているだろうし」
じゃがいも、にんじん、きゅうり、トマト、ナス、大根。
この他にも季節によって様々な種類の野菜を育てている平治とタエだが、由貴の言う通り畑の全てを使用している訳ではない。
歳ということもあって体力面できついのだ。無理せず育てられる範囲で野菜を育て、食べきれない分は村の住民に配っている。
奈美恵もタエからよく野菜を貰っている1人だ。
「そうしたらタエさんから野菜の作り方を教えてもらって、一緒に何か作るのもいいかもしれませんね。タエさんの作る野菜は美味しんですよ。矢吹さん、食べたことあります?」
「ええ、昔は食べてたわ。それよりあなた、今からやろうとしていること本当に分かってるのよね?」
「あー、はいはい! 当たり前じゃないですか。もう私はやるしかないんです」
奈美恵の手に握られている包丁が太陽の光に反射して輝いた。
奈美恵と由貴がそんな話をしていると、奥の方から平治とタエが歩いて来た。
奈美恵が反射的に包丁を持っている手を背中に回す。
「どうです? 宝箱は見つかりましたか?」
人懐っこい笑顔で奈美恵が2人に声を掛ける。
「ううん、まだだよ。家の周りを探したんだけど無かったよ。奈美恵ちゃんと由貴ちゃんは見つけたのかい?」
「いいえ、どこにあるのか大体の見当はついているのでこれから行くところです」
由貴が奈美恵と話している時に比べてややかしこまった口調でそう答えると、手錠で繋がれている手を垂直に引いた。
それは、あらかじめ2人の間で決まられていた合図だった。
「タエさん」
「なんだい?」
「ごめんね」
奈美恵がタエの首元目掛けて包丁を横に振るう。
タエは、それを防ぐ間もなく首を切られた。ただ傷は浅い。首元を押さえて倒れるタエ。
手錠で繋がれている腕が引っ張られて平治も地面に倒れた。
「いきなり何をするんだ! 儂らが、儂らが一体何をしたと言うんだ」
平治がタエに覆いかぶさるようになって守る姿勢を見せる。
驚き半分、怒り半分といった様子だ。
「平治さんは何も悪くないんだよ。悪いのは私。いや、違うな、こんなゲームを強引に始めた政府かな」
奈美恵が平治の脇腹に蹴りを入れ、タエから引き剥がした。
由貴は何もせず、奈美恵の動きに支障が出ないよう手錠で繋がれている手にだけ意識を集中させている。
「待って、待ってくれ。何が望みだ? 儂にあげられるものなら何でもやろう。だからそれをしまってくれないか?」
平治に馬乗りになった奈美恵。
平治の喉元に包丁の先が迫る。が、寸前のところで奈美恵の手が止まった。
その姿を見て、由貴が奈美恵の顔を覗き込む。奈美恵の目からは一筋の涙が流れていた。
「奈美恵」
「ああああーーーーー!!!」
由貴に名前を呼ばれ、奈美恵が叫びながら包丁を振り下ろした。
平治の喉元から噴水のように血が噴き出し、奈美恵がそれを顔に浴びる。生温かい、べっとりとした血。
奈美恵の顔から感情が消えていく。
「うっ、うっ」
ガシャガシャと平治の手錠が動き、タエの呻き声がすぐ隣から聞こえてくる。
片方の手を首元に当て、手錠で繋がれている手は奈美恵から逃げようと必死に引っ張っている。
しかし、逃げることはできない。ペアは2人で1組。運命共同体なのだ。
血で赤く染まった手が奈美恵の服を掴む。
老人と20代。力の差は言うまでもない。
それでも人は死を目の前にすると予想以上の力を発揮したりする。火事場の馬鹿力というやつだ。
タエが奈美恵に乗りかかり、しわしわの手で首を絞める。
ペアを組んでいる相手がこれほどのピンチだというのに、由貴は助けに入る素振りすら見せない。
「ぐぐっ、ぐっ」
目を見開き、歯を食いしばり、なんとか耐える奈美恵。このままではそう長くは持たない。
その時、奈美恵の腕がタエの腹目掛けて一直線に振り上げられた。
タエが首から手を離すまで何度も何度も繰り返し包丁で腹を刺す。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「奈美恵、もう終わったわよ」
タエが動かなくなってからも動きを止めない奈美恵の体に由貴が触れた。
「そ、そうだったの、か」
タエを横にどかして奈美恵が立ち上がる。
2人分の血を浴びて、上から下まで血だらけだ。
「これで私は犯罪者ね」
平治とタエの死体を見て、奈美恵がぽつりと呟いた。
「どう? 気分は?」
「なんでだろう、不思議と悪くないです」
「フフッ、あなたも立派に狂ってるわね」
呆然と立ち尽くす奈美恵を見て、由貴が楽しそうに笑う。
「これだけ汚れちゃったら人前に出るのは難しそうね。池で水浴びをするかお風呂にでも入って綺麗にしないと」
「矢吹さん、誰か来ます」
由貴が池に入るかお風呂に入るか考えていると、奈美恵が向こうからこちらに向かって走ってくるペアを見つけた。
「子供が2人。凛花と奈緒ね。まだ距離があるから気付かれていないはず。いったん逃げるわよ」
「はい」
由貴と奈美恵は、平治とタエの家の方向へ走り、凛花と奈緒と遭遇することを避けた。
由貴と奈美恵、2人の影から繰り出される攻撃は、この先しばらく続くことになる。
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