第77話 汚泥の処理方法 其の肆


 手当たり次第にページを捲るが未だ手掛かりは見つからない。それにこのやり方が正しいのか不安もある。読むと言ってもきっちり読み込んでいては時間が足りない。本として体裁が整えられた物なら一冊数時間は掛かる。僕にはそんな時間はない。だからパッとページを見て気になる単語があるかを見ている。言ってみれば人力でキーワード検索をしているようなものだ。そして気になった所を読む。今はそれしか出来なかった。


 それでも結構気になる物は見つかる。


 例えばある本には魔法を生活に利用する方法についてまとめられていた。水についての記述はなかった。


 また別の本に水を飲料水にする方法が書かれていたがこれはサバイバル技術に関する物で僕の求めていたものとは違った。


 井戸の作り方なんてのも見つけた。井戸とはつまり地下水を利用する設備であるが、その地下水は地面に染み込んだ雨が不純物をろ過され地中に留まった物だ。汲み上げた水は綺麗でその過程は下水の処理に通じるものがある。だがその書物には井戸の作り方しか書かれていなかった。


 他にもまだまだある。


『火薬の作り方』

 この世界にある物質を使って火薬のような物が作れるらしいが使われる単語が難解でよく分からなかった。


『陸クラゲの研究』

 あの生物は遠い昔に人工的に作られた物であるというのが筆者の主張だった。水を溜め込む性質が汚泥の処理に応用出来ないかとも思ったがその辺りの事は書かれていない。


『この世界の宗教について』

 分厚くしっかりとした本だ。主に女神ビフィードについて書かれているようだがあまりにも長くじっくりとは読めなかった。時間がある時に読めば実に読み応えがあるだろう。


『卵についての研究』

 この世界には鶏はいなかったらしい。そこで似たような鳥を品種改良で作り出したという事が書いてあった。鶏よりも味は淡白で卵は若干大きいのだそうだ。


『納豆の研究』

 納豆を作ろうとしたが結局は成功しなかったようだ。その代わり醤油のような物が出来たと書いてある。そもそもご飯がないのにそんな物を作ってどうしようというのか。納豆と言えばご飯だろう。




 こんな具合だ。まるで埒が明かない。それでもどこかにあるかも知れない。そう思わないとやっていられない。


『盆栽日誌』

 日本にあるような物は作れないがこの世界の木も悪くはないらしい。


『電灯の代用品』

 火だけでなく様々な物質を組み合わせて発光現象を起こせないかを試したようだ。精霊灯を作った人とはまた別の人だ。


『パンに合う油の研究』

 海沿いの地域に生える植物の果肉に塩を混ぜて捏ねた物が美味いらしい。いつか試してみよう。


『造船技術』

 この世界の船は殆ど木造船らしい。その船の性能をどうすれば上げられるかが書いてある。


『ビフィド山の野草一覧』

 春先に咲く青い花が綺麗らしい。


『歴史研究書』

 この世界の歴史が書かれているらしい。


『チーズの作り方』

 チーズの作り方が書いてある。


『鉄の加工技術』

 製鉄ではなく鉄を溶かして作る製品について図入りで詳しく説明されている。管の作り方も書いてある。


『カエルの品種改良の記録』

 大ガエルは足だけが大きくなるように品種改良された物らしい。人間というのはどの世界でもまったく酷い事をする。美味しいけどさ。


『花の研究』

 野草の花から栽培される品種についてかなり詳しく書かれている。そういえばビフィスにいるとよく花を目にする。


 ある時期の『新聞』

 この世界で新聞を作ろうとした試みがあったようだ。今では見かけないので何かの理由で頓挫したのだろう。


『マナの研究記録』

 マナについて科学的に研究しようとした人がいたらしい。


『遊郭日記』

 そういう所があるとは聞くが行ったことはない。これを書いた賢者は毎日豪遊していたらしい。さっきの新聞に賢者が刺されて殺されたって書いてあったがこの人か? 日記は妙な所で途切れていた。


『ビフィド地方の地質調査書』

 図入りで詳しく書かれているがボーリング検査したわけではないらしい。地質?


『鰯に似た魚の研究』

 海で穫れるある種の魚について徹底的に調べてある。日毎の漁獲量から各種サイズの割合、季節ごとの漁場の変化。図には骨の一本一本まで詳しく描かれている。


『神社めぐり旅日記』

 この世界にはビフィード以外にも神様がいて神社も色んな所にあるらしい。


『花火の作り方』

 これは異世界人が書いたわけではなくその弟子が書いたものらしい。その異世界人から見聞きしたものを書き起こしたとのこと。花火あるんだ。


『格闘術大全』

 元の世界とこの世界の格闘術の良い所を集めて新たな格闘術を生み出そうとした人がいたらしい。


『昆虫日記』

 ビフィドの森で捕れる虫について書かれている。


『魔族の研究日誌』

 捕虜となった魔族と一緒に生活した人の日記だ。途中から破られている。


『竹細工』

 竹を使って作られる品物について書かれている。使われる竹の種類も様々で、筍の調理法まで書かれている。竹大全といった趣がある。


『火の研究』

 摩擦を使った原始的な方法から、何が着火剤として優れているとか、更には魔法を使った方法まで書かれている。確かにいつでも火を簡単に起こせるなら便利だ。今度イーレに教えてもらおうか。


『ある水棲昆虫の研究』

 この世界にはカニともエビともシャコとも違う何かがいるらしい。ダイオウグソクムシ?


『思想研究誌』

 人々の各街、各地域での考え方の違いやこの世界特有の価値観の話なんかが書いてある。心理学や宗教学なんかの単語もある。


『茸図鑑』

 あ、これ便利だ。持ち帰れないものか。図入りだし。いや、プーさんに習った方が確かだな。


『塩の精製方法に関する研究』

 塩を作るにも色々あるらしい。


『食事記録』

 健康に気を使った異世界人もいたらしい。


『乳製品大全』

 ヨーグルトっぽいものもあるらしい。


『たこ焼きの研究』

 実にたこ焼き愛に溢れた一冊だ。だがこの世界にタコはいない。




「あー。ダメだあ…」

 妙に静かになったと思ったらもう日は落ちている。まるで時間感覚が掴めなくなっている。


 それでも手掛かりは見つかっていない。


 時間は確実に無くなっている。確かに期限は自分で決めたものだ。市長からも特にいつまでに帰って来いとは言われていない。ここで粘ろうと思えば出来な事もない。

「こうしている間にも下水が湖に流れ込んでる…」

 期限を決めた理由はそれだ。一体どの程度の時間で湖が前みたいになってしまうのかはっきりした事は分からない。ひょっとしたらもう酷い有様になっているかも知れない。何にせよ早いに越したことはないのだ。


「やるしか、ないか…」

 一人呟いて再び本と書物の山に目を向ける。その山の一番上にあった一冊を手に取る。酷く埃まみれだが装丁は結構しっかりしている。何となくカビ臭いがその臭いには妙な心地よさすら感じる。作られてからかなり時間が経っているのは確かだ。

「さて、次は何が書いてあるかな、っと」


 黒い革張りの表紙を捲る。


『下水処理技術について』



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