第80話 空の上、上の空。
セイジの服と、それからビフィスの街で見つけた果物(昨日食べた物だ。中々美味かったのでまた買いに行った)をいくつか鞄に詰めて、今日もビブリオに向かって飛んでいる。
ビブリオまでの小一時間、昨夜エアリィが言っていた事が頭から離れなかった。セイジは果たして目的を遂げられるのか。もしも遂げられなかったらどうなってしまうのか。そればかり考えている。
そもそもの発端は私達にある。
私はクソバーがなくて困っていて、エアリィもティレットもトイレがなくて困ったことになっていた。それを解決するためにセイジはトイレを作ることにしたのだ。
もしもトイレを作ったことでセイジが思い悩む事態になってしまうなら、それは私達が原因という事になるのだ。
だからせめてセイジの助けになるような事がしたい。
だが私に今出来るのはこうして洗濯した物を届けることくらいだ。それから多少の差し入れ。エアリィが言うには疲れている時や考え事をしている時は甘い物が良いのだそうだ。果物を買って持ってきたのはそのためだ。直接手伝えることが出来ない以上こうしてセイジのためになるような事をするしかない。
期限まであと数日。そうしたらセイジはビフィスに戻る事にしている。それまでに目的の物が見つかるのだろうか。
そう、この空をまたセイジと二人で飛ぶことになる。
当然、手を繋いで。
「手ぐらいなんだ! もう何度もしていることだ!」
空の上、私は一人叫ぶ。
何度もしたことだが彼の手の感触を思い出して顔が赤くなるのが分かる。大きくて硬い皮膚の感触。私のともエアリィのともティレットのとも違う男の人の手。この世界に来てからそうなったという働いた結果そうなっというゴツゴツした手。
「何を考えてるんだ、私は。今はそれどころじゃないだろう…」
セイジは今も本と書物に埋もれて頑張っている。なのに私は妙なことに気を揉んでいる。さっきまでセイジが心配だとか思っていたのに。
「そうだ。これからの事を考えよう。どうすればセイジの助けになることが出来るのか」
洗濯を届けるだけじゃない。こうして空を飛んでビフィスに帰るのだ。その日は近い。
そして手の感触を思い出す。
「だから! 違う! そうじゃない!」
最早手の感触が頭から離れない。やはり気恥ずかしい。
「あー、もう…。まったく」
ブチを連れて来るんだった。きっと話し相手にはなってくれるだろう。そうしたら気が紛れたかも知れない。
「そう、セイジは仲間だ! 仲間! だから助けるのは当然だし、第一私達のために頑張ってくれてるんだ!」
心配ならエアリィだってしている。きっとティレットが静かだったのもそのせいだろう。仲間だ。私達は仲間だ。だから心配もするし助け合って当然だ。男とか女とか関係ないんだ。
「うわっ!」
ビブリオまで後少しという所まで来て、突然視界がズレた。数メートルほど落下したのだ。
「な、なんだ?」
初めての事だ。一瞬飛ぶ力がまるでなくなってしまったようだった。
「どうしたんだ? 一体。別に強い風が吹いているわけでもないのに」
変調はその一瞬だけだった。
その後、注意深くマナの様子を感じながら飛んでいたが何事もなくビブリオに到着した。
「おはよう、フィカ」
「あ、イーレさん。おはようございます」
図書館に入ると丁度フィカを見つける。まだ朝だからか図書館は静かだった。
「毎日ご苦労さまです。イーレさんも頑張ってますね」
「いや、私は大したことはしていない。出来るのは洗濯くらいだ。あ、美味い果物を見つけたんだけどフィカも食べるか?」
「あ! アッポルじゃないですか。食べます! 食べます! 私好きなんです、これ」
なんて話をしていると書庫の扉が開いた。
「あ、セイジ。おはよう」
「イーレ! この本どこで見つけたか覚えてるか⁉」
セイジは黒い表紙の本を手に持って言う。
「あ、ああ。それがどうしたんだ?」
「そこに案内してくれ!」
そう言ったセイジの目元には隈ができていた。
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