第16話 片っ端らからフラグはへし折ります
ヒロイン、常葉遥の朝は、意外にも早い。
というかテレビもゲームもないのでは、日が暮れたら寝るしかない。よって自然と早起きになる。意外でもなんでもなかった。
薄明るくなってきた空を眺めてハルカは伸びをする。
「うーん、涼しくなってきたなー」
開け放した窓から、ひんやりと秋を感じさせる空気が入ってくる。この世界に来た時は夏だったというのに時の流れは早いものだ。
何のかんのしていたら夏が終わってしまった。というか、この世界に夏休みという概念はないようだ。
どうやら冬休みはあるらしい。そして聞くところによると、春休みがやたら長いらしい。
しかし、全寮制だから休みなんてあってないようなものだ。
そもそも、異世界から召喚されたハルカは帰る場所もないので関係ない。いや、まあ、寂しくないわけではないのだが。
………………うん、頑張ろ! と、心のなかで気合いを入れて、ハルカは日課となっている朝のお祈りをはじめた。
これはお祈りというより光魔法の強化の一環なのだが、一応ハルカはお祈りだと思ってやっている。
さすがに光魔法なだけあって朝の発動率は格段に良い。自分の周りにある光の気配に意識を集中させ、魔法を発動させていく。
効果音でもあればキラキラキラと音が出そうな光の粒がハルカを中心に出現した。それを徐々に広げて、部屋の三分の一ほどまで大きくしてみる。今のところ、そこらへんがハルカの限度だ。
それができたら、広げたものを一気に凝縮してみる。
これが案外難しい。手の平サイズを目指しているのだが、サッカーボールぐらいの大きさになってしまう。うむ、今日はバレーボールくらいにはなった。
「ふーーーーーーー!」
あまりやり過ぎると気力がごっそりなくなって、午後からへばってしまうのは学習済み。だから、このあたりで終了。
けして怠けているわけじゃない。継続が大事なんだ。
朝のお祈りがすんだら、ハルカは着替えをして食堂へ行く。
当然、朝一番のりだ。
「おはようございます!」
食堂の厨房に挨拶の声をかければ、威勢のいい声が返ってくる。
「おはよー、聖女様! 今日はナスが良いよ! さっき採れたて!! 炙ってあげるから、待ってなー」
ハルカは食堂のおばちゃんから、何故かとても可愛がられている。
『聖女様』と呼ばれるから、異世界からきたことは知っているはずだ。もしかしたら、そのあたりの事情を可哀相だと思ってくれているのかもしれない。
「うわー、美味しそう!」
甘辛なタレをかけた炙りナスの匂いに、ハルカのお腹が鳴った。
「今、スープもつけたげるからね」
「わ! 今日のスープ、カボチャ!? やったーーー!」
この世界の食事は基本的に洋食に近い。
しかし野菜は多めだ。庶民舌のハルカにはありがたい。
というか、この学園の食堂の料理はハルカにとってとてつもなく美味しかった! さすが、お貴族様も通う学園ということか。
あまりの美味しさにハルカが感動していたら、いつの間にか食堂のスタッフに顔を覚えられてた。…………可愛がってもらえてるのはこの食い意地の所為かもしれない。
ちょっとすっぱい黒パンをカボチャのスープに浸して食べる。
あー、美味しー。でもってナス超うまー。炙ってタレかけただけなのに、何この美味しさ、わんだほー。と、幸せ全開で朝ご飯食べていたハルカだったが。
あぁ、面倒なヒトタチを発見。てゆっか、発見されちゃったみたいだな、あちゃー。と、幸せ気分をブチ壊されることになってしまった。
やたらに爽やかな美男子二人組が、ちょうど食堂へとやってきたのだ。
ハルカが朝ご飯を早くに食べに来るようになったのは、彼らと鉢合わせしないようにする為だったりするのに。
「ハルカ、今日も早いな!」
赤髪の、いかにも体育会系お兄ちゃん、な、リヒャルトが気軽にハルカに声をかけてきた。
騎士団長のご子息な上、その気さくさが女子にウケているらしい。面倒見が良いには違いないんだけど。
