第5話 生徒会室での密着イベントは何故か悪役令嬢と発生しました

 それは、まったく不意打ちでの再会だった。

 仕事をしなくなってしまったエドワード殿下の所為で、毎日生徒会室へと篭もらなくてはいけなくなったシルヴィアは、授業を終えるといつものように生徒会室へとやってきた。

 そして、さて今日の仕事は、と書類に目を通しはじめたところで、いきなり「ご機嫌よう、シルヴィア様」と声をかけられたものだから、シルヴィアはあやうく悲鳴を上げかけた。

 だってシルヴィアがこの部屋に入った時には、誰もいなかったのに!

「あ、ごめんなさい。驚かせてしまって」

 いつの間に入ってきたのだろう、扉の前にハルカ・トキワ嬢がきまり悪げに立っていた。

「貴女、いったいどこから?」

 醜態をさらすことは防いだものの、思わず聞いてしまった。魔法を使ったようにも感じられなかったのだが。

 しかし彼女はそれに答える暇もなく、

「あ、ヤバッ!」

 と言うなり、シルヴィアの腕をつかんで大机の下に引きずり込んだ。

 ハルカは机の下にある、棚との僅かな隙間にシルヴィアを押し込んで、自分もぎゅっと身を縮める。

 …………この展開は、まさか? シルヴィアには覚えがあった。これは、密着イベント?

 そこにガチャリと扉が開く音がして、誰かが部屋の中をうかがっている気配がした。

「ハルカ? いるのか?」

 エドワード殿下の声だ。

「……………別のところか」

 目当ての人物はいないと判断したのだろう、扉が閉まる音がして、部屋の中は静まりかえる。

 その間、机の下に隠れているシルヴィアとハルカはというと、僅かな隙間に身を寄せるようにして、自然と息をひそめていた。

 いや、でも待って、とシルヴィアは戸惑った。これは確か、エドワード殿下とヒロインが、悪役令嬢をやり過ごす為に発生するんじゃなかったか? 立場が完全に逆転してるんですけど。

 薄暗い机の下で密着した身体。瞳があえばドキリとした甘美な展開―――――になるはずもなく、早々に少女二人はそこから這い出した。

 しかし、これで突然ハルカが現れた謎は判明した。今の場所で待ち伏せしていたのだ。

 とすれば、やはり彼女は知っている。そこに隠れる隙間があること、つまり密着イベントの存在を。

 はじき出された答えと、彼女がシルヴィアにこうしてコンタクトをとってきた事を考えるに。

「貴女はこの世界が、『君といた刹那』というゲームの舞台だと、気付いているのね?」

 シルヴィアは、はっきりと核心を尋ねた。

 まさかシルヴィアの方から切り出されるとは思っていなかったのだろう、ハルカは驚いたような顔をした。が、それもほんの少しの間だ。

「ということは、やっぱり貴女も、なんですね」

 あの真っ直ぐな瞳で、ハルカが言った。

 その“も”というところに、シルヴィアは内心で喝采を上げた。

 シルヴィアの推測は正しかった。ヒロインである『聖女』のハルカも、前世の記憶を持ち合わせているのだ!

 しかしここでぬか喜びしてはいけない。彼女がこの世界をゲームだと認識していても、シルヴィアに協力してくれるとは限らない。

 死亡回避なら彼女一人の方がはるかに容易い。悪役令嬢には圧倒的に不利な取り引きだった。

 けれどシルヴィアは一縷の望みを持っていた。

 それは目の前の少女に対する、不思議な感覚だった。

『彼女は私を見捨てない』

 何故だか、そう思えた。それは自分を見つめる曇りのない瞳の所為なのか。

「ええ。私もこの世界が、あの乙女ゲームの世界だと考えています。

 そして、私のシナリオはどう転んでも死亡ルートしかないことも、分かっています」

 シルヴィアの言葉にハルカが頷いた。

「そう、通常ルートではどうしたってシルヴィア様は死んでしまう。

 ――――――でも、追加シナリオのルートなら?」

 今度はシルヴィアが驚く番だった。

「貴女、初めからそれを狙っていたの?」

 よくよく考えてみれば、初めて彼女に会ったあの時、ハルカは攻略対象者を三人、引きつれていた。あれは全てのベストエンドを達成しなければ現れないルートだったはず。

「もしもの時の保険だったんだけど。こうなったら頑張るしかないよね」

 にこっと笑うハルカに、シルヴィアは思わず呟いた。

「助けて、くれるの?」

 するとハルカは、何を今さら、というような呆れた顔をした。

「でなかったら、こうして会いにきてないと思いません?」

 それもそうだ、と、シルヴィアは思った。わざわざ皇子のイベントを潰してまで会いにくるなんて。

「それとさ、もう言っちゃうけど! シルヴィア様、ウカツすぎ!!」

「…………え、え!?」

 今までの淑やかさは何だったのか、と突っ込みたいぐらいの勢いで、ハルカがフレンドリーになった。

「ずっと引きこもってたから気付くの遅れちゃったんだろーけど、この世界のシナリオって、ものすごい強制力があるんだよ?

