第75話 汚泥の処理方法 其の参
「何か凄い事をした異世界人で、思い付く限りの物を持ってきて欲しいんですが。出来れば未来感溢れる感じの」
二人の司書、ノリディカスさんとミミカさんに、僕は朝一番でこう頼んだ。
昨晩、用を足していてふと思い付いた事がある。ここビブリオにトイレはなく、当然その辺の茂みで野糞という事になるのだがそれで思い出したのだ。
未来人であるエアリィは野糞に抵抗があって便秘になるほど困っていた。
エアリィという未来人が来ているのなら、他にもそんな時代から来ている人がいるかも知れない。
そしてそんな異世界人なら僕らの常識を超えた凄い技術を持っていても不思議はない。その人達の知識の中には浄水や汚泥の処理に関する技術もあるだろう。それを残しているかも知れない。そう考えて頼んでみたのだった。
サイフォンと聞くとコーヒーを思い出すがその原理は様々な物に応用されている。この原理を使えば高い所にある水を中を水で満たした管によって低い所に移す事が出来る。この時管が高い所よりも更に上にあっても水は流れていくのが面白い。これはトイレや手洗い場の排水にも利用されていて排水時には勢いよく流れ、更に下水からの臭気を防ぐのに役立っている。
「なるほど…。これなら水を垂れ流さなくても済むし、臭いも激減させる事が出来るようになるな」
漆とは天然樹脂の一種である。この世界にはプラスチックがない。代用しようと思えば木材という事になるのだが、木材だと水に弱い。付着した水は染み込みそこから腐ってしまう。つまり便座を作るのに木材は向いていない。だが漆でコーティング出来れば問題は解決する。あとは色だが。
「原料の段階から白い漆を作り出す事が出来るのか。…この元になる木はこの世界に自生する物をさらに品種改良した物である…か。これを使えば白い便座が作れるな」
この世界の石鹸文化は思いの外充実している。これは何も異世界人の技術によるものではない。そもそも石鹸は油脂に強いアルカリ性の物質を混ぜて作るそうなのだが、この世界ではアルカリ性の物質として様々な植物を燃やした時に出る灰を使うのが一般的だ。油脂についても動物性の物も植物性の物もどちらも生活に身近にある一般的な物だ。この二つを組み合わせて石鹸を作り出す事はそれほど難しい事でもないようで、今ではそれぞれの土地にあった石鹸を作り出し名産物としている所もある。
一方で所謂、「洗剤」としては麦糠などの穀物の糠を利用している程度である。洗濯用の石鹸こそあるが「洗剤」として使うのは殆どがこれだ。ビフィスのトイレの掃除にもこの糠を利用している。石鹸を使う手もあったのだが糠でも十分に汚れは落ちたし何より安価なのが良かった。何せあちこちにあるわけだし節約するに越した事はない。
「へぇ。マナを活性化させて汚れを浮かすって事か」
手に取った書物に書かれていたのは万物の内にあるマナに働きかけ物と汚れとを引き離す方法だった。そもそも石鹸も洗剤も界面活性剤の働きを利用して汚れを落とす物である。それをマナ、魔法で代用しようという話だ。この技術がもっと簡単に習得出来るものなら良いのだが…。
「これを掃除する人が使えるようになったら便利だなぁ」
この世界の紙が高いのは作ることが難しいからではなく輸送と流通の問題のせいらしい。何せ今週はずっと紙に囲まれているわけだし今まさに膨大な量の紙を目の当たりにしているのだ。紙は希少だから高いわけではないのだ。
「なるほどなぁ。丁度いい植物があるのか」
紙を生産する技術はある。だから使う場所に、より近い場所で生産することが出来れば輸送の問題もなくなるのだ。
その書物はティッシュペーパーを作るために材料となる植物の選定、そしてその植物を育て易くするための品種改良に取り組んだ男が記録した物だった。
そう、ティッシュないんだよな。ちょっと鼻かみたい時とか、ちょっとした汚れを拭き取りたい時とか、まぁ、アレの時とか、無きゃないで何とかなるもんではあるがやはりあった方が良いのである。
「これが作れるんなら、当然作れるよな」
確かに大葉ミントは素晴らしい。だが吸水性はない。
つまり、僕が目標とする温水洗浄機付き便座には吸水性のあるトイレットペーパーが必要不可欠なのだ。
そりゃ何かで代用できないか、とは何度も何度も考えたさ。でっかい綿とか安価な布とかさ。
でも、やっぱり、トイレットペーパーはトイレットペーパーにしか果たせない役割があるのだ!
考えてみればトイレットペーパーに対する人類の情熱はトイレ以上に凄い。シングル、ダブルに、芯のないタイプがあったり、硬め、柔らかめ、更にはシャワートイレ専用の物だってある。臭いも重要だ。トイレットペーパー買ってきて部屋に置いておいたら、なんかトイレ臭いなと思ったり、その理由がトイレットペーパーだと気付いて唖然としてみたり。もうラベンダーなんてトイレしか連想しない。それそのものはとても良い香りなのになんでトイレを連想してしまうのか。臭いから受ける印象って恐ろしい物があるな…。
「って…、何やってんだ、…僕は! 確かに、トイレを作るのに必要な知識だけどさ、役には立つ、ってかめっちゃ重要な知識なんだけどさ! 違うだろ! 汚泥を何とかする方法を探してんのに! それを解決しないと温水洗浄機付きトイレどころか今あるトイレすら使えないじゃないか!」
時間が止まったかのような静寂の中にある書庫の中、僕は一人叫んでいた。
ここに籠もって四日経った。まるで手掛かりは掴めていない。
期限はあと三日。
「こうなりゃ、徹底的にやるしかない」
持っていた書物を閉じて僕は一人そう呟いていた。
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