第76話 図書館革命


「ちょっと貴方! そんな本持って行ってどうするの⁉ それはカエル肉調理大全じゃないの!」

「水と言えばカエルでしょ? カエルと言えば水」



「ランス湖の研究してた人いたじゃないですか。確かどっかに記録ありましたよね?」

「それは西の書庫の奥にあるぞ!」



「これどうですかね。ビフィド山野草研究」

「うーん、水とは関係なさそうだけど一応持って行ったら?」



「あー! 忙しい! 忙しい!」



 洗濯物を届けに行くと図書館は大騒ぎになっていた。最初に来た時に見た静かで喋る事も許されないような図書館は見る陰もない。

 司書さん達は入れ替わり立ち代わり通路を行き交っている。こんな人数どこにいたんだと私は唖然として見ている。とても慌ただしいがみんなどこか嬉しそうに見えた。

 私はその中にやはり忙しそうにしているフィカを見つけた

「フィカ!」

「あ、イーレさん。おはようございます」

「ああ、おはよう。ところで何があったんだ?」

「ええ。それがカワタニさんがとにかく水に関する書物を片っ端から持ってきてくれって言ってまして。もう司書総出で大騒ぎです」

 そう言うフィカの顔は楽しそうだ。

「そうだったのか。大変な事になってるんだな」

 話をしている間にも他の司書達は私達の側を通り過ぎていく。

「でもお手伝い出来て嬉しいです。こんな私でもようやく誰かの役に立つことが出来てるみたいで。まぁ、運んでるだけなんですけどね」

 フィカは本を数冊両手で抱えるようにして持っていた。

「重そうだな。手伝おうか?」

「良いんですか? もうとにかく人手が足りなくて。手伝ってもらえると助かります」

 フィカから本を受け取るとずっしりと重かった。

「じゃあ、行きましょうか。カワタニさんの所へ」

 そう言うフィカはいつの間にか別の本を抱えて持っていた。



「セイ…」

 書庫の一角、本棚と本棚の間にあるいくつかの机には書物がうず高く積み上げられ、その隙間からセイジの姿が見えた。書庫は先程いた所とは打って変わってひどく静かだった。その中でセイジは手にした書物に目を通している。その表情は真剣で、私は声を掛けようとして、止めた。何だか邪魔するようで悪い気がした。