 イベントは絶対起こるし。どう考えたって理屈にあわないことでもまかり通っちゃうし。

 辻褄があわないのは私やシルヴィア様がイレギュラーなことしてるせいなんだろうけどさ。

 でも、避けてればシナリオが回避されるなんて、甘いっ!」

「あ、はい、すみません」

 びしり、と言われてシルヴィアはつい謝ってしまう。

「エドワード様は完全に嫌がらせはシルヴィア様がしてるって考えてるし、他の人達もそう。シルヴィア様を陥れたくて画策してる人がいるのも確かなんだけど、それだって妙なんだよね。

 だって、シナリオ通りの嫌がらせなんだよ? おかしいでしょ?」

「え? シナリオ、通り?」

「そう。シルヴィア様はしてないのに」

 はっきり断言するハルカに、思わずシルヴィアの本音がこぼれた。

「私が犯人じゃないって、分かってくれていたの?」

 するとハルカに睨まれた。

「あのね、ちょっと考えれば分かるでしょ。

 だいたい私、ずっとシルヴィア様に会ってないし、シルヴィア様が仕事で忙しいの知ってるし。

 あと、この前の助けてもらったヤツ! あれで気付かないとか、どうかしてるでしょ!!」

 心外だと怒りだしてしまった彼女にシルヴィアはまたも謝る。

「ごめんなさい。その、理不尽なことが続いて感覚がマヒしてしまって……………」

 シルヴィアのそれにハルカは溜飲を下げてくれたようだ。

「まぁ、確かにね。本当にヤバいんだよね、この世界。

 さっきも言ったけど、シルヴィア様がやらなくても嫌がらせはゲームそのままに起こってるしね。はじめは偶然かなって思ったんだけど」

 だがそれが度重なれば違和感になる。極めつけといえるのは。

「あと、私でも明らかに犯人はシルヴィア様じゃないって分かるのに、よりにもよってルシウス様が疑いだしたこと!

 沈着冷静クールキャラなのに、証拠も確認せずにお姉さんを疑うとか、どう考えたって変だもん。だから強引な話だけど、これが全部シナリオだってことなら説明がつく気がしたんだ。

 この世界が、あのゲームに忠実になるよう動いてるんだとしたらって」

 ずいぶんと飛躍した考えだが、シルヴィアにも心当たりがあった。

「それで貴女は私を助けようと?」

「あ、いや、それは違うの。ごめんなさい」

 突然に謝られて、シルヴィアは戸惑った。それにハルカがすまなさそうに続ける。

「シルヴィア様がゲーム通りの悪役令嬢だったら、こんな風にしようと思わなかったんだ。

 あー、つまりね、見捨てる気だったの。シルヴィア様は悪役令嬢だし、死んでもしかたないかー、って……………思ってた」

 そう思っても不思議ではない。いや、むしろ当たり前だとシルヴィアは思った。

 わざわざ面倒なルートを選んで、死の危険を増やすこともないだろう。ハルカの考えはごく自然なものだ。

「でもシルヴィア様が、もしかしたら私と同じで前世持ちかもって思ったら、そっちを選べなくなっちゃった。

 バカだよねー。自分と同じかもって思って、初めて気付くなんて」

 きまり悪そうな彼女にシルヴィアは首を傾げた。

「気付くって、何に?」

 するとハルカは真っ直ぐな瞳で言うのだ。

「ここが、現実だってことに」

「………………え?」

「前世で私は、この世界を舞台にした『キミセツ』を知ってた。この世界はゲームの中だけだった。

 けどね、今の私は、ここで生きているのは、常葉遥でしょ? 遥として生きてきて、遥として、この世界に召喚されたの。

 だから――――――ここはもう、ゲームの中なんかじゃないんだ」

 それはシルヴィアにとって衝撃的な言葉だった。

 この世界がゲームだと認識していたシルヴィアにとって、目から鱗が落ちるような。

「ものすごい理不尽な現実だけどね」と苦笑いするハルカに、シルヴィアは尊敬の念を抱いた。

「だから、私を救おうと?」

「うん。あと、できればエンドも選びたいトコなんだけど。贅沢は言ってらんないしね。

 とりあえず! 何が何でも! 私達、二人の死亡は回避!! これ、前提ね」

 偽りのない笑顔を浮かべるハルカに、シルヴィアは確信した。この少女は間違いなく、『聖女』だと。

 ハルカは「見捨てる気だった」と言ったけれど、あらかじめシルヴィアが助かるルートを確保しておいてくれた。それが真実だ。

 彼女は、ハルカは救ってくれる。

 シルヴィアを。そして、歪んだこの世界すら。

 きっと救ってくれる。

 シルヴィアが常葉遥を信じた、その瞬間から、世界のシナリオは別のルートへ動き出した。

 そしてそれは、彼女達が運命に抗う、長い長い闘いの始まりでもあったのだ。





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