第78話 セイジのいない食卓


「清治の様子はどう?」

 ビブリオから戻った私はいつものように夕食を準備した。あとはみんなで食べるだけというところでエアリィがそんな事を聞いてきた。

「どうと言われても、頑張っているぞ。今日だって本の山に囲まれて、いや、あれは埋もれてと言った方が良いな」

 私は先程見たセイジの姿を思い出す。見えたのは頭だけ。セイジの体の殆どは本で隠れてしまって見えなかった。

「頑張ってる、ねぇ」

「それがどうかしたのか?」

「や、別に。それよりもご飯、ご飯。いただきまーす」

 い言うやいなやエアリィは私が作った夕食に手を付ける。

 今日の夕食はカバシシの肉と野菜を煮込んだ物と薄切りにした燻製肉とチーズをパンに乗せて焼いた物だ。後はいくつか美味そうな果物が売っていたから買って籠に盛っておいた。

「うーん。イーレの作るご飯はいつ食べても美味しいなー」

 エアリィはそう言いながら食べる。

「ティレットもそんなとこにいないでこっち来なよー」

 ティレットは窓際で外を眺めながら酒を飲んでいる。昼からずっと飽きもせずそうしている。ブチもずっとティレットと一緒にいる。

「うーん」

 エアリィの呼びかけにティレットは気怠そうに返事をしてノロノロと歩き出しテーブルに着く。そして溶けたチーズの乗ったパンを齧りだす。それでもボーッとしているのは変わらない。

「全く、呑気だな。相変わらず」

「うーん」

 返事をするティレットはどこか元気がないように見えた。

「そう言えば洋子さんはどうしたんだ? さっきから姿が見えないが」

「今日は用事があって帰りが遅くなるってさ。夕食も外で済ませてくるって」

「そうか」

 洋子さんも中々に忙しい人だ。月に数回はこういう日がある。どんな用事なのかは知らないが。

「イーレも食べたら?」

 エアリィに言われて食卓を見下ろす。

 エアリィとティレット、それにブチ。それから私。三人と一匹の食卓。

「そうだな。そうしよう」

 私も椅子に座りスープから手を付けた。



「さっきのはどういう意味なんだ?」

「何が?」

「セイジの事だ。頑張ってるって言ったら何か含みがあるような感じだっただろう」

 その日の夕食は酷く静かだった。ティレットはボーッとしたままだったし洋子さんもいない。そして、セイジもいない。

「あー、それね」

 エアリィは果物の皮を剥きながら話す。

「別に大したことじゃないよ。清治は頑張り過ぎてるんじゃないかなって思っただけ」

「頑張り、過ぎている?」

「そ。ほら、何か目的があると突っ走っちゃうとこあるじゃん? 清治って」

 エアリィは果物の中身を摘んで口に入れる。

「クソバー作ってる時もそうだったし、水洗トイレを街中に作り始めた時だってロクに休んでないじゃん? でもしんどいはずなのに全然そんな様子も見せないし、それどころか充実してるように見える」

 確かにそれは私も感じていた事だ。でもそれは夢中になってるだけじゃないのか?

「でもねー、今度ばっかりはヤバいんじゃないかな、って」

「ヤバい? 何がだ?」

「汚水の事。あんなの何とかしようとしてんでしょ? 多分無理なんじゃないかな」

「そう、なのか?」

 エアリィの言う事はどうも私にはよく分からない。

「でもセイジやエアリィの世界じゃ何とかなっているんだろ? なら何とかなるんじゃないのか?」

「じゃあさ──」

 エアリィはまた別の果物を手にする。それは刃物がないと皮を剥けない物だ。

「イーレは私達の世界に来て、魔法を使うことは出来る?」

「魔法?」

「そ。魔法」

 私は少し考える。精霊様がいるなら、いや、力を貸してくれるなら可能なはずだ。

「ちなみに精霊なんていないから。ひょっとしたら目に見えないだけでいるんかも知んないけど精霊の力を使う人なんて見たことも聞いたこともないかな」

「それならきっと使えないな」

「つまりそう言うことなんよ。私達の世界の下水処理技術を再現するってのはさ」


 エアリィが言うにはエアリィ達の世界と同じような事をするために前提となる技術が必要で、それがないために同じ事をするのは難しいのだそうだ。私が精霊様がいなければ魔法が使えないように。


「もしもさ、このまま手が見つからなかったらさ、清治はどうするんだろう」

「セイジなら、きっと見つかるまで…」

 そう口にしてエアリィの心配する理由が分かった。


「清治は頑張り過ぎて壊れちゃったりしないかな」


 私はエアリィの一言を否定することは出来なかった。

 食べる物のなくなったテーブルを囲む私達三人と一匹。ティレットは黙って酒を飲んでいる。私も黙ったままエアリィから受け取った果物の皮をナイフで剥き始めた。

 

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