再び、ビフィスへ。そして
第82話 二人のいない日々
両手を上げてその先に意識を集中する。思い描くのは大きめの力の塊。
目標は汚れた水が流れ落ちる滝だ。
私にはアレの何が問題なのかよく分からない。
街の汚水が川を流れ下流にある湖を汚している。だから何だというのか。今の所人間に実害はない。
あれが人間のせいだとしても別に世界を壊しているわけじゃない。人間が世界に与える事の出来る影響なんて微々たる物だ。人間なんて所詮その程度の存在だ。
世界は勝手に存在し、そして勝手に壊れていく。
でもセイジはアレを大変な問題だと思っている。そして解決しようとビブリオという街へ旅立った。期限は一週間のはずだ。期限が来たら迎えに行ったイーレと帰ってくる事になっている。
二人が帰って来なくなって三日が経った。
両手の先に集まったA(仮)の力を滝目掛けて投げつける。
大気と地面を揺さぶる程の大きな音が辺りに轟く。
「あ、姐さんっ⁉」
「何してるんですか⁉」
A(仮)の力は滝をえぐり、ほんの一瞬、滝であった所にはぽっかりと何も無くなった。
だが次の瞬間、汚い川の水は再び流れ落ち、元とあまり変わらない姿になってしまった。
「ま、そうだよね」
「突然どうしたんです⁉」
「ん? あー、ちょっとね」
今のは本当にただの思い付きでやってみただけなのだが一切効果はなかった。私にはアレを何とかしようという動機はないのだが、セイジがそれで困っているのなら少し協力しようかと思っただけだ。
「あーあー、滝の形変わっちゃったじゃないですか。滝壺が前の倍くらいの深さになってる」
「え? あー、うん」
よく見ると言われた通り水の流れ落ちる場所は深くなっているようだった。そして汚い川の水は以前よりも多くそこに溜まるようになったので滝壺の色は濃くなった。
「所々アウメ化してるし…」
「あー。まぁ、そうなるよね」
見るとキラキラと光る物が滝壺の周りに散らばっている。
「行こう」
今日の私の仕事は街の外の見回りだ。丁度南の森辺りで盗賊らしき集団の目撃情報があったのでそのついでだ。あの川の水をなんとかしてみようと思ったのはさらにそのついでに過ぎない。結局なんの解決にもならなかったが。
私達は滝を後にしビフィスに向かって歩き始める。ここからなら小一時間も歩けば着く距離だ。
ビブリオは確かに遠い。歩けば一週間は掛かるという話だ。だがイーレなら空を飛べる。空を飛べば一週間の道のりも二時間掛からないと聞いた。
やはり三日も帰って来ないのは変だ。
イーレが居ないとなると我が家の食糧事情は酷く悪化する。
私も、洋子さんも、ティレットも、料理が出来ない。
となると当然外食となるわけだ。
初日はかつて清治が泊まっていた宿屋の一階にある酒場に行った。ここにはちょくちょく訪れていて宿屋のおじさんと酒場の女将さんとは見知った仲だ。常連ほどでもないが親しい間柄。そんな感じ。
ティレットの酔い方は落ち着いていた。
大騒ぎもせず、かと言って気落ちして沈んでいるのではなく、ニコニコしながら酒の入ったコップに口を付けている。たまに常連客に話し掛けられては短く返事を返す。そしてまた飲む。そんな感じ。
私にしてもイーレの作る食事に一切不満はないがたまにこうして外食するとなると中々に新鮮でちょっと楽しい。ティレットもきっとそんな感じなんだろうと思う。
二日目。その日も清治とイーレは帰って来なかった。夕食の時間になり少し待ってみたのだが帰ってくる気配はない。
夕食に出掛けたのは噴水のある中央公園から少し路地に入った所に新しく出来た食堂だった。一度みんなで行こうと話していたがタイミングを見失って未だ訪れずにいた。清治とイーレの二人には少し悪い気がしたが他にも新しい店はある。そこで我慢してもらおう。
トイレが出来てからビフィスには人が増えた。人が増えれば物と金の流れは活発になり当然商機と見て新しい店が出来たりもする。飲食店だって例外じゃない。
