第6話 異世界に召喚とか、ゲームかライトノベルでしかありえない
常葉遥がこの世界に来て、まず思ったこと。それは。
うん、これは夢だ、だった。
だって遥はその直前まで学校にいたのだ。
高校一年の待ちに待った夏休みが始まって。やったー、今日からゲーム三昧、徹夜するぞー、なーんて階段駆け降りていたら、浮かれすぎて階段を踏み外して、意識はそのままブラックアウト。
で、気づいてみたら「召喚魔法」だとか言われて。夢だと思っても仕方がないというもの。
でも、超美味しいご飯食べて、ふかふかのベッドに横になって、朝になって。そこがまだキラキラファンタジーのままで。
そこでようやく遥は、「あれっ? これって夢じゃない??」と気づいたというわけ。
で、遥が次に思ったのは――――え? これってゲーム? それともライトノベル???? だった。
だって異世界に召喚とか、そうじゃなきゃありえない。と、考えた遥はもれなくオタク、腐女子に分類される。
しかもお風呂に入ったら、何か見覚えのある制服に着替えさせられるし、王立魔法学園ってのに行かなきゃいけないって言われるし。
でもって極めつけは迎えにきたヒト。よく思い出せば、召喚された日にもいた気がする青年だ。
金髪碧眼で、やたらキラッキラした、ザ! 王子様なイケメン。
それを見た遥は気づいた。あ、これ乙女ゲームだな、と。遥の腐女子センサーが発動。
しかも皇太子? え、次期、王サマ? まって、そのエドワードって名前にも聞き覚えあるよ? なんて思いながらガタゴト馬車に揺られて。
見えてきたのは何か見覚えのある建物で。そこで遥は「んん?」と考えて、それから思い当たった。
そう、乙女ゲームだ! そもそも常葉って、あのゲームのヒロインの名前じゃん。なんてこった! と!!
そんなわけで、ヒロインこと常葉遥は、学園の門の前に立つ頃には、この世界が『君といた刹那』、つまり『キミセツ』のゲームの舞台だってことを、すっかり思い出せていたのだった。
よかった。ほんと、この時点で思い出せて。遥は心の底から安堵した。
と、いうのも、この『キミセツ』、もうタイトル『キミ殺』じゃない!? ってほどヒロインが死ぬのだ。
バッドエンドは死亡確定。ルートが確定してからも、うっかりすると死ぬ。ヒロイン殺したいんでしょ!! ってくらい、死ぬ。
それに恐ろしい事実に遥は気付いた。
自分は今まで『キミセツ』なんてゲーム、やったことがないってことを。
じゃあ、何故、遥は『キミセツ』をこんなに知っているのか。
そもそもヒロインと名字が同じって時点で、あれっ!? とは思ったんだ。
そう、遥は『キミセツ』をやってない。しかし、そのゲームに心あたりがある。そして、こんなトンデモ展開だ。
遥は推察した。つまり、この『キミセツ』の記憶は、前世のものなんじゃないか、と。
前世持ち。あったね、そんな設定。と、遥は他人事のように思った。
かくして、常葉遙は知った。
これはゲームだけどゲームじゃないということに。このゲームでの死は、自分の死だということを。
クイックセーブもロードもないのは確認済みだ。そして、たぶんリトライもない。怖くてそんなもの試せないが!!
そんなわけで、若干チート感はあるんだけど記憶をバンバン活用して生き残るって方向性を固めた遥は、学園に着くなりさっそく皇子をまきました。
誰かに見つかったら「迷子になりました」って言えばいい。実際、ゲームじゃそんな流れだったからね!
一応、人目を避けて目指した裏庭に、やった、いた! 遥が発見したのは、学園一優秀な魔道師のベイゼル・ロバート!!
黒髪の長髪を緩く束ねた眼鏡のイケメンで、確か三年生、十八歳だったはず。しかし、温和そうに笑ってるけど黒魔術感ハンパない。
実際、彼は腹黒設定だったしね!
別段、遥の好みでもない彼との出会いイベをここで発生させたのにはわけがある。というより確認に近かった。
だってこのイベントは、攻略者のベストエンド全てを見ないと発生しない、逆ハールートだったから。っていっても、この時点でルートが確定するわけじゃないんだけど。でも選択肢は多い方がいい。
ロードもリトライもないんだから当たり前かもしんないけど、ヒロインの選択肢は全部解放されていると遥はみた!