「朝早くから活動するとは感心だな。さすがは聖女だ!!」
やたらキラッキラしているこの方は、これが素。とてつもなく面倒臭い。
お馴染みのエドワード様の相手が、ハルカにはもうかなりシンドかった。と、思っても、顔に出したら淑女失格。シルヴィア仕込みのスマイルでハルカは二人に挨拶した。
「おはようございます、エドワード様、リヒャルト様。お二人も早いですね」
「おう! 朝稽古があったからな!!」
「ああ、良い稽古ができた。やはり朝に身体を動かすのは良いな」
どうやら剣の鍛練をしていたらしい。幼馴染みでもある騎士団長子息と皇太子の仲はたいへん良く、同学年ということもあり一緒にいることが多い。
こうしてると立派に見えるんだけどなぁ、と、ハルカはつくづく思う。
二人は間違いなく努力家だ。剣の腕も勉強も、毎日の積み重ねがなければああはならない。
才能も勤勉さも持ち合わせているからこその、文武両道。通常時の彼らならば、ハルカだってフツーっに尊敬できるというのに。
こと恋愛になると、途端に頭のネジが吹っ飛ぶとか、ホントどーゆーこっちゃ、だ。
闇魔法の影響もあるのだろうが。それにしても、周りが見えなさ過ぎでない? と、ハルカは思ってしまう。
ってゆっかね? 貴方達が話しかけてくるから私ぼっちなんだよ? 女子からは嫌われまくりで、男子からは遠巻きにされてるんだよ!? と。
今となっては、むしろぼっちを貫いてるハルカだったけれど―闇魔法の被害者をむやみに増やすわけにもいかないので―それでも、この現状を辛く思わないわけじゃない。
なんていう、心の叫びは綺麗に笑顔で隠して、ハルカは朝食をさっさと食べ終わる。
「お先に失礼します、エドワード様、リヒャルト様」
席を立ったハルカに、食べはじめたばかりの彼らは明らかに残念そうな顔をした。
「食後のお茶でも飲んでいったらどうだ? せっかく朝早いんだし」
しかしハルカはリヒャルトの提案を速やかに却下した。
「部屋にもどって予習をしておかないと。異世界でも勉強をサボるのはよくないですから」
実際、嘘じゃない。ルシウスから文字を教わっている最中だ。ハルカはその本を後で読むつもりだった。絵本だけど。
「あ! ならば、私が」
「ルシウス様がっ! 教えてくれると約束してくれましたので!!
エドワード様に教わっては、先に約束したルシウス様に悪いです」
「む、むう。そういうことなら仕方がないな」
エドワードはまだ何か言いたそうにしていたが、ハルカはさっと席を離れた。
「では、ごきげんよう」
すぐにでも二人から離れたかったハルカだったのだが、
「あ! そうだった。ハルカ、乗馬の件なんだけどな、今日の午後に付き合えるぞ。どうする?」
というリヒャルトの言葉に足が止まり、ぱっと彼のほうを向いた。
「もちろん! お願いします!!」
そのハルカの嬉しそうな顔に、リヒャルトは若干、気まずそうな顔をした。
「おー、じゃあ、また午後になー」
「はい。ではまた、午後に」
ぺこりと頭を下げて食堂を出ていくハルカの後ろから、
「リヒャルト、抜け駆けはなしだと決めただろう!」
「分かってるって。というかなー、抜け駆けになんのか? アレ」
「ええい! いいか、忘れるなよ? ハルカは『聖女』であり、皆の友人だ!」
「だーかーらー、分かってるって!」
という、真に不毛な会話が聞こえてきたが、ハルカは気にしなかった。
二人の友情にヒビを入れる気なんかさらさらないし、むしろ二人とも願い下げだから!! 逆ハールートに突入している今となっては、好感度を上げる気なんかないもんね! 下げないように気をつけるのみだ!!
よって!! フラグは片っ端らから叩き折らせていただきます!!!!
というヒロインの固い決意は、残念ながら脳内に花畑ができている攻略者―二名のみ―に伝わることはなかった。
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