第81話 黒く塗り潰された知識


 イーレとフィカさんに案内してもらった小部屋に入ると、そこは埃まみれだった。

 その中で僕は手当たり次第にページを捲る。


「『アウメとその力についての考察』。これもだ」


「『有機物分解と再構成による利用』。これも…」


「『魔法技術を応用した汚泥の完全分解』。これも…やっぱりだ!」


 その部屋の書物と本の全ては黒塗りされたものだった。何箇所かの文字が黒塗りされている物もあればページまるごと、本の殆どのページが黒塗りされている物すらあった。

「一体どういう事なんだ…。そもそもなんでこんな物が所蔵されてるんだ…」

 埃まみれになりながら考える。誰が何のためにこんな事をする? どんな必要性があるというんだ。

「…おやおや、話には聞いてましたがこんな所にあったんですねぇ」

 一人の初老よりは若く見える男がそう言いながら部屋を見渡している。

「貴方は?」

「この人はこの図書館の館長さんだ。セイジは会ったことなかったのか?」

 イーレに言われて僕は首を振る。

「貴方がカワタニセイジさんですね? やはり君は凄い。我々にとっていい影響を与えてくれる」

 館長さんは本を一つ手に取り眺めながら言う。

「ここの本は一体どうなってるんですか?」

 僕も一つの書物を開いて黒塗りされたページを開いて聞く。

「それでは説明しましょう。と、その前に場所を変えましょう。ここでは埃っぽくていけない」

 館長はそう笑いながら言った。



「法王庁…ですか」

「ええ。異世界人の残した物は賢者の手に渡り解読されます。そしてその後に法王庁の検閲を経てここに収蔵されます。ここにある全てが同じ過程を経ています」

 僕とイーレは応接間に案内され館長からそう知らされた。

「検閲はまぁ分からなくもないですが、なんで塗りつぶす必要があるんですか? しかも下水処理に関する所だけ」

 いや、詳しくは見ていないからそれ以外の物もあったのかも知れない。これじゃ、まるで──。

「まるでトイレを作らせないようにするみたいだ…」

僕にはそうとしか思えなかった。

「なぜそこを隠す必要があるのかは私には分かりません。ただ一つ言えるのは、法王庁は人類を守るためにそうしている」

「守る? トイレを作るのに必要な知識を隠すことが、なんで人類を守ることになるんですか!」

 まるで意味が分からない。

「それは私にも…。ただ、法王庁は人のために法を敷き時に検閲も行う。それが人類のために行っている事なのは間違いありません」

 館長は持ってきた一冊を開く。全体の半分は真っ黒になっている物だ。

「今度法王庁の連中を問い詰めてみますかね。私もこんな物を見せられると内容が気になって仕方がない」

 館長は本を閉じてため息を吐く。

「どうやら我々では君の助けになることは出来なかったようだね。申し訳ない」

「い、いえ。こちらも散々手伝わせてしまってすみませんでした」

 僕は頭を下げている館長に頭を下げる。

「君は謝ることなんてないよ。むしろ、君が来てくれた事は実に有意義だった。これから私はこの図書館をもっと人の役に立てる物に変えていくつもりだ。君はそのきっかけをくれた。本当にありがとう。もし、また何か君の役に立てるような事があればまた訪ねて貰えると嬉しい」

「ええ。本命こそ見つかりませんでしたが役に立ちそうな知識はたくさんありましたし、今の問題が解決出来たらまた来させて頂きます」


 


「はぁ…」

 寝不足の頭に日差しがキツい。

「セイジ? 大丈夫か?」

「ああ。大丈夫だ」

 そうは言っても疲労感と徒労感は容赦なく襲ってくる。一週間掛けて成果がなかった。

「少し休んだらどうだ?」

「あー、いや、いい。早くビフィスに帰ろう。いつまでもここにいても仕方がない」

「そうか。なら急いで帰ろう。飛ばすから一時間ほど辛抱してくれ」

 イーレはそう言うと何かモジモジし始めた。

「その、手を出してくれ…」

「あ、ああ。そうだな」

 言われた通り手を出すとイーレの手がそっと触れる。意識したことはなかったが女の子の手は男の手とはびっくりするくらい違う。小さくて柔らかくて。

「それじゃあ、行くぞ…」

 飛ぶ感覚というは結構慣れない物である。エレベーターが上がる時のような浮遊感、地に足が着かない落ち着かなさ。でもそれ以上に自在に空を飛んでいる感覚は中々に気持ちが良い。魔法とは便利な物だ。

「…ん?」

「どうした?」

 これから訪れる浮遊感に身構えていたが一向に訪れる気配がなかった。

「いや、ちょっと待って…。あれ?」

「どうかしたのか?」

 イーレの表情が変わっていく。

「…すまない、セイジ」

 その顔は戸惑いに満ちていた。

「その…、飛べなくなって、しまったみたいだ…」

 イーレは声を絞り出すようにそう言った。

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