第17話 これはイベントではない! 断じて!!
今現在、ハルカが課題として行っている事が三つある。
それが光魔法の強化、この世界の文字の理解、そして乗馬の習得だった。
一応、それぞれハルカ自身が必要と思ってのことなのだが、最後の乗馬に関してだけは、シルヴィアとルシウスから条件がつけられてしまった。
それが『信用できる指導者をつける事』だったのだ。
シルヴィアもルシウスも乗馬はもちろん習得済みなのだが、素人に教えられるほど馬の扱いに長けているわけではない。そこでリヒャルトに白羽の矢が立ったというわけだ。
初めは難色をしめしていたリヒャルトも、ハルカの熱意に負けて指南役を引き受けてくれた。
もう何度か乗馬を経験したハルカは、約束の時間前には動きやすいスラッとしたパンツスタイルに着替え、足取りも軽く厩を目指した。
校庭を抜け、さらに奥にある立派な建物が厩だ。貴族も通う学園なだけあって、馬はステイタス。馬番を家々から常駐させているほどの管理ぶりで、ここの馬達は見たかぎりかなり幸せそうだ。
快適でなければ、実力を発揮できないって主がちゃんと分かっているのだ。
それは馬に乗ってみて心底理解した。愛情持って接していないと信頼関係なんか築けない。
厩にはハルカよりもさきにリヒャルトがきていて、馬達にブラッシングをしてやっていた。きっと準備の為に早くきてくれたのだろう。
「今日はありがとうございます、リヒャルト様」
声をかければ、リヒャルトが振り返って爽やかな笑顔を見せた。
「いーって、いーって! 俺もコイツらに会いにくる口実になるしな!」
騎士となれば馬は死地を共にする相棒。リヒャルトはバルカス家から愛馬を何頭かつれてきているのだ。そのうちのニ頭にたずなをつける。
「鞍の着け方は前に教えたっけか?」
「う……………教わりました。が、不安です」
「ははっ、やりやりするうちに覚えるって。それに多少もたついてもアカツキは大人しくしててくれるさ」
「はい! アカツキは、本当に良い馬ですね!!」
「だろ? まっ、俺のラィディンには劣るけどな!」
主人が他の馬を褒めたので拗ねたような顔をする愛馬を、リヒャルトは軽く叩いた。馬とは本当に賢い生き物だ。
ちなみにハルカが乗るアカツキという馬は、一目見て大好きになってしまった美しい栗毛の馬だ。アカツキにはリヒャルトの愛馬、ラィディンほどの力強さはないが、逆にしなやかさがあった。
名前にも縁を感じたが、アカツキというのはこの国の北部での古い言葉に由来しているとか。
「今日もよろしくね、アカツキ」
目を見て言うと、アカツキはブルルッと鼻を軽く鳴らした。
ハルカは何とか鞍を着け終え、自力でアカツキの背に乗ることができた。かなり下手くそな乗り手であるのにアカツキは微動だにせずに待っていてくれる。本当に優しい馬だ。
「ありがと。じゃあ、いこっか?」
腹を軽く蹴ると、アカツキはゆっくりと動き出した。
その動物独特の振動に初めはてこずったが、今ではアカツキの動きにあわせて、どこにどう力を入れるべか分かってきた。
「お? いい調子じゃん。今日はちょっと遠出してみるか?」
「はい! お願いします」
さすがに駆けさせることはしないが、リヒャルトは普通のペースでラィディンを操って丘を目指す。ハルカもその後に続いた。
「しっかし、物好きだなー。女が一人で馬に乗りたがるなんて」
「そうですか? 乗れた方が便利でしょう」
「普通、ご令嬢は馬車だろ? それに、いざってなったら男が相乗りすりゃーいいんだし」
「でもそれじゃあ、自分で行きたいところに行けないじゃないですかー」
軽く言ってはいるが、これは切実な問題だ。今後の事を考えれば、自力で乗れるようにしておいた方が絶対にいい。