そうして無事にベイゼル様との出会いをはたして、遥は門へと引き返す。迷子だと言い訳をしたので、ベイゼルが案内してくれた。
うーん、シナリオ通り。とすれば、門で皇子が待ち構えているハズ。と、遥が予想していた通りだった。
でもって、案の定、皇子が学園を案内すると言い出した!
ええと、と頭をフル回転させて遥は『キミセツ』を思い出す。
確かここで、図書館に行けば宰相の息子のルシウス、校庭へ行けば騎士団長の息子のリヒャルト、そして研究塔へ行けばベイゼルとの出会いイベが発生するんだったっけ。
でもベイゼルとはもう出会っているし。熱血系よりどっちかっていうと知的クール系の方が遥は好みだったりする。よって図書館に行きます。
そしてやっぱりシナリオ通り、イベントが発生しました。
ルシウスは栗毛のサラサラな髪で、本当に綺麗な顔をしていた。
さすがに皇子には負けるけど、王子様って感じ。さらにいえば、クール系の切れ長なエメラルドの瞳がカッコイイ。なんて遥は見惚れてしまった。
基本自分がバカだと知っている遥はこういう男性に弱い。釣り合わないのは百も承知だけどね!
で、ここで出会いのイベントは終わりだった。本当だったら皇子ともう一人で話が進むはずなんだけど、逆ハールートの布石を打ってあるので、遥は三人を引き連れて寮へと行くことになる。
だがしかし! ここで重要キャラとの出会いイベがあるんだ!!
乙女ゲームといえば、の! ライバル令嬢!! 超絶美女の公爵令嬢シルヴィア様だ。
しかも皇子と同学年、つまり遥より一つ年上のお姉様。楽しみすぎる。
わくわくしていた遥の前に優雅に現れたのは。
何コレ? 何コレ!? 綺麗すぎでしょ! もう女神の域ですよ、コレ!! ってな具合に、遥のテンション上がりまくりの美女だった!
さすがは姉弟、サラッサラの栗毛、いやルシウスよりちょっと明るめのそれは、まるで細工物みたいに編みこまれてて、でもって白すぎる肌に完璧な配置で揺れている。
しかも、遥を見つめるエメラルドグリーンの瞳ときたら! つり目は確かに気が強そうな印象を与えるけれど、その奥に知的な静かさがあって、もう完璧! これぞご令嬢って感じ!!
遥がぼぅっと見とれていたら、皇子に紹介された。
慌てて頭を下げて、ここで遥はちょっと変だなって思った。
だってシルヴィア様って、ゲームじゃ初めっからヒロインに敵意むき出しで嫌味を言ってくるのに、その気配がなかったから。
思わず「どうかしましたか?」って尋ねたら、変な感じに誤魔化された。
それに言われていることも嫌味に聞こえなくて、あれ? こんなだっけ? もっとパンチのあること言ってたハズなんだけど? と、内心で遥は首を傾げた。
でもその時は、原因は分からなかったけど自分が前世を思い出しちゃったせいで違っちゃってるのかな? って、深くは考えなかった。
だって、シルヴィアは皇子イベントでことごとく出てくるし。あの綺麗な顔でエゲツナイ台詞言ってくれるんだーって、わくわく、じゃなくて恐れてたのが、まさか肩透かしに終わるなんて遥は思いもしなかった。残念とか、少し悲しくなったりなんかしないやい。
ではなくて。そこで遥は本格的に変だって気が付いたのだ。
シルヴィアがするはずだった嫌がらせは、何故かモブキャラがこなしてくるし。でもシルヴィアは全然絡んでこないし!!
