第10話 新たな恐怖
―1―
9月4日(火)午後2時47分
「清さんと健三さん、もの凄い早さで山下って行ったけど何かあったのかな? 銃声? みたいなのも聞こえたし」
奈緒がそう言いながら、しゃがんでベンチの下を見る。
なんの予備動作なく、急にガバッと動くもんだから私の腕がぐいっと引っ張られてバランスを崩す。なんとか転ばずには済んだけど、手首やら腕やらがとにかく痛い。
何度目かはもう数えてないけど「手錠で繋がれてるんだから気をつけてよね」と、言ったのがつい10分前くらい。
そのあと数分でまた同じようにぐっと引っ張られたので、もう諦めて奈緒になされるがまま、振り回されることにした。
言っても直らないのならいっそのこと自由にさせとけ、ってね。
一応、宝箱は真剣に探してくれてるみたいだし。
あれから、集会場の前で克也と小町と別れてから2時間以上が経つ。
私と奈緒は、色々あって宝箱を探しに山の中に入った。でも、いくら探しても見つけることが出来なかった。
本当に村の中に8個も隠されているのだろうか。
いつまでも同じ場所を探していても効率が悪いので、そろそろ家がある方に戻ろうとした時。
遠くで岩渕清と今野健三が山を駆け下りていったのが見えた。
奈緒と2人で顔を見合わせて「どうしたんだろう」と、言ってから後を追うか迷ったけれど、結局宝箱を優先することにした。
どのみち私と奈緒の脚力では追いつけなかったと思うし。
そうそう。今は宝箱について考えなきゃ。
「ねぇねぇ、凛花さーん。おーーい、凛花ってばー!」
「あっ、ごめん奈緒」
いけない。いけない。考え事をしているとつい周りが見えなくなってしまう癖があるんだよなー。
「もう! おこだよ。奈緒ちゃん、おこになるよ。いいの?」
奈緒が頬を膨らませ、ぶんぶんと腕を振っていた。
手錠で繋がれている私の手も奈緒の腕を振るスピードに合わせて勢い良く上下に揺れる。
もう、そんなに激しく振り回されちゃったら脱臼しちゃうよ。
奈緒が言う「おこ」とは、まあ簡単に言うと機嫌が悪くなるとか怒っている状態のことを指す。
奈緒の場合は、風船のように頬を膨らませ、機嫌が直るまで会話もしてくれなくなる。
首を縦に振るか横に振るかぐらいはしてくれるけど、ペアを組んでいる以上、意思の疎通が出来ないとなると結構厳しいものがある。
だからここは、奈緒の機嫌を損ねないように気を遣わなければ。
「ごめんね奈緒。宝箱のことについて考えててさ。後で家にあるお菓子あげるから、おこにはならないで」
「お菓子!」
お菓子と聞いて奈緒の目の色が変わった。
私より1つ年上でこんなに可愛いのに、思考回路はお子様というかなんというか。ちょっと残念だなと思う。
私にしてみれば扱いやすいからこのままでいいんだけど。
「おっと、それくらいで私が許してあげると思われても困るなー」
珍しく奈緒がぐっと踏みとどまって強気に出てきた。
ならばと私が追い打ちをかける。
「じゃあ、冷蔵庫の中に入ってるプリンもあげちゃう。これでどうだ!」
「うぐっ、ぐぐぐっ、ま、参りました」
奈緒が膝から崩れ落ち、頭を下げた。降参のポーズだ。
こうして、長い茶番は幕を閉じた。
「はぁー、面白かった。凛花のこれでどうだ! って何あれ」
奈緒が肩を震わせて笑う。
奈緒の歯を食いしばって「ぐぐぐっ」と、言ったところもなかなかだったと思うけどと言ったら、奈緒は「迫真の演技だったでしょ」と、ドヤ顔をしてきたので反応に困った。
「で、何の話だっけ?」
「宝箱だよ宝箱」
「あっ、そうだそうだ宝箱だった」
この女、本当に忘れていたみたいだ。
数分前まで宝箱探しをしてただろうに。
「政府の織田さんは、宝箱について何も言ってなかったから、現状色も大きさも分からないんだよね」
「村の中から探し出すとなると大変だよね。もう見つけたペアとかいるのかな?」
「どうだろう……ゲーム開始から3時間になるし、いてもおかしくはないかもね」
そう言いながら村の中を歩いていると掲示板が見えてきた。
村の中に掲示板は2箇所ある。1つは集会場。もう1つは私の家から北に5分くらい行ったところだ。
奈緒にあげるお菓子とプリンを取りに家に向かっていたので、掲示板の前を通るのは必然。
そういえば、政府の織田が今回のゲームから掲示板に連絡事項を張り出すことがあるため、こまめにチェックしておくようにと言っていた気がする。
「えっと、なになに——」
奈緒と一緒に掲示板を覗く。
掲示板には、1枚のA4用紙が画鋲で留められていた。
【ゲーム続行不可能の為、佐藤平治、佐藤タエが脱落。残り20人】
「ちょっと待って、なにこれ?」
見間違いかと思ってもう1度最初から読み直す。
だが、どうやら見間違いではなかったらしい。
「ゲーム続行不可能の為って何?」
奈緒が分かりやすく頭の上に疑問符を浮かべている。
私もその言葉が何を意味しているのか分からない。
それより、
「平治さんとタエさんが脱落って」
ゲームを続けることが出来なくなったという意味だろうけど、平治もタエも病気をしていないし、怪我もしていなかった。
昨日だって、学校帰りに平治とタエが所有する畑の脇を通ったら元気に畑仕事をしていた。
タエに「お母さんに持ってって」と、声を掛けられ、ビニール袋がぎゅうぎゅうになるぐらいきゅうりとトマトを持たせてくれたりもしたのだ。信じられない。
脱落という言葉の後には、必ず銃声が聞こえていた。
だが、今はその様子はない。
何か、新しいことが始まろうとしている?
「凛花、平治さんの家に行ってみる?」
真実を知りたいならそれが1番手っ取り早いか。
平治とタエが家にいるという可能性は決して高くはないが、老人の足腰だ。そこはたかが知れてる。行動範囲もそれなりだろう。
「行こう。2人に何があったのか知る為に」
この時はまだ知らなかった。選別ゲームとは別の、新しい恐怖がすぐそこまで迫っているということに。
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