「イーレさん、それはここに置いて下さい」

「あ、ああ。分かった」

 私はフィカに言われるまま、まだ何も積まれていない机に持ってきた書物を置く。

「フィカ、これを持っていって頂戴」

「はい。分かりました」

 フィカは年老いた司書から書物を受け取る。

「それじゃ戻りましょう」

「ああ」

 フィカに促され書庫を出る前に私はセイジを見る。セイジは先程と同じように真剣な面持ちで書物を眺めていた。



「これお願いします」

「ああ。それはこっちに置いてくれ」

 フィカは持ってきた書物を青年司書に言われた通り机に置く。

 その部屋には机が並んでいる。そしてたくさんの書物が置いてある机とまだ全く何も置かれてない机に分かれていた。

「これはもう、一つの革命だな」

 青年司書は書物の山を見ながら嬉しそうに言った。

「カクメイ?」

「革命というのは元々社会体制を根本から変えることを意味するんですけど、そこから転じて物事が大きく変化する時にも使われるんです」

「この図書館にも変化が起こっているのか?」

「ああ、この図書館の存在理由から見直さなければならない程にね」

 私とフィカの後ろに立っていたのはやや年を取った、それでも老人ほどではない年齢に見える男だった。

「あ、館長。お疲れ様です」

「お疲れ様、フィカ。こちらがカワタニ君の友人のイーレさんだね」

「はい。イーレさん、この方がこの図書館の館長です」

「初めまして、イーレさん。君は大変な人を連れて来てくれたね」

「あ、ああ、すまない。セイジが迷惑を掛けているみたいで」

 なにせ司書のみんながセイジの手伝いをして大騒ぎになっているのだ。

「迷惑なんてとんでもない。彼はこの図書館の在り方に一石を投じてくれた。そしてその一石は我々にとってはまるで稲妻のような物だ」

「どういう事だ?」

「イーレさんはこの図書館がどの様な役割を担っているか分かるかい?」

「ああ。異世界から来た人間の知識が集められていると聞いている」

「そう。その知識を保管しこの世界の人々の役に立つようにする。それがこの図書館の役割だ。でもね」

 館長は一つ間を置いて続ける。

「今この図書館に来ている人は何人いる? もちろん司書以外でね」

 そう問われて考える。私とセイジだけだ。思えば最初に来た時から私達以外の来訪者を見ていない。

「もう分かるよね? 役に立つように保管していると言いながらも誰も利用することなくただ保管されているだけだった。そんな知識に意味があるのかい?」

 館長は一つため息を吐く

「私達は役に立つように工夫してこなかったんだ。保管する事ばかりに熱心でね。カワタニ君はそれに気付かせてくれたんだ。それがあの机の上さ」

 館長は山積みになった書物を見る。

「あれはどういう事なんだ? 書物の乗っている机と乗ってない机があるが」

「左の方が食べ物について書かれた書物。その右のは植物について書かれた書物だね」

 館長はさらに続けた。

「左側の机はこちらに向かって順番に、鉱物、金属、お金と経済、建築。右側は、布、農業、畜産、商業」

 館長は直ぐ傍の机にあった書物を一冊開いて見る。

「これは魔法使いの書いた書物だね。魔法について書かれている。つまり──」

 館長は書物を閉じる。

「これまでこの図書館では書いた『人』で書物を区分していた。だから今カワタニ君がしているように特定の事柄を調べようと思うと司書の知識を頼らないといけない。これでは何かを調べようという人にとっては不便極まりなかったわけだ。どの書物に何が書かれているか分からない。そんな簡単な事に私達は気付いて来れなかったってわけだ。もちろんある『人』について調べるのならそれでも良かったんだけどね」

「なんで気付くことが出来たんだ?」

「簡単な話さ。カワタニ君は見た本を分野ごとに分けていた。彼は何となく積んでいただけのようだけどね。それで気付けた。書物を内容で区別するという事に」

 私も傍にあった書物を開いてみる。内容は所々カンジで書かれていて分からなかったが、次のページに描かれていた絵が精霊様の姿に見えてそれが魔法について書かれた物だというのが分かった。

「さあて、これから忙しくなるぞ!」

 そう言って伸びをした館長の顔は嬉しそうだった。



「さて、それじゃまた行きましょうか」

 フィカに付いて書庫に行き書物を探す。フィカは数冊の書物を抱えている。私もフィカに渡された書物を持つ。紙の一枚一枚は大した重さではないがこうも纏まるとずっしりと重い。

 書庫を出口に向かって歩いていると、ふと書棚の奥に扉があるのに気付いた。

「フィカ、あの扉の向こうにも書庫があるのか?」

「扉? あ、ホントだ。なんだろう」

「フィカも知らないのか」

「ここってかなり古いから結構ああいうのあるんですよね。ちょっと入ってみましょうか」

 抱えていた書物を一旦置きフィカとその扉を開いてみる。埃まみれだがどこから光が入って来ているようで暗くはなかった。その部屋は大きくはないが書棚とそこに収まりきらなかった書物がそこかしこに積まれていた。

「随分と古いみたいですね。でもちょっとワクワクします」

 フィカは部屋を見渡しながら言う。

「書物自体も古そうだな」

 私はふと気になった一冊を手に取って開いてみる。カンジが多くてやはりその内容は分からない。パラパラとページを捲ってみるが絵も無いのでますますよく分からない一冊だった。

「ここは要調査ですね。後でミミカさんに報せておきます。取り敢えずカワタニさんの所に行きましょうか」

「あ、ちょっと待ってくれ。この本持って行って良いか?」

 私は手に取った本が妙に気になった。

「カワタニさんの所にです? 別に良いと思いますよ。一応片っ端からって話ですし」

 私はその本を手にフィカと共に部屋を出て再び書物を抱えてセイジの元に向かった。


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