その店は新しく出来たという事で物珍しさもあってか大変混んでいた。でも空きが無いわけでもなく私達は無事食事にありつくことが出来た。
ティレットは落ち着きなくキョロキョロしながら、それでもしっかりと酒を飲んでいた。
ビフィスにいると知り合いと出くわすことが多い。宿屋の酒場なんて行けばほぼ知り合いしかいない。だがこの店は様子が違った。店内は人で溢れているが見知った顔が一つもない。
だからだろうか。ティレットは借りてきた猫のようにそわそわしていた。
それでも料理はちゃんと美味しかったし、ティレットも酒の味には満足していたようだった。
でもやっぱり落ち着けなくて私達は食事を終えると早々に撤収した。
昨日は趣向を変えて屋台の立ち並ぶ通りで食べ歩きをした。私と洋子さんは飲まずに食べるだけだったがティレットはしっかり酒瓶を握っている。いつもよりも飲むペースは早い。
「やっぱり変だよ」
「ええ、私もそう思います」
「何が?」
ティレットは確かに酒を飲んでいる。
「何がって、それ酒だよね?」
「そうよ」
「なら絶対におかしい!」
「だから何がよ」
飲んでいるのにティレットはまるで酔ってない時のような返事をしているのだ。
「実はさ、酔っている時の状態って演技だったりするの?」
「そんなわけないじゃない。私にだってコントロール出来なくて困ってるんだから」
「なら今日のそれはどういう事なのよ」
「知らないわよ」
ティレットの側で臭いを嗅ぐ。確かに酒臭い。それが酒であるのは間違いない。
「精神状態で酔い方が変わったり?」
「何よそれ」
「悪い方向に入っちゃってる?」
「だから何なのよ」
つまり、飲んでも酔えない精神状態という事か?
つまり、ティレットにとって今私達の置かれている状況はそんな感じなわけか。
つまり、清治とイーレが帰って来ないこの状況がティレットを飲んでも酔えない状態にしているという事だ。
事態は、どうやら深刻らしい。
「おーい! 見つかったぞー!」
セイジとイーレが帰って来ない事を心配していたのは私達だけではない。街の人、特に市長とその関係者の間ではちょっとした騒ぎになっている。
だから帰って来なくなって二日目には早牛馬(人を二人くらい乗せて走ることに特化した種で、瞬間的な速さこそないが三日三晩一定の速度で走り続ける事が出来る)を出して二人を探していたのだった。
「おー! どこにいた⁉」
「街道沿いを歩いてた。後三日もすれば帰ってくるぞ!」
「無事だったか! 良かった、良かった!」
役場の一角で二人の無事を喜んで喝采が上がる。
私はその様子を一人で眺めていた。
兎に角二人が無事なら喜ばしい事だ。
だが、それから一週間経っても二人は帰って来なかった。
いくらイーレがいないからって毎日外食というのも辛い。まず行くのが面倒だし、人混みは鬱陶しいし、物珍しい物を食べ歩くにしたって毎日やってりゃ飽きもする。
そんなわけでいつもの食卓で夕食にした。ウィンナーとかチーズとかパンとか果物とか、まぁそんな物でも食事にはなるしそれなら洋子さんでも私でも調理はできる。茹でたり炙ったりするだけだし。
多少物足りなくはあるがそんなんでも一週間程度なら生活は出来る。
問題はその間のティレットの酔い方である。
ただ、ひたすら、酒瓶を持って呆けている。
話し掛けても返事をしない。その癖定期的につまみを口に運び酒瓶に口を付ける。ブチが目の前を通っても目で追うだけ。ブチの方もその異常さを感じ取ったのかあまり近付こうとはしなくなった。
なんていうか最近のティレットはどこか不気味にすら見える。酔った時に限っての話だけど。
まぁ、帰って来るはずの二人が帰って来ないのだから当然か。私だって心配してる。
遂に捜索隊が結成され本格的な捜索が始まった頃、ようやく二人は帰って来た。
「トイレ! トイレに行きたい!」
再会したイーレは開口一番そう叫んだ。
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