それでも事はゲームのシナリオ通りに進んでいくのだから、変どころじゃない。不気味だ。
しかもルシウスまで姉のシルヴィアを疑いだすしで。
何かおかしくない? というより嫌がらせって、本当にシルヴィア様の指示なのかな? と、遥が疑問に思ったのは自然なことだった。
それとなく―仮病を使って授業サボって―調べてみたら、シルヴィアは仕事をしなくなった皇子のかわりに生徒会の仕事をしていて超多忙だった。
働けよ、皇子! と、遥は思わずツッコミたくなったが我慢した。
シルヴィアは学園では生徒会室に、寮では自室にこもって仕事をしている。これじゃあ嫌がらせの指示を出す暇なんてなさそうだ。そもそも嫌がらせしてきた生徒とも接触している様子もない。
これは冤罪説、濃厚だ。
さらに、ゲームだったらシルヴィアがヒロインに泥を引っかけるイベントだったけれど、逆に助けてくれた。もう確実。
遥は理解した。彼女はヒロインに嫌がらせなんかしていない。
で、そこで遥はまた恐ろしいことに気付く。
シルヴィアは徹底的にヒロインを避けている。嫌がらせから遠ざかっている。のに、犯人にされている。
あの皇子、ほんと、聞きゃーしないのだ。でも皇子だけじゃなく、ルシウスまでって。異常な程の、シナリオ通り。
ねえ、これってシナリオ補正なんじゃない? なにがなんでも、あの『キミセツ』のシナリオ通りになるようになってるんじゃない? と、遥は考えて。
もうゾッとした。泣きたくなるくらい遥は絶望した。
だがそれと同時に、気になったのがシルヴィアだったのだ。
だって、この世界が『キミセツ』のシナリオ通りに進んでいるのだとして、そこから外れた行動をしてるのは遥と彼女だけだったから。
もしかして、シルヴィア様も前世持ち? と、遥はようやくそこで思い当たって。で、なんてゆーか、遥はショックだった。
自分が特別だとか思ってたつもりはなかったけど、やっぱりどっかでそういう風にこの世界をゲームだって見下してたんだって、遥は思い知ったのだ。
シルヴィアが前世持ちだったら、自分と同じだったらって考えて初めて。あの人、これから死んじゃうかもしれないんだ。でもってそれを必死で回避しようとしてるんだって、遥は考えることができた。
シルヴィアが、いや、ここの世界の人達が『生きてる』のだと、遥はこの時に実感したのだ。
シナリオ通りとか、ほんと何様なの私、と。
保険に、と、フラグを立てておいた逆ハールートだったけど正解だった。だって逆ハールートならシルヴィアは死なずにすむから。
シルヴィアが前世持ちじゃない可能性もある。それは遥も分かっていた。
でも、皆、必死で生きてる。世界のシナリオの中でも。
だったら、ちょっとでも誰も死なない方に進まなきゃダメじゃん! と、この時点で、遥の意志は決まった。
たとえシルヴィアが前世持ちじゃなくても、彼女から死の未来を遠ざけよう、と。
とりあえず確認はしたくて、シルヴィアとコンタクトはとった遥だったが。
そしたら、さすがはシルヴィア、すぐに遥が前世持ちだと見抜いた。でやはり、シルヴィアも前世持ちだったんだ。やったね!
もうやることは一つだった。
悪役令嬢とヒロイン、この二人が協力して、理不尽なゲームを誰も不幸にせずに終わらせる!!
賢いシルヴィアは遥が逆ハールートのフラグを立てていることまでちゃんと分かってた。すごい分析力。
でもって、シルヴィアについて遥が分かったこともあった。
シルヴィア様って、ちょっとヌケている。頭が良すぎるせい? それともみくびられてるのかな? なんて遥は思ったりした。
しかも、彼女、すごく素直なトコもあるんですけど。すんなり謝っちゃうとか! 綺麗で完璧にみせかけて、このギャップ。罵られるのもよかったんだけど、これはこれでかなりイイ。綺麗なお姉様バンザイ! という感想は、もちろん遥の心の中に止めてある。
しかし、すんなりヒロイン信じちゃうとか本当に大丈夫? これで裏切られたらどーすんの! とか遥は不安に思ったものの。
そんなことはとっくにシルヴィアは承知の上だと、遥はすぐに思い当たった。
賢い人だから、きっと分かった上で遥を信じようとしてくれてるのだ、と。
だから遥は全てをシルヴィアに話した。戒めも込めて。
自分がこの世界をどう思ってたか。シルヴィアの命を、どう考えてたか。今は、どうしたいのか。
シルヴィアは、そんな遥の言葉をちゃんと受けとめてくれた。やっぱり、シルヴィアはすごい人だ。そして優しい人なのだ。
だから、頑張ろうと、遥は決めた。
面倒でも、死亡率が上がっても、シルヴィアと二人で生き残ろう、と。
目指せ四マタ。攻略者、全員をたぶらかしてや!!
世界のシナリオを欺いて、きっと二人で生き残ってやるもんね!
そう誓った常葉遥は、乙女ゲームにしてみたら間違った方向にその後も闘志を燃やしていく。
が、ヒロインとしてはある意味正しい気質なのかもしれなかった。
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