「……………………まるで誰かさんみたいだなー」
苦笑いするリヒャルトにハルカは思い出した。
そうだ、このリヒャルトは、妙なフェミニズムを持ち合わせている男だった。それは彼の婚約者に起因するのだが。
言ってしまえばこのリヒャルト、か弱くて守ってあげたくなる女性が好みなのである。騎士道精神を完全に履き違えてる。
でもってヒロインのハルカにそれを重ねてるとか、正直ふざけんな、とか思ってしまうけど。
でも、何故か単独で乗馬を教わることは、シルヴィアやルシウスにも反対されてしまった。ハルカ一人では危険だと。
そんなに危なっかしく見えるのかな? と、ハルカは不満だ。
無理しない程度なら、なんて言われるとよけいに絶対に乗れるようになってやるッ! という気分になってくるというもの。
そりゃあヒロインは守られる存在だけどさ、と、ハルカは考えた。
シルヴィアとのスペックの差は仕方がないとしても。なんともいえないモヤモヤがハルカの胸にある。
そんな考えごとをしているハルカの横で、リヒャルトが寝言としか思えないことを言っていた。
「あー、俺としては、じゃなくて! 男としてはさ、好きな女は愛馬に乗っけて駆けてみたいっつーか。
なんだ? ほら、ハルカさえよかったら」
寝言は自室のベットで寝ながら言うべきだ。てゆっか、その続きをハルカは言わせない!
「リヒャルト様! 私、ちょっとアカツキを駆けさせてみたいです!!」
「へ? お? おおぉおっ!?」
ハルカはリヒャルトの返事を待たずにアカツキの腹を蹴った。
ぐんっと、アカツキの動きが力強いものに変わり、振動は激しくなったが、ハルカはちゃんとアカツキにあわせてその背にいることができた。
ああ、やっぱり誰かに乗せてもらうなんて冗談じゃない、とハルカは思う。
というか、リヒャルトのそのイベントは起こさない! そんなのの為に乗馬を教わっているわけじゃない!!
さすがはリヒャルト、初心者でも大丈夫な道を選んでくれてある。平坦なそれをアカツキはテンポよく駆ける。
うん、そうだ。守られたいわけじゃないんだ、と、アカツキを操りながらハルカは感じた。
自分がしたいこと、それには何が足りないのか、を。
この世界でハルカはヒロインで、圧倒的に戦う能力がないのは解っている。でも―――――――。
あんなのを見るのは、もう嫌だ、と。
ハルカの胸に刻まれているのは、生徒会室に倒れ伏していたシルヴィアだった。
イベントの前、彼女は平気だと言っていた。自分一人で対応できる、と。でもハルカは呪具を無効化してすぐに彼女のもとにむかった。
シルヴィアの無事を確かめるまでは、油断してはいけないと思って。
今、思い返してもゾッとする。もしあの時、自分が彼女のもとへ行かなかったら。
シルヴィアもエリーナのように狂ってしまっていたかもしれないのだ!
彼女は自分の慢心が招いたのだと言っていたけれど。
ハルカは、自分がもっと頼れる存在だったら、と思わずにはいられないのだ。
もっとハルカに力があったのなら。
シルヴィアはハルカを頼ってくれただろうか。
焦燥を振り払うようにハルカは手綱を引いた。アカツキはちゃんとハルカの指示に従ってスピードを緩めてくれる。
そんなこと考えるより、まず力をつけるのがさきだ!
「………………俺が相乗りするまでもないな」
追い付いたリヒャルトの言葉に、ハルカは笑顔で頷いた。
「はいっ! 私は一人でアカツキに乗る方がむいてますので!!」
そのイベントは絶対起きない! 起こさせない!! というハルカの気持ちは伝わらないにしても。
「ほらなー、抜け駆けになんないってーの」
というリヒャルトの呟きは、まあ、的を射